AIがつなぐ専門家と人々

2023年9月27日 11:00 Vol.85
   
田上 嘉一
弁護士ドットコム株式会社 取締役・弁護士
Yoshikazu Tagami
早稲田大学大学院法学研究科修了。アンダーソン・毛利・友常法律事務所(現:アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業)入所、企業のM&Aや不動産証券化などの案件に従事。2010年、Queen Mary University of Londonに留学。12年アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業に復帰、13年グリーに入社、法務や新規事業の立ち上げに携わる。15年7月に弁護士ドットコム入社、17年4月より執行役員に就任、19年6月より現職。

情報の平等化が進む一方で、真偽の判断が難しいような情報も増え、さまざまなトラブルが起きている。さらにAI生成物による著作権問題など、AI社会における法の議論がこれからますます活発になるだろう。法律という専門的な知識を一般の人々につなげ、社会課題の解決に挑む会社と共に、法の現場でのAIの効果的な活用法や今後の課題を探る。
text: Makoto Tanoue photograph: Masahiro Miki

法律相談に応える圧倒的プラットフォーム

—御社は日本最大級の法律相談ポータルサイト「弁護士ドットコム」を運営されています。会社設立の経緯から教えていただけますか。

田上 創業者の元榮太一郎は弁護士で、2000年代初頭、大手法律事務所に所属し、企業のM&Aなどを担当していました。ちょうどYahoo!や楽天などインターネットビジネスが台頭してきた時代で、弁護士としてインターネットを活用した新しいサービスに興味を抱いたようです。法律に関わる課題解決に取り組みたいという思いが強まり、2005年に設立しました。

今でこそ弁護士も普通にインターネットに広告を出して集客したり、リスティング広告なども普通に行われたりしていますが、当時はまだほとんどありませんでした。

一方で、一般の方々が弁護士に何か相談したくても、どの弁護士事務所に行けばいいのかや、費用が不透明でわかりにくいなど、ハードルの高さがありました。そこでインターネットで弁護士を探すことができれば、弁護士と相談者の双方にメリットがあるのではないかと考えたのが起業の着想点です。

最初に始めたのが「弁護士プロフィール紹介」および「弁護士検索」ができるサービスです。弁護士検索では弁護士のプロフィール、自己紹介や取り扱った事案、料金表などの情報が掲載されており、詳細な検索条件から自分に合った弁護士を探せます。現在、登録弁護士2万1,200人超と、日本の弁護士のおよそ半数が登録しています。

当社の主力サービスの一つとなっている無料のオンライン法律相談サービス「みんなの法律相談」は、2007年に開始しました。これは弁護士に無料で相談できる法律に特化した公開型Q&Aサービスです。法的トラブルや悩みを抱える相談者がインターネット上で質問を投稿し、それに対して弁護士が回答することで、トラブルを未然に防いだり、早期解決につなげたりすることを目的としています。相談内容を閲覧することで、自分が抱えている法的トラブルに関する情報が収集でき、相談内容は離婚、借金、相続、交通事故、労働問題など多岐にわたっています。1カ月に9,000件以上投稿され、累計の相談件数は127万件を超えました。

—みんなの法律相談」は無料オンラインサービスですが、ビジネスモデルはどのようになっているのですか。

田上 弁護士法の規制で、弁護士以外が相談を受けてお金を受け取ってはいけないことになっています。また、お金をもらって弁護士を斡旋することもできません。例えば、占いのポータルサイトであれば、プラットフォーマーが相談者から費用を頂き、手数料を取った上で、占い師に料金を支払うことができます。弁護士はそれが禁止されているため、法律相談には課金ができないのです。

そこで過去に蓄積したQ&Aのコンテンツを閲覧できる権利に対して課金する仕組みをつくりました。相談自体は無料で行えますが、過去になされた相談内容の中から自分のケースに近いものを見つけることで、より早く知りたい内容にたどり着くことができます。

—御社ポータルサイトの会員弁護士数と相談件数がそこまで増大した理由は、どこにあるとお考えですか。

田上 当初、弁護士の中にはインターネットの無料相談に否定的な意見を言う人も少なくありませんでした。しかし、相談者から「先生、ありがとうございました」と感謝されることに喜びややりがいを感じたり、実際に相談から依頼につながるケースも増えていき、ビジネス上のメリットが表れてきました。

相談に回答することで、その分野に詳しい弁護士であることがデータとして残ります。するとその先生への問い合わせが増える。困っている人も助かるし、弁護士としても「現在こういう悩みが多いのか」と世の中のことを知る機会にもなります。仕事のすき間時間に対応することで、勉強にもなるし依頼にもつながるということで、メリットを感じる弁護士が増えていったのです。

またランキングも人気です。「離婚問題で多く回答している弁護士」など、ランキングを出しています。弁護士ドットコムのポータルサイトで、離婚の分野でベスト3に入っているといったことが、実際の弁護士活動につながる。そうやって活性化してきました。

男女問題など多くの相談が寄せられる分野は競争も厳しくなりますが、ニッチな分野では目立ちやすいという面もあります。

回答には自然と人格がにじみ出ます。非常に丁寧だとか、相談者に寄り添っているとか、逆にそっけないとか、ぶっきらぼうだということもわかる。相談者にとって、弁護士を選ぶ際の判断材料の一つになるのです。

インターネットで手軽に無料で法律相談ができるという画期的な取り組みは、人々のニーズに合致していました。サイトを訪れる人が増えるのにしたがい、広告を出す弁護士も増えてきました。また、自分の住む地域や分野といった条件から弁護士を探すことができます。従来は駅の広告やタウンページくらいでしか弁護士の情報を得ることができませんでしたが、弁護士ドットコムであれば、多くの弁護士を一覧することが可能です。条件で検索して比較検討もできる、画期的な仕組みだったと自負しています。

   

 
 
 
 

中見出し中見出しAIチャットによる法律相談サービスを開始

—今年5月から、新たにAI法律相談チャットサービス「弁護士ドットコム チャット法律相談(α版)」の試験提供を開始されました。狙いを教えてください。

田上 「チャット法律相談」は、マイクロソフトのクラウドプラットフォーム「Microsoft Azure(マイクロソフトアジュール)」と、無料法律相談サービス「みんなの法律相談」に寄せられた127万件以上の相談データから抽出された質問・回答を用いたAI法律相談チャットサービスです。誰でも24時間、無料で相談できるサービスとなっています(1日5回まで質問可能)。

多くの人が悩みながらも他人に相談しにくいテーマであり、法律相談の中でも上位を占める男女問題(離婚、浮気、金銭トラブルなど)からスタートしました。今後は交通事故、相続、労働問題などのカテゴリを順次追加していく予定です。

「チャット法律相談」を始めた背景として、日本では法律トラブルに巻き込まれた人のうち、わずか2割しか弁護士にたどり着けていないという「2割司法」という課題があります。この解決に向けて「みんなの法律相談」のサービスを提供してきましたが、さらに昨年、ChatGPTという新たなAIが登場し、飛躍的にチャットサービスの技術が向上しました。そこで当社が上場当初から思い描いてきた、AIを活用した「誰もがより気軽に法律相談ができる未来」への第一歩として、試験的に提供を始めました。回答のクオリティはかなり優秀だと評価しています。

—「2割司法」という言葉を初めて知りましたが、ChatGPTや AIの活用でその改善が期待できますか。

田上 確実に改善につながると思っています。なぜ弁護士に相談しないのかというと、多くの場合、当事者が実際に弁護士に相談したり、裁判所に訴えたりするほどの内容ではないと思っているからです。そういう事案を含め、「チャット法律相談」を活用することで気軽に相談できるようにする、そしてそうした相談の中には、実際には深刻なものがあるかもしれません。そのような深刻な問題については、弁護士への相談につなげられると考えています。

実際、法的トラブルについて、今では多くの人がインターネットで検索しています。2002年にスタートした「行列のできる法律相談所」(日本テレビ系列/現在は「行列のできる相談所」にタイトル変更)は大変人気が出ました。「こんな事案で賠償請求ができるのか」といったことが面白かったわけですが、そうした内容のほとんどが、今では簡単にインターネットで調べられる。離婚できるのか、解雇されたけど訴えられるのか、マンションの敷金は返ってくるのか、といったWeb上の法律コンテンツは無数にあります。

ただ、それらの中から最適な検索結果を得られるかどうかは、検索キーワードをどう設定するかに依拠します。AIによる推論の精度が高くなっていけば、自然言語の対話を通じて、誰でもよりスムーズに知りたい情報にたどり着ける可能性が高まるはずです。

当社としても、法律トラブルを抱えている方々にいかにしてサービスを届けるか、という課題に日々取り組んでおり、こうした新しい技術を活用した実証実験を行うことは、社会にとって大きな意味があると考えています。今回はあくまで試験提供ですが、こうした取り組みを通じて得られる新たな知見を持って、さらに社会に有益なサービスの開発に取り組んでいくつもりです。

   
弁護士ドットコムのトップページ。「法律Q&Aを探す」の箇所では、キーワード検索で、過去の相談内容の中から、自分の相
談したいケースに近いものを見つけることが可能
   
「チャット法律相談(α)」の画面
 
 
 
 

測るべき適切な距離感

—一方で、ChatGPTは「平気でうそをつく」「間違いだらけ」などの指摘もあります。どう評価されていますか。

田上 まず「チャット法律相談」に関しては、入力された情報および「みんなの法律相談」のデータベースに基づき、AIを用いて自動的に相談の内容に対応した生成文章を提供しています。AIによる回答内容の正確性および最新性を保証するものではありません。

そもそもChatGPTは確率論で回答を生成します。言葉の羅列から、この言葉の次に来る言葉を予想して文章を作っているわけです。学習データの中には必ずしも法律の専門家ではない方が書いたものや、法律に関係しないコンテンツが含まれています。そうしたものすべてを学習データとして取り込み、確率に基づいて回答を生成していくので、正解があるような問いに対し、間違った回答を生成してしまう可能性を排除することは難しい。ChatGPTは真偽を最優先に回答しているわけではないからです。ただ、そこで法律用語に関する正しい一定のデータを渡すことによって、ある程度調整ができるというか、修正することは可能だと考えています。

AIはブラックボックス化しているので、どういうアルゴリズムでそういう判断をしているのか、わからないところに課題があります。米国の一部の州の刑事司法システムでは、再犯予測アルゴリズム「COMPAS」が使用され、人種によって刑の重みが変わったりするケースもある。例えば黒人の犯罪発生率が高く、再犯率も高いから、この人は実刑を下すべきであるとか、白人でこのエリアに住んでいると罪を犯す率が低いので、執行猶予を付けてもいいとか。何も考えずに統計を当てはめると、そういうことが起こりうるわけです。既に米国ではAIの倫理の問題、アルゴリズムの公平性をめぐる議論が起きています。

—ChatGPTに代表される生成AIの精度を高めるために、人はどのように関与していけばよいと考えますか。

田上 インプットしたことに対するアウトプットが出てきたときに、それに修正をかけたり、重み付けの調整を行ったりといったことを、ひたすら地道に続けていくしかありません。法律に特化した生成AIをつくるのであれば、法律の専門的知識を持った人間がチェックする必要があるでしょう。現在のChatGPTは汎用的な言語モデルですが、法律に特化したモデルでは適切な法律用語が使われるようにする必要があります。いずれにせよ、修正・調整を続けることで、少しずつAIは進化していくことになります。こうした大規模言語モデルを法律の分野で活用するニーズは高いので、当社がそれに力を入れて取り組んでいきたいと思っています。

—ChatGPTに相談して、回答のとおりに行動することで、不利益が生じることもあるのではないでしょうか。例えば離婚できるという回答を受けて、実際に離婚に踏み切ることが最善の策なのかどうかなどですが。

田上 それはあると思います。勝てるから離婚したほうがいいという回答が出たとしましょう。離婚できるかどうかという部分最適で見れば、その回答は正解かもしれませんが、諸事情を考慮して全体で考えると、離婚しないほうがいいこともあるでしょう。例えば女性が離婚を考えた場合、夫が有責で離婚自体は可能だとしても、子どもの問題や経済面などを総合的に考慮したら、慎重に判断したほうがいいケースもあるかもしれません。

AIで部分最適解がどんどん素早く出てくるようになることと、それが利益につながるのか、幸せになれるのかというのは別問題です。明確な答えがないので難しいところですね。

 
 
 
 

弁護士にとってのAIツール

—そうした中で、御社は会員弁護士を対象に「チャット型AI」に関する意識調査をされたそうですね。どのような結果が出たのでしょうか。

田上 弁護士ドットコムの登録弁護士146名を対象に、「チャット型AIツールの利用」に関するWebアンケート調査(23年4月4日~9日)を実施し、全員から回答を得ました。その結果、弁護士の約3割が既にChatGPTを利用し、7割を超える弁護士がAI導入に期待していることがわかりました。

具体的にChatGPTの利用状況について尋ねたところ、「知っているが未使用」(39.7%)が一番多かった一方で、「業務・私的に活用」(15.8%)と「私的には活用」(13.0%)を合わせて既に活用している弁護士が3割近くに達しています。「試したことがある」弁護士も27.4%です。

具体的な使い方としては、「メール文案作成」「法律相談の回答の概要の作成」「契約条項の確認、込み入った事案の類似判例の調査」「音声の文字起こし、必要書類のリスト化、関連判例の抽出」「一般論(非法律事項、法律事項問わず)の概略の説明」などとなっています。

弁護士業務にAIが導入される期待感と不安感について尋ねたところ、「期待している」(47.9%)と「やや期待している」(26.0%)を合わせて7割超の弁護士が期待していることがわかりました。

期待する事項の1位は「判例などの調査」(80.1%)、2位「依頼者・相談者らからの聞き取りの文字起こしや要点整理」(74.0%)、3位「書面作成への活用」(66.4%)、4位「誤字脱字のチェック」(61.6%)などとなっています。

一方、不安の1位は「事実関係や法律上の間違い」(76.0%)、2位「守秘義務や情報漏洩」(67.8%)と、期待と同様に弁護士業務に関するものが上位に来ました。

AIと弁護士業務についての意見を尋ねたところ、「法的見解よりも、事務負担の軽減に期待している」「精度が低いので現時点では実務に使えない。今後の発展に期待する」「書面作成の時間短縮に期待。聞き取るべき事実、成果物の審査など、弁護士のやるべきことは十分残ると考えている。AIは仕事を奪う存在ではないと思う」など、さまざまな声が寄せられました。

   

—田上さんご自身はどのようにお考えですか。

田上 私個人としては期待しています。これまで法律リサーチを行う場合、法令や判例、書籍などを参照する作業に膨大な時間を費やしてきました。今後は、大量のデータから該当するものを発見するといった作業においてはAIのほうが早く、正確に処理することができるようになるでしょう。

法律文書についても、過去の文案やひな形などを組み合わせて、個別具体的なケースに当てはめて作成することが一般的です。そこには創作的な根幹の部分と作業的な部分があり、頭の中でなんとなく章立てができていれば、機械に任せるというのは割と容易にできるのではないかと感じています。

こういった変化は、必ずしも専門家の役割を縮小するものではないと考えます。数十年前に法律リサーチをする場合、紙の判例集などを調べるしかありませんでした。そのためには過去の先例を広く頭に入れておかないと、調べきるのはとても無理です。それでも当時は現在に比べて法律の数も大きく異なり、起きる事案もシンプルだったので対応できたかもしれません。しかし、今では法律も非常に増え、事案も複雑で多岐にわたります。実際、判例を調べる際にも、データベースなどいろいろなツールを活用しています。

紙からデジタル、さらにクラウドシステムの活用など、社会の技術革新に合わせ、弁護士が使うツールも進化しているわけです。AIもその延長線上にあります。これまでリサーチに数時間を要したものが、10分程度で済むようになる。また、時間が短縮するので、より深く調べられるようになります。

判例も民事に関しては今後、全件公開され、オープンデータになっていきます。これまでは出版社などがまとめた判例データを活用していたので、全体の数%しかありませんでした。全件のデータで統計処理などができれば、自分の案件にどれが一番近いかなどがわかる。そしてより早く、深く、正確なリサーチができるようになる。文書もより正確なものが作れるようになると思います。

—AIの活用は弁護士の働き方改革にもつながりそうですね。

田上 間違いなく、つながると思います。これは弁護士に限らず、特にホワイトカラーは、すべての人がAIを活用しないという選択肢はありえません。今やインターネットを仕事に活用しないビジネスパーソンがいないのと同じで、AI活用はいずれ当たり前になるでしょう。

—ChatGPTやAIは弁護士以外にも法律の分野で活用が進みますか。

田上 裁判官や検察官は判例や過去の量刑の相場などは、データベースを見ています。AIで入力の仕方がより自然言語の対話式になれば、より便利な使い方が広がるはずです。

ただ、特に裁判官については倫理的な問題が存在します。例えば「こういう事例だけどどうしたらいいか」と問いかけて、AIの司法システムみたいなものが、「この人は死刑が相当だ」とか「賠償金を認めたほうがいい」とか、「執行猶予を付けるのが望ましい」といったアドバイスをすることになるとします。裁判官はそれを参考にしつつも、「別の事例があるからこうしたほうがいい」など自己判断ができれば、裁判官という人間が司法権を行使しているといえます。しかし裁判官は非常に多忙なので、AIの言うとおりに判決を下すケースが出てくる可能性も否定できません。そうなると「実際に司法判断をしているのはAIではないか」という議論が当然起きるでしょう。SF的な話ですが、いずれ直面せざるを得ない問題かもしれません。

—生成AIと著作権侵害の問題も大きな論点となっています。この点はいかがですか。

田上 現状は難しい問題だと感じています。ChatGPTはインターネット上のコンテンツをほぼすべて学習しているので、元々は誰かが発信したものをベースに生成を行っています。同様に、画像生成AIのMidjourney(ミッドジャーニー)であれば、誰かが過去に描いたものを学習しています。著作権法は表現しか対象にしないので、アイデアや考え方、思想は守られません。元の著作物が感得されない限り、著作権侵害とならないのです。イメージとしては、それらをニンジンやジャガイモや肉と同様、元の素材がわからないぐらいスープのようにいったんドロドロに溶かしてしまった状態から、新しい料理を作り出しているようなものです。

有名な絵画や小説の表現そのものを再現した場合は、著作権の侵害です。ただ、有名な画家や作家のタッチや素材、イメージや文体などを模倣して表現することは可能です。問題は表現そのものが原著作物に依拠して作成され、類似しているかどうかです。この辺りの判断軸が生成AIの活用が進むとともに、見直されていく可能性はあります。また、生成AIの活用が進めば、これまでとは比較にならない量のコンテンツが生み出されるでしょうから、その中から著作権侵害のものを見つけ出すのは、非常に難しくなるおそれがあります。

   
弁護士ドットコムの会社創業初期。弁護士がインターネット広告を出すことが珍しかった時代に、無料のオンライン法律サービス普及に向けて奮闘中
 
 
 
 

AIがもたらす弁護士の働き方改革

— AIが社会に浸透していく中で、弁護士という仕事のプライオリティはどのように変化していきますか。弁護士の将来像をどのように見ていらっしゃいますか。

田上 歴史的な話でいうと、例えば中世ヨーロッパでは文字を読める人が限られていたので、聖書の教えを説けるのは宗教者しかいなかった。しかし活版印刷が発明され、また誰もが文字を読めるようになると、情報発信という意味での宗教者の価値は変化します。それが、ルターによる宗教改革が起きた社会的な要因の一つだといわれています。現代においても同じことが、あらゆる分野で起きるのではないでしょうか。

法律の文言や法律書は平易な文章で書かれていないことが多い。それは内容を厳密にし、多義的な解釈の余地を残さないようにしているためですが、一般の人が簡単に読めないという結果ももたらしています。司法の分野では、法律を勉強した法律家だけが文章を読み解いて、回答を示す仕組みになっている。それをAIができるようになると、一般の人が直接機械に入力することで出力を得られる時代が訪れます。「私の事案はどうですか」と聞けば、回答してくれる。法律の理屈など詳しいことはどうでもよくて、「離婚できる・できない」「訴訟に勝てる・勝てない」「企業の買収ができる・できない」がわかればいいわけです。

現在でも、インターネット上にはさまざまなコンテンツがあり、簡単にアクセスできるので、依頼者の方でも事前に調べてから弁護士に相談するケースが増えています。すると「ネットにはこう書いてあったから、先生の説明はおかしい」といったように、専門知の民主化が起きています。弁護士も相談、依頼されたことだけ対応すればよく、よかれと思ってアドバイスなどをすると、逆に「そんなことはどうでもいいから早く片付けてください」と言われたりすることもある。こうしたケースは今後ますます増えていくと予想されます。

そういう時代になったときに、専門家の価値はなくなるのか。私は、そうではないと考えています。専門知識を体系的に学んだ専門家の判断と、あるポイントに関してのみインターネットで調べた内容と、表面的なアウトプットは同じだったとしても、専門知識や経験値などの裏付けが大きく違うので、当てはめをする際に差が出てくるはずです。

そういう点で、専門家はこれまで以上により深い知識が求められます。弁護士であれば、あらゆる法律問題を解決できるという人材はおそらく相対的に減っていき、ある特定の分野に非常に詳しい弁護士が増えていくのではないか。もしくは医療に詳しかったり、テクノロジーに詳しかったり、得意分野を持った弁護士も増えてくるでしょう。その弁護士だからこそ出せる答えというものが、いっそう重要になってくるのではないかと考えています。

また、相手を説得したり、討論したりする場合、将来はわかりませんが、現状は人のほうが優れています。情報処理のスピードは機械に負けますが、人を納得させたりすることはリアルでの対話のほうが圧倒的に有効ですし、弁護士のオーラルのスキル、交渉力や対話能力は、今後ますます求められるだろうと思います。

— AIと共存し、うまく使いこなしながら、専門家の強みを発揮していくということですね。

田上 そうですね。弁護士の中にも新しい技術を受け入れることには否定的な人もいます。今後もAIを使わないという弁護士が一定数いるかもしれませんが、先ほどのアンケート調査の結果からもわかるように、大多数は使うようになるでしょう。しかもより先鋭的に活用していく弁護士のほうが有利ですし、競争でも優位に立てる。どんどん進化するツールを使いこなしていくことが、重要になると思いますね。

   

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