ICTが導く教育の個別最適化とは

2020年7月25日 11:34 Vol.72
   
丹羽 登
関西学院大学教育学部教授
Noboru Niwa
1982年大阪教育大学教育学部卒業、2000年兵庫教育大学大学院教育研究科修了。専攻は障害児教育。大阪府内で小学校・養護学校教諭を務めた後、大阪府教育委員会事務局教育振興室障害教育課指導主事、文部科学省初等中等教育局特別支援教育課 特別支援教育調査官を経て、15年より現職。特別支援教育、病弱教育、教育のICT活用、教育心理学、いじめや不登校支援などを専門とする。日本特殊教育学会、日本教育心理学会、日本育療学会等さまざまな学会に所属。同時に文部科学省教育研究開発企画評価会議委員ほか、幅広い社会活動を積極的に行っている。

Society 5.0が掲げる公正な学び

我が国では、国連が提唱する2030年のSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)の達成に向けて「第5期科学技術基本計画」が策定され、その中でSociety 5.0が日本の目指すべき未来社会の姿として示された。Society5.0とは、仮想空間(サイバー空間)と現実空間(フィジカル空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を図る新たな未来の社会(Society)のこと。それらを効果的に活用して、病気や障害のある者、高齢者なども積極的に参加できる社会、差別のない社会の構築を目指している。

経済産業省は、Society 5.0の実現は、ビッグデータやAI、IoT、ロボットなどの活用がキーになるという。また経団連(一般社団法人日本経済団体連合会)は、2018年11月に「Society 5.0 ─ともに創造する未来─」を発表するとともに、2020年5月には独立行政法人国際協力機構と一緒に「Society 5.0 for SDGs 国際展開のためのデジタル共創」を取りまとめ、発刊した。経団連は、Society 5.0を「デジタル革新と多様な人々の想像・創造力の融合によって、社会の課題を解決し、価値を創造する社会」と再定義し、官民一体となった推進を求めている。

Society 5.0では「誰一人取り残さない」を目標に掲げており、これは全ての人に平等な機会を与えるということでもある。教育もSociety 5.0では、「誰一人取り残すことのない、公正に個別最適化された学び」の実現を求められている。

 
 
 
 

対応①:不登校の児童生徒

誰一人取り残さない学びは、2016年に公布された「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律」の重要なテーマである。同法は、不登校児童生徒への支援とその他の義務教育段階における普通教育に相当する教育機会の確保、および当該教育を十分に受けていない者に対する支援を明記。不登校児童生徒だけでなく、病気療養中のため長期間学校に通えない者等も対象に含まれる。

文部科学省では小・中学校の不登校の児童生徒が学校以外の施設で学習した際、一定の条件を満たす場合は学校長が出席扱いにできるようにする(2003年)とともに、ITを使って学習した際も学校長が出席扱いにできるようにした(2005年)。また、高等学校の全日制・定時制課程において、不登校生徒に対して通信の方法を用いた教育を行った場合にも、一定の範囲内において単位認定を行うことを可能にした(2009年)。さらに、2019年に「不登校児童生徒への支援の在り方について(通知)」を発出し、従来の通知等を再整理(以前の通知は廃止した)。この通知は「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律」の趣旨を踏まえて発出されたもので、不登校への対応は「学校に登校する」という結果のみ目指すのではなく、自らの進路を主体的に捉え、社会的に自立することを目指す必要があることを明記。さらに児童生徒によっては、不登校の期間が、それぞれ休養や自分を見つめ直す期間となるなど、積極的な意味を持つ場合があることを示し、その間の弾力的な対応も、これまでの通知と同様に求めている。

 
 
 
 

対応②:過疎地などの高等学校

不登校や長期間欠席する児童生徒等へのICT(Information and Communication Technology)活用とともに、過疎化する地域の高等学校や小規模の高等学校においては、生徒数の減少により、全ての教科・科目で専門に指導できる教員(各教科・科目の高等学校教諭免許状を保有する教員)を確保することが困難になっている。だからこそネットワークを活用した教育が求められるのである。

そこで文部科学省は、2015年に学校教育法施行規則を一部改正し、全日制・定時制課程の高等学校等(特別支援学校を含む)における遠隔授業を可能にした。これらの教育機関では対面による授業が原則だが、高等学校等が対面の授業と同等の教育効果があると認めるときは、当該教科の免許状を持つ教員がいなくても、同時双方向型の遠隔授業を一定の条件下(受信側にも教員を配置、単位認定の上限は36単位)で実施できることになった。これにより免許状を保有する教員が少ない科目(第2外国語等)や先進的な学校設定科目を開設したり、小規模校等で多様な選択科目を開設したりして、生徒の学習機会の充実を図れるようになった。

 
 
 
 

対応③:病気療養中の児童生徒

これらの高等学校段階の遠隔教育の弾力的な対応は、病気療養中の生徒等も対象で、疾病による療養や障害のため、相当の期間、高等学校を欠席すると認められる生徒等については、通信制の課程の高等学校と同様に添削指導と面接指導による単位認定も36単位を上限に可能である。さらに病気療養中の生徒等については、同時双方向型の遠隔授業を行う場合の特例として、受信側の病室等への教員の配置を必要とせず(2019年)、修得単位数の上限(36単位)の算定には含まれない(2020年)ことになった。このように、高等学校段階の病気療養中の生徒については、弾力的に対応できるようになった。

小・中学校段階では、先に述べたように2005年に不登校の児童生徒についてICT等を活用した場合に、出席扱いできることになっていたが、不登校には病気による長期欠席は含まれていないため、病気療養で相当な期間を欠席する児童生徒については、ICT等を活用した場合にそれが可能なことが示されていなかった。そこで文部科学省は、2018年に小・中学校等においても病気療養中の児童生徒が同時双方向型授業を受けた場合、出席扱いにすることが可能になった。

 
 
 
 

対応④:病弱な児童生徒

入院中や家庭等で療養中の児童生徒への教育は、それぞれが在籍する小・中学校等の教員が見舞い時に行うことはあるが、必ずしも教科の学習を保障できる状況ではない。そのため病気のために相当な期間、治療や生活管理(生活規制)を必要とする者たちは「病弱者(身体虚弱者を含む)」として、特別支援学校や特別支援学級等で手厚い指導や支援が受けられるようになっている。

例えば、小・中学校の通常の学級に在籍していた児童生徒が、慢性的な病気により一定の期間入院した際に教育を受けられる制度として、病院に隣接した特別支援学校や、病院内にある特別支援学校の本校・分校・分教室・訪問教育、病院内にある小・中学校の特別支援学級で学ぶことができる。また退院後は多くの場合、入院前にいた小・中学校等(前籍校)に戻る。小・中学校や特別支援学校等の学習指導要領(2018年)では、各教科等の指導時に体験的な活動を効果的に取り入れることを求めている。しかし病弱者の場合、乳幼児時期の長期入院や学齢期の入退院の繰り返し等により、学習の基礎となる生活上のさまざまな体験が不足しがちである。そのため特別支援学校の学習指導要領では、疑似体験や仮想体験も積極的に取り入れ、体験的な学習の充実が求められている。また同学習指導要領解説ではVR(Virtual Reality)やシミュレーション、テレビ会議システム、体感型アプリの活用が例示されている。

病弱者の特別支援学校等においては、治療のため病棟から出ることができない児童生徒への指導や入院前にいた学校(前籍校)の授業に参加できるようにするため、テレビ会議システム等を活用した同時双方向型の遠隔教育が行われてきた。また、ロボット等を児童生徒の代わりに(分身ロボットとして)派遣して教育を受ける取り組みも始まっている。

 
 
 
 

富士通との共同研究─遠隔教育等の実証プロジェクト

このような学校教育における動きを踏まえ、2019年に、関西学院大学と富士通は産学連携の共同研究契約を締結。「先端技術(5G、仮想現実等)を活用した病弱教育における遠隔授業等の実証プロジェクト」を行った。このプロジェクトでは、2020年3月より商業ベースでの実施が始まる次世代無線高速回線(5G)を先行実施するとともに、VRやAR(Augmented Reality)も活用して病弱教育の充実に資する取り組みとなるよう関係者間で検討。最終的に2019年度に、①最新技術を活用した教員研修、②遠隔校外学習(水中ドローンの操作等)、③遠隔校外学習(水族館員による指導と水槽内見学・5Gを活用した疑似体験)の3つの取り組みを実施した。

   
関西学院大学と富士通との共同プロジェクトには、10を超える組織や機関などが協力

①最新技術を活用した教員研修〈キーワード〉次世代無線高速回線(5G)、全天球カメラ、高速圧縮装置、メディアサーバ

教員研修は、教員が研修会場に赴き参加する、または指導主事等の講師が学校に赴き教員対象の研修会や講演会を実施する、という形式をとることが多い。しかし移動時間や教員・講師等の負担軽減(働き方改革)という観点から、通信手段を用いた有効的な研修方法について検討する必要がある。2020年3月から次世代携帯通信回線として5Gが本格的に展開されることになるため、「超高速」「多数同時接続」「超低遅延」の5Gの特長を生かした新しい研修方法の有効性についてプレ5G回線を使って実証実験を行った。具体的にはNTTドコモの東京(四谷)と大阪のプレ5Gラボ間で、富士通の全天球カメラ、高速4Kエンコーダー・デコーダーを活用、複数の教員・講師等が個別に見たい方向の映像を見て、その効果を検証した。

   
東京と大阪の2カ所で研修に参加した教員たちは、全天球カメラで見たい方向の映像を見ることができた

②遠隔校外学習(水中ドローンの操作等)〈キーワード〉水族館の大水槽、水中ドローン、遠隔地からの操作(病院内の学級)、HMD

実施協力校は神奈川県立横浜南養護学校(神奈川県立こども医療センター内)。実施協力施設は横浜・八景島シーパラダイス、水中ドローンの遠隔操作は、日本財団のVirtual OceanProjectの協力を得て実施した。

入院中の児童生徒が近隣の施設(水族館)に行き、水槽内の生き物の様子を観察するという活動を、ネットワークを活用した疑似的な校外学習として体験するとともに、水族館の大水槽内にある水中ドローンを離れた教室(神奈川県立こども医療センター内)から操作した。水中ドローンには前方の固定カメラ以外に360度カメラを追加。インターネット回線を経由したこのカメラの映像を、教室にいる児童生徒がHMD(ヘッドマウント・ディスプレー)でリアルタイムに上下前後左右に首を動かし見ていた。

また、コントローラーで操作している水中ドローンの様子が、正面のディスプレーに表示されるため「もっと上を見て」「右のほうに移動して」「イワシの群れに突っ込んで」など、周囲の子が操作している子に声を掛けるなど、操作中の子だけでなく、それを見ている子も一緒になって楽しむことができた。

HMDを装着した児童生徒からは、「水槽が思ったよりも深いので驚いた」「上のほうや後ろがきれいに見えた」「水槽の中がきれいだった」等の声が上がっていた。

子どもからのアンケートの回答としては、HMDを装着して、①水中がきれいだった、②水槽の中が広く見えた、③上下左右が良く見えた、④魚がすぐそばに見えた、との回答がほぼ全員から寄せられた。水中ドローンについては、①初めて聞いたが3人、③名前を聞いたことがあるが2名で、授業が始まるまでは、あまり知らなかったようだ。水槽正面の映像(4K)については、水中ドローンが良く見えたという回答が多く(4人)、概ね良く見えたようだった。後方から見ていた教員からも「映像がきれい」との声が上がっていた。

   
カメラを搭載した水中ドローンを水族館の大水槽に入れ、児童生徒が遠隔操作を行った。水族館にいた児童生徒もその映像を一緒に楽しんだ
   
養護学校の児童生徒が水中ドローンを学校から遠隔操作。水族館に映像を見に来た入院中の児童生徒たちからは、操作の指示も飛んだ

③遠隔校外学習(水族館員による指導と水槽内見学・5Gを活用した疑似体験)〈キーワード〉ドコモ5G、LTE(WiMAX)、リアルタイム高速映像伝送装置、5G回線による4K映像の送受信(3画面同時)、ジンベイザメの餌付けの館員の指導

実施協力校は東京都立光明学園そよ風分教室(国立成育医療研究センター病院内)、実施協力施設は沖縄美ら海水族館、5G回線はNTTドコモの協力を得て実施した。

基本的には、大水槽や水槽内の生き物の映像をVR等で見ながら、水族館員をゲストティーチャーとして授業を行っていく遠隔での校外学習だが、生き物(特にジンベイザメ)への学びを深める体験学習を行い、その有効性を実証することにした。

最初に、沖縄美ら海水族館の周囲の風景や施設の様子等について、ゲストティーチャーから説明を受けた後、ジンベイザメの餌付けの様子をリアルタイムで観察。2匹のジンベイザメのうち、1匹は普通に回遊しながら食べ、もう1匹は垂直の姿勢になって食べることを4K映像で確認。「ジンベイザメはどうして立って食べるのかな?」等の質問をゲストティーチャーが子どもに投げかけながら、ジンベイザメの生態について学習が進められた。

その後、ダイバーが360度カメラで撮影した大水槽内の映像をリアルタイムで配信し、それを病院内にいる者たちがHMDやタブレット端末で見るという取り組みを行った。両方の機器に送られてくる映像は360度カメラで撮影されたもののため、送られてくるのも360度の映像。HMDの場合は、子どもが首を動かし、水槽内の360度の映像を楽しむことができた。また、タブレット端末については、指で画面をスライドさせて見る方向を変えたり、タブレット端末を見たい方向に移動させて(子どもを中心にくるくると回るような感じで)全方向の映像を楽しんでいた。国内でも有数の大型水槽の内部の映像は迫力満点。しかも360度の映像を見るのは初めてのため(沖縄美ら海水族館でも初めてとのこと)、子どもたちはマンタやジンベイザメが身近に迫ってくる映像を楽しんでいた。

授業終了後、教員に児童生徒の様子を聞いたところ、「普段はあまり話をしない子が積極的にタブレット等を触っていた」「画像が思った以上にきれい」「3画面ともリアルタイムで送られているとは思わなかった」「子どもが思っていた以上に乗り気だった」「体調を整えるため午前中の授業を休んで参加した子どもがいた。10人程度の参加予定が、倍の20人の参加となった。病室にいた子も参加させたかった」等の感想を得ることができた。

実施したのは2020年2月28日(金)の午後。翌週の月曜日から学校が新型コロナのため突然休校になり、2019年度最後の授業が本プロジェクトとなった。そのため、児童生徒からのアンケートは回収できていないものの、病棟に戻ってからも今回の取り組みの話をしていたようで、病室に残っていた友達や見舞いに来た家族に楽しそうに話をしていたとのこと。

   
5Gを活用した疑似体験学習は、東京に住む児童生徒が、沖縄の水族館の生き物の様子を4K映像でリアルタイムに観察した
   
水槽内でダイバーが360度カメラで撮影した映像を、病院内の教室で、HMDやタブレットを用いてリアルタイムで楽しむことができた
 
 
 
 

教育のデジタル技術活用に向けて

遠隔教育の最終プロジェクトの実施日が、新型コロナ対策のための全国的な休校措置の直前。翌週から学校が休校になり、中には3カ月もの長い間、学校に行くことができない児童生徒もいた。この間に海外の学校ではタブレット端末等を使った遠隔教育(オンライン授業)が実施され、学校に行けなくても教育を継続することができたとか。しかし、我が国ではオンライン授業を行う環境も指導体制も十分ではなかったため、多くの学校では実施が叶わなかった。これは小・中学校だけの課題ではなく、大学においても同様で、「サーバがダウンした」「スマホが熱暴走した」「ネットワークが遅すぎる」等の機器やネットワーク環境についてや、「オンライン講義といってもスライドがサーバに置いてあるだけ」「オンデマンド講義って教材をネット上に公開してあるだけ」等の指導方法に関する苦情も多くあった。

どうして、このようなことになったのか。1人1台のタブレット端末等を使った取り組みを進めるため、総務省は2010年から「フューチャースクール推進事業」をスタートさせるとともに、文部科学省も2011年から「学びのイノベーション事業」を実施。2つの事業は連携協力しながら、1人1台のタブレット端末、電子黒板、無線LAN等が整備された環境の下、ICTを効果的に活用することで、子どもたちが主体的に学習する「新しい学び」を創造するための実証研究として行われた。この成果を踏まえ、総務省はタブレット端末等を整備する予算を地方交付税交付金で賄ってきたが、自治体の判断で後回しにされることもあり、自治体間の整備状況に著しい違いが出てきた。そこで機器やネットワークの整備の遅れを解消するため、2019年度から2023年度までの5年間、使い道が限定された補助金として支給することになった。このようにICT等の環境整備が大きく変わろうとしていた最中に新型コロナの感染拡大が発生。急遽、機器等の整備を前倒しで実施する自治体が増え、今後それらは急速に進んでいくと思われる。しかし、デジタル環境を活用する教員や、家庭での学習を見守る保護者の理解がなければ、学び自体は進歩しない。

我が国にはナショナル・カリキュラムとして学習指導要領がある。教員は学習指導要領で示されていることを踏まえ、具体的な指導内容を考える。したがって学習指導要領にある各教科の指導上の配慮事項等に、オンライン授業に関する記述が含まれるようになることが重要なのだ。

学習指導要領では、今までの総合的な学習の時間の導入や、外国語活動の導入、「特別の教科道徳」の導入など、社会の変化や科学技術の進化等に対応した、新しい学びを行ってきた。しかし、社会の変化や科学技術の進化は速度を増しているため、それに適した学校教育機関等の変化が必要なのだろう。「不易流行」とは、教育関係者にもよく使われる言葉だが、「不易」を理由に変わらないことを選択する人もいる。しかし、社会が大きく変わる中で、指導も大きく変わらなければならない。AI、IoT、ビッグデータ、AR、VR、ロボット、高速無線通信等を、不登校や日本語指導が必要な者、病気や障害のある者など、多様化する子どもの実態に応じて適切に活用していきたいものである。