教育の転換期とコミュニケーション。オンライン授業で、学生が育むものは何か?

2020年7月25日 11:34 Vol.72
   
岸 磨貴子
明治大学国際日本学部准教授
Makiko Kishi
専門は教育工学、研究テーマは「多様性をつなげる教育、多様性がつながる学習環境デザイン」。国内では、学校教育での「探究学習」を研究対象とし、インプロなどパフォーマンスを軸とした教育プログラムや教材を開発。国外では、中東(シリア、パレスチナ、トルコ)を中心に、立場が脆弱な難民や子どもなどを含む誰もが、個性や経験、強みなど多様性を発揮し発達できる場のデザインについて、実践および研究を行う。日本教育メディア学会理事、異文化間教育学会常任理事、日本教育工学協会理事、文部科学省ICT活用教育アドバイザーなどを務めている。

はじめに

2020年6月1日、文部科学省は全国の高等教育機関(国立大学・公立大学・私立大学・高等専門学校)を対象に、新型コロナウイルス感染症の状況を踏まえた授業の実施状況について調査を行った(文部科学省2020)。そこでは、調査に回答した全国の高等教育機関1,066校の約9割が、デジタル技術を活用した遠隔授業(以下オンライン授業)を全体的にまたは部分的に実施していることが示された。

オンライン授業初期の段階では、教員も学生も、新型コロナウイルス感染拡大防止のため仕方なく実施するというムードがあったが、オンライン授業の経験を積み重ねる中で、オンライン授業だからこその学び、学び方があることに気づき始めた。その気づきを通して、教員は授業改善を、学生は学び方の改善を図っている。ある1人の学生が、「こなすだけの生活から、自ら組み立てる生活に変化した」とオンライン授業での経験を述べるのを聞き、私は、オンライン授業は教育の転換の契機になる可能性があると感じた。オンライン授業は、教員にとっても学生にとっても新しい学びであり、これまで当たり前だった教え方、学び方を学びほぐすきっかけになりうる。本稿では、オンライン授業において、学生が育むものは何かについて学生の声を紹介しながら考察する。

 
 
 
 

大学におけるオンライン授業の環境構築

高等教育機関は学生が自宅などからオンライン授業を受講できるように環境整備を始めた。オンライン授業の実施に向けて制度上のルールを確認し、特例的な措置を政府に求めた。例えば、通学制の高等教育機関では、オンライン授業によって取得できる単位数は60単位が上限とされているが、特例的な措置においては、面接授業に相当する教育効果を有すると大学が判断する授業については、その数に含める必要がないことが確認された。また、著作物の扱いについても特例的な措置が必要であった。従来、教育機関の授業で利用する著作物は、対面授業および対面授業を同時中継する遠隔合同授業で利用する限りであれば、著作権法第35条第1項により無許諾・無償で、授業で使用する資料として印刷・配布が可能であった。しかしながら、その他の公衆送信は権利者の許諾が必要であるため、インターネットを活用した非同期型のオンデマンド授業はその対象ではない。平成30年にはオンデマンド授業において無許諾・有償(補償金)で著作物の利用が可能にはなったが、新型コロナウイルス感染症の流行に伴うオンライン授業のニーズに対応するため、令和2年に限っては補償金を無償とすることを文化庁長官が認可した(文化庁2020)。

オンライン授業の導入が決まった大学は、学生に対して学習管理システム(Learning Management System:以下、LMS)やメールを通して、新学期から始まるオンライン授業の案内を行った。筆者が所属する明治大学にもOh-o! Meijiという名のLMSがあり、教員と学生は基本的にこのシステムを通して授業に関する連絡をとり合う。

学生の受講環境も検討すべき重要課題であった。新型コロナウイルス感染拡大防止のための緊急事態宣言に伴い、学生は大学施設を利用できないため、オンライン授業に必要な端末、マイク、カメラ、Wi-Fi環境、課題に必要なソフトウエアなどを整備する必要があった。各大学は受講に必要な通信環境などの整備のためにさまざまな支援を講じ(大学プレスセンター2020)、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクなど携帯電話大手3社も期間限定でデータ通信容量の一部を無償化した。国立情報学研究所(2020)も学生の受講環境に鑑み「データダイエットへの協力のお願い」を発行し、産学官民が連携し、オンライン授業実施に向けて動いている。関係各機関は現在も、実施状況を確認しながら、成果やニーズ、課題を把握し、それらに対応しながら前へと進めている。

 
 
 
 

教室での対面授業とオンライン授業は別モノ

オンライン授業は、教室での対面授業をそのままデジタル化したものではない。オンラインの特徴に合わせた授業設計が必要である。日本教育工学会の学会長である鈴木克明氏(熊本大学システム学研究センター長・教授)は、オンライン授業に取り組む教員に向けて「無理はしないで同じ形を目指さないこと」をテーマに動画配信を行い、その中で、「同じ形ではなく同じ価値を追求する」ことを示している。それは、コース全体での目標を明確にし、毎回の授業設計における到達目標を設定する。そして、学生が目標に到達できるように教材を開発し、授業設計し、課題を通したフィードバックと評価を行うことである。

オンライン授業は、大きく同期型と非同期型に分けられる。また、個別学習か共同学習かによって利用するツールが異なる。[図表1]は、同期型と非同期型そして個別学習と共同学習を軸として整理をしたオンライン学習の形態である。これら2軸を組み合わせることでオンライン授業を設計できる。以下に例を示しながら説明する。

同期型×個人学習の形態では、教師はビデオ会議システムで講義をライブで一方的に配信するが、コメント機能やQ&A機能を使って学生の声を取り入れ講義を展開する。事前に制作された講義動画とは違い、学生の反応をみながら講義を展開することができる。

同期型×共同学習では、ビデオ会議システム上で会話を中心とした授業展開が可能である。発言、挙手、チャットなど複数のツールの選択肢による授業参加やグループ会議室を活用したグループ課題の展開が可能である。インタラクティブな授業展開が期待できる。

非同期型×個人学習では、教師は講義動画や資料を配信して、学生に自主学習を求める。学生は自分のペースに合わせて学習を進めることができる。

非同期型×共同学習では、教師は、学生にオンラインでの共同編集や相互コメントができるツールを活用させることで、ピアレビューなどの共同学習に取り組ませることができる。学生は自分のペースに合わせて共同学習に参加できる。

オンライン授業の具体例として、以下に筆者が担当する授業のうち形態の違う2つの授業を紹介する。

   
[図表1]同期型/非同期型と授業の目的を軸としたオンライン授業の形態

オンデマンド授業

オンデマンド授業とは、インターネットを利用して非同期型で行う教育形態である。事例として紹介するのは1年生の必修授業である「ICTベーシックⅠ」である。必修科目であるため、確実に受講生全員が参加できるように、データダイエットを重視し、オンデマンド型の授業設計を行った。ICTベーシックでは、情報活用能力育成が主な目的であり、学生らが情報および情報手段を主体的に選択、活用できるようになり、問題発見および問題解決の基盤をつくることを目指す。情報機器の操作方法だけを学ぶのではなく、それらを活用しながら発展させていけるプロジェクト型学習を行っている。

学生は毎週授業時間にビデオ会議システムにアクセスして、授業の目標、方法、課題、評価方法をクラス全体で確認する。不明な点があれば教員にその場で確認する。学生の学びのプロセスにコミュニケーションの機会を含める点を重視しているため、すぐに個人課題に入るのではなく、課題の進め方についてペアまたはグループで10分程度の意見交換をする。この活動を通して、学生は共同編集アプリの使用方法やオンラインでのグループ学習の仕方を段階的に学んでいく。

個人課題の時間になると、学生はビデオ会議システムから抜けて、講義動画または講義資料を見ながら課題に取り組む。学生は質問があればいつでもビデオ会議システムに戻って教員に質問をしたり、指導を受けたりできる。グループ単位で個人課題を進めたい学生は、教員が準備するオンラインでのグループ会議室を使う。

学生の情報活用力を高めること、コミュニケーションを通した学びができること、問題の自力解決ができること、多様なメディアを自分のニーズに応じて選択し使いこなせることなどを達成するため、そのための学習機会を保証するようにしている。

同時双方型

同時双方型の授業として紹介するのは、教職課程の「教育の方法と技術」である。授業開始とともに、授業の目標、方法、課題、評価について説明をする。講義内容は事前にビデオに収録して、事前にYouTubeで配信もしている。授業時間に講義動画を視聴する時間をあえて確保する理由は、受講生全員が共通の理解を持った上で課題や議論に取り組ませるためである。講義動画視聴のため、学生をビデオ会議システムからいったん退出させ、講義映像(20分程度)を視聴させる。講義映像で学生に伝達する情報量は多いため、学生には映像を適宜止めながら、ノートをとりながら視聴するように指示している。講義動画視聴後、学生はビデオ会議システムに戻り、講義映像で学んだこと、考えたこと、疑問に思ったことを全体でシェアする。学生の関心や問題意識に基づいて、講義内容をさらに広げ、深めていく。課題に取り組むための十分な知識・理解が確認できたところで、学生はオンラインでの共同編集ツールを使ってグループ課題に取り組む。教員は、オンラインでの共同作業のプロセスをモニタリングしながら適宜指導をする。グループ課題のあとは全体で課題を共有し、相互にフィードバックし合う。授業終了後に、講義内容と課題の振り返りを個人課題としてLMS上に提出する。学生は、LMS上に自分の振り返りを投稿するだけではなく、他の投稿に対しても相互にコメントし合い、さらに自分の考えを深めていく。

私が同時双方型の授業設計で特に工夫をしているのは、次の3点である。1つは、講義動画の制作である。同時双方型の授業の特徴を生かすために、講義動画では情報を抑制的に提示し、何を教えるべきかを精査して提示している。そして、議論を深めるための共通となる知識・理解を講義映像でおさえた上で、学生とのコミュニケーションを通して広げ、深めるようにしている。なるべく学生が自分の体験と関連づけやすい事例を提示したり、問いを投げかけたりすることで、その後のコミュニケーションが円滑に進むようにしている。講義映像制作においては、1960年代に学校放送番組の教育的活用についての論考(吉岡2015)を参考にした。授業において学校放送番組を「教師と子どもが共に視聴するひとつの作品」として扱うのか「教師が授業設計の一部に位置づけられる教材」とするのか検討した結果、本講義では、学生と共に視聴しながら、教師と学生が具体的に話し合う場を十分に確保できるわけではないことから、講義映像を教材の1つとして用いることにした。

2つ目の工夫は、会話中心の授業設計である。利用するビデオ会議システムZoomは教師と学生を同じ距離感で表示する。また、Zoomのチャット、反応マークなどの機能はさまざまな参加の仕方を可能にする。教室での授業では教師と学生の距離感、教室の机椅子の配置により、教師が教え、学生が教えられるという一種の権力関係が生まれる。発言においても「手を挙げる→教師が発言を許可する→発言する」というパターンが支配的であるが、ビデオ会議システムはよりフラットな関係性を生み出し、多様な参加を保証する。このような環境を活用して会話中心の授業を展開している。

3つ目の工夫は、グループ課題の進め方である。オンラインでの共同編集ツールとしてGoogleドキュメント、同スプレッドシート、同スライドおよび同Jamboardを利用している。Zoomのブレイクアウトルームを使ったグループ活動の様子を教員はモニタリングしにくい。そのため、オンラインで学生のグループ課題の状況をモニタリングし、適宜指導する。また、学生は他のグループの進捗状況を参考にしたり、グループ課題の発表の際にも、付箋機能を使うなどしたりして相互にコミュニケーションをとることができる。[図表2]は、全体でのシェアリングにおけるGoogle Jamboadの記録である。

以上に示した2つの事例のように、「同じ形ではなく同じ価値を追求する」ことは十分に可能である。同期型と非同期型にはそれぞれ利点と欠点があるが、さまざまな形態を組み合わせることによって補い合い、全体として対面とは違う形で同じ価値を追求することができる。

   
[図表2]オンライン共同編集の機能を使った授業およびグループ活動
 
 
 
 

オンライン授業における学生の学び

オンライン授業で、学生は多様なメディアに触れることになった。学生の受講環境や情報活用力が理由で受講ができないことが起こらないように、各大学は学生がオンライン授業を受ける上で必要最低限のシステムをある程度統一している。明治大学では、大学としてオンライン授業のサポートを提供するシステムとしてZoom、Commons-i、Oh-o! Meijiが整えられた。学生はこの3つのシステムを使うことができればオンライン授業に参加できる。そのほか、授業によってはMicrosoftのTeams、Googleの共同編集ツール、YouTubeなどが必要に応じて利用されている。

学生はオンライン授業で多様なメディアに触れながら、何を、どのように経験しているのだろうか。本稿では、オンライン学習を通した可能性を検討するため、ヒアリングに協力してくれた岸ゼミの学生10人の声を引用しながら以下に示す。

1. 自律的な学びの経験

オンライン授業は対面授業よりも、学び方に対する自由度が高い。教室における対面授業では、同じ内容が、同じ方法と同じペースで進められる傾向がある。同期型の授業では、学生は、オンラインで利用できる辞書や百科事典、文献など外部リソースを参考にしたり、教員や他の受講生と多様なツールを使いコミュニケーションをとったりして学ぶことができる。また、オンデマンド授業では、時間からも空間からも解放されるため、学生は自分のペースで、自分なりの方法で学習できる。

対面授業と違って、わからないことがあっても先に進む、ということがないので、わからなかったり面白いと思ったところは停止して、用語を調べたり、繰り返して視聴しています。(4年生・男性)

オンデマンド型の授業なら何度も見ることができるので、以前よりもじっくり考え、じっくり調べるという姿勢が身につきました。(3年生・男性)

自分のペースで学ぶことができる一方、学生は、学習意欲を維持することに難しさを感じている。大学のキャンパスに身を置いていると、チャイム、人の動き、時間割、カリキュラム、友達との会話、教室、気温、明るさなどの環境が、学生に時間の感覚を与えるが、自宅などにはそれらがない。そこで学生らは、時間の感覚を持ち、継続的に学ぶための学習計画を立てるように多様な工夫をしていた。例えば、オンデマンド授業であっても、履修する授業の時間帯に受講したり、オンラインでグループを作り意見交換したりしながら受講するなどである。

自分は1週間のルーティンが決まっているほうが動けるのだと気づき、あくまで時間割どおりに動き、その他のこと(課題・バイト・サークルなど)をうまくプランニングしながら生活しています。(3年生・男性)

収録型や資料型の授業はどうしても教授の一方向的な授業になりがちで風通しが良くないと感じていたので、同じ授業の仲間でグループを作って、そこで同期型オンラインで同じ時間に集まって対話をしながら授業を受けられるようにしています。(4年生・男性)

収録型や資料型の授業はどうしても教授の一方向的な授業になりがちで風通しが良くないと感じていたので、同じ授業の仲間でグループを作って、そこで同期型オンラインで同じ時間に集まって対話をしながら授業を受けられるようにしています。(4年生・男性)

オンライン授業では、これまで以上に自律的な学びが求められる。学習の計画性だけではなく、授業内容に対して自分自身で意味づけをしていく必要がある。教室での対面授業では、教員は学生の様子を見ながら講義を展開していく。学生の興味関心、問題意識を確認しながら講義内容を展開し、学生が難しそうな顔をしていれば事例を交えて説明し、つまらなそうにしていたら雰囲気を変えるための活動を入れたりする。しかしながら、オンデマンド授業では、学生の状況とは関係なしに講義動画や資料を配信せざるをえない。そのため、学生は、講義内容がどのように実生活に関連しているかを想像しながら聞いたり、講義内容だけではなく自分の意見や考えをノートに書くようにするなどして、アクティブに講義動画や資料を聞いたり見たりするようにしている。

授業への興味関心を自分で自分に持たせるように意識しています。対面授業では、友達と一緒に授業を受けていること自体が楽しかったり、先生が雑談などで注意を引きつけてくださったりしましたが、オンラインではなかなか難しい。そこで、授業の内容にもっと目を向け、その内容と自分がどうつながっているのかだったり、勉強したことがどう生活に生かせそうかなというふうに考えることで、授業へのモチベーションを保っています。(4年生・女子)

学生は継続的に学べるように学習計画を立て、受講方法を工夫したりしながら、自律的な学習者になっている。言い換えれば、オンライン授業をきっかけに学び方や学習環境により目を向け、自分の学び方を見直し、自分なりの学び方を創造しているといえる。

こなすだけの生活→自ら組み立てる生活の変化により、物事を長期的に捉える、目の前のことだけでなく先のことまで考える力がついたのかなと感じます。(3年生・男性)

オンライン、在宅学習になったことで学習環境についても考えるきっかけになりました。(3年生・男性)

2. メディアを通した新しい学び

オンライン授業が始まり、学生は多様なメディアに長時間触れるようになった。学生はオンライン授業を通したメディアの活用経験を、部活やサークル、学生委員会やアルバイト、友達付き合いなど他の場面でも活用するようになっている。これまで「なくてもよかった」メディアが「あったほうがいい」または「なくてはならない」存在になり、メディアを積極的に使い始めている。

「今はこれがしたいからこのツールを使おう」というのが明確に考えられるようになりました。オンライン授業を通していろいろなツールを使わせてもらったおかげで、それぞれの特徴や機能を理解して使い分けることができるようになったと思います。(3年生・女性)

オンライン授業になり、今までよりもデジタルデバイスに触れる機会が多くなりました。iPadを活用できるようになったり、Googleの機能を今まで以上に活用できるようになりました。(3年生・男性)

学生はメディアの活用方法だけではなく、その特徴に合わせたコミュニケーションや授業参加ができるようになっている。例えば、同時双方型の授業では、発言するときは情報を抑制して端的に話す、グループワークでみんなが発言しやすい雰囲気をつくる、グループでの意見をまとめやすくするため議論を可視化するなど、メディアを活用した新しい学び方、関わり方を経験している。

リアルタイム型の授業では、初対面の人たちでのグループワークが多いので、ファシリテーション能力は以前よりも成長したと思います。(3年生・男性)

リアルタイム授業の場合ですが、より効率的に物事を伝える癖がつきました。対面だと何となくの雰囲気で伝えることができたりするのですが、オンラインだとその雰囲気を共有することができないので、しっかりと言葉で伝えなくてはいけないと感じています。そのためにも、体系的にしゃべることを意識して、それが今も続いています。(4年生・男性)

メディアを活用した新しい授業は、学生が新しいことに挑戦できる環境でもある。教室での対面授業では、学生の役割はある程度決まっているが、オンライン授業では、その構造上、多様な役割を担うことができる。例えば、他の学生の理解をチャットでフォローしたり、グループ活動でオンラインファシリテーションを担ったり、議論を可視化するなどである。

Zoomの構造上、先生も先輩も後輩も同じ大きさの画面に写るので、上下関係(?)や権力の威圧(?)のようなものを感じないのも大きいと思います。オンラインでは雰囲気が見えないのは難点ですが、こういう場においては、かえって良いのかなと思ったりもしました。このおかげで私は進んでファシをやったりグループディスカッションで意見を言ったりする機会が増えました!(3年生・女性)

私たち学生の反応が授業づくりに役に立つと思うから。私自身、他の学生がどんな表情で授業を受けてるのかなあなんて気になることがあるので、そう思うからには自分も公開しなきゃなって考えています。(4年生・女性)

   

   

   

   
   
   

3.新たな活動の創出

多様なメディアを活用する経験を通して、「オンラインでこんな活動ができるのではないか?」と、学生からさまざまなアイデアが生まれてきた。岸ゼミの事例を挙げたい。[図表3]は、学生の企画提案によって実現したオンラインで行う活動である。左のOnline GJS Social Gatheringは、新入生たちがオンライン授業を円滑に受講できるように学生が企画したものである(岸ゼミ2020a)。真ん中のオンライン・モーニング・カフェは、オンライン授業になって生活リズムが崩れがちな学生たちが朝の時間帯に集まり、国内外で活躍する社会人とカフェにいるかのように語る活動である(岸ゼミ2020b)。左の合同オンライン研修は、学生らが奈良の小学校と連携して、オンライン授業を進める教員向けに行ったオンライン研修である(明治大学2020)。学生は多様なメディアによって自分たちのできる可能性を広げている。

オンライン授業での経験やそこで学んだ技術は、学生の学び方とその習慣を根底から変える可能性がある。それは、おそらく、獲得する学びから生成する学びへの転換ではないだろうか。

 
 
 
 

何をどのように学ばせるのか

オンライン授業は教育を転換する可能性を秘めている。学生にオンライン授業での経験を聞けば聞くほど、その可能性を見いだすことができる。受講環境の整備や学習意欲の維持、学習計画の必要性など課題は多くあるが、学生はオンライン授業で新しい学びを経験している。オンライン授業は、教室での対面授業の代替ではなく、学生たちの新しい経験の場である。だからこそ、何を、どのように経験させるのか、の視点がより一層必要となる。

その視点を検討する上で、留学をメタファとしてみよう。留学もオンライン授業も、学生にとっては越境的な学びである。留学を通して、学生は日本での当たり前を見直し、留学先の新しい文化(異文化)だけではなく、自文化に対してもよく見えるようになる。同じように、オンライン授業を通して、オンライン授業だけではなく、教室での対面授業の良さと制約も見えるようになる。

オンライン授業の最大の可能性は、教員と学生が、経験したことがないこと、やり方がわからないことを共に経験できることである。「知らない」という経験は、大きな可能性を持っている。やり方を知っていれば、そのやり方で私たちは考え行動する。やり方を誰も知らなかったからこそ、私たちは、試行錯誤しながら可能性を探すと同時に可能性を広げてきた。知らないこと(Unknown)は可能性(Ability)になりうる。私自身、学生と常に意見交換しながらオンライン授業の可能性を確認し、広げている。例えば、オンライン授業の課題の1つ「学生が課題に追われること」について、学生との意見交換の中で「私が課題に関してプレッシャーを感じるのは評価基準が曖昧だからだと気づきました(4年生・女性)」ということがわかり、課題の評価の基準を学生と一緒につくる試みを始めた。この取り組みにより、評価される側だった学生は、自分たちの学びの評価にも参加できるようになり、何をどのように学び、何ができたら良しとするのかについて、自分で計画を立てることができるようになっている。そして教員としての私も、学生が示す評価項目や基準を参考にして、学生の知りたいこと、挑戦したいことにそって授業づくりをするようになった。『The Overweight Brain』の著者L.ホルツマンは、知識偏重社会に生きてきた私たちは、Unknown(経験したことがないこと、やりかたを知らないこと)に対して、不安や恐怖を感じるが、Unknownには生み出す力(Ability)があると述べる。まさに、オンライン授業は、そういった生み出す学びの機会になりうる。自分たちで考え、会話し、探究し、協働し、生み出すことを楽しむ学生を見て、確かに、この危機は課題であるが、可能性でもあると実感している。

 
 
 
 

初等教育のオンライン授業への提言

高等教育では手探りではあるが、他の校種よりも先行してオンライン授業を始めた。この経験から初等教育のオンライン授業に向けて次の2つを提案したい。1つは、生活リズムを維持することである。子どもの健康や家庭のメディア環境の多様性から一律に全ての授業をオンラインで実施することは困難である。高等教育と同様に同期型と非同期型を組み合わせた授業になるだろう。その際、朝の会と終わりの会など始まりと終わりの時間だけでも全員が同期型でつながれる機会を持ち、子どもの日々の学習リズムを維持する支援は重要である。日々の生活リズムを家庭で維持するのが困難な子どもにおいては、学校の利用を許可し、教師の直接的な指導も必要であろう。

2つ目は、オンラインでつながり、学び、学び合う経験をさせることである。高等教育でも社会でも、オンライン授業およびリモートワークが進むだろう。オンラインでつながり、学び、学び合うことは、今の子どもにとって必要不可欠になる。そのため、同期型および非同期型での学習の経験を少しずつ積み重ねながら、多様なメディアを使い、オンラインでの学び方、説明の仕方、話し合い方、協働の仕方ができるようになる支援をすることも重要である。

〈参考文献〉
文化庁(2020)「令和2年度における授業目的公衆送信補償金の無償認可についてhttps://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/2020042401.html(2020/6/1アクセス)
大学プレスセンター(2020)「オンライン授業の実施に伴う支援金の給付、その他学費納入期限延長など各大学の学生支援の取り組み」https://www.u-presscenter.jp/2020/06/post-43624.html(2020/6/1アクセス)
ホルツマン, L.(著)The Overweight Brain, 茂呂雄二・岸磨貴子・石田喜美(監訳)「知識偏重社会への警鐘:「知らない」のパフォーマンスが未来を創る」ナカニシヤ出版(2020)
岸ゼミ(2020a)「Online Social Gathering」(2020/6/1アクセス)
岸ゼミ(2020b)「オンライン・モーニング・カフェ」http://m-kishi.com/seminar/cafe/(2020/6/1アクセス)
国立情報学研究所(2020)「データダイエットへの協力のお願い」https://www.nii.ac.jp/event/other/decs/tips.html(2020/6/1アクセス)
明治大学(2020c)「岸ゼミが奈良県の小学校と合同オンライン教員研修を実施」https://www.meiji.ac.jp/nippon/info/2020/6t5h7p0000349h8i.html(2020/6/1アクセス)
文部科学省(2020)「新型コロナウイルス感染症の状況を踏まえた大学等の授業の実施状況」https://www.mext.go.jp/content/20200605-mxt_kouhou01-000004520_6.pdf(2020/6/1アクセス)
鈴木克明(2020)「無理はしないで同じ形を目指さないこと:平時に戻るまでの遠隔授業のデザイン」https://www.youtube.com/watch?v=v_Wrmnbgaoo(2020/6/1アクセス)
吉岡有文(2015)「日本の科学教育における映像メディアの学習論的・歴史的検討」立教大学教育学科研究年報、Vol.58, pp.111-139