「首尾一貫感覚」が導く強いチーム

2022年2月 8日 15:14 Vol.78
   
舟木 彩乃
(株)メンタルシンクタンク副社長/産業心理コンサルタント
Ayano Funaki
一般企業の人事部や精神科病院勤務、国会議員秘書を経て、筑波大学発ベンチャー (株 )メンタルシンクタンク副社長に。金融庁職員相談サポート室にて職員のメンタルヘルス対策にも従事。筑波大学大学院博士課程修了、博士(ヒューマン・ケア科学)。国家資格として公認心理師、精神保健福祉士、第一種衛生管理者、キャリアコンサルタントなどを保有。これまで10年以上にわたり、カウンセラーやコンサルタントとして8,000人以上の相談に対応。AIとの対話によるカウンセリングができる「ストレスマネジメント支援システム」を発明(特許取得済み)。2017年度「文理シナジー学会学術奨励賞」受賞。 著書に『「首尾一貫感覚」で心を強くする』(小学館新書 )がある。

個人や組織に自律が求められる時代。同時に、新たなストレスも生まれている。これまでのように組織からの拘束が減る一方、今後は働く人々への心のケアとして何が必要なのか。そして仲間やチームの役割・意義はどう変わるべきなのか。自らも多様な組織で勤務経験を持つ専門家に、組織に求められるメンタルケアについて話を伺う。

同じ職場であってもストレスを抱える人とそうでない人の差に着目

―大学院でストレスマネジメントの研究をされていたそうですが、そのきっかけを教えてください。

舟木 新卒で勤めていた企業では人事部に所属していた時期がありました。休職や退職を考えている社員から話を聴くと、職場の人間関係や働き方などが原因で精神的な問題を抱えている人が少なくないことがわかりました。また、休職まではいかなくても、ストレスを抱え、悩みながら働いている人たちが想像以上に多いことにも気づきました。当時はまだ「ハラスメント」という言葉も広まっていませんでしたし、うつ病など精神疾患に対しての知識や理解が乏しい時代。私自身もメンタルヘルスに関する知識は十分でなく、問題を抱えている社員に対してのケアをどうすればいいのか、模索状態でした。

うつ病などの精神疾患を発症して職場を去っていく方たちの中には、真面目で優秀な方が多くいらっしゃいます。なのに「心が弱かった、仕方ない」と片づけられてしまうことに違和感を覚えました。貴重な人材を失うのに“去る者は追わず”の対応でいいのだろうか……。ストレスを抱えている人がいる一方で、ストレスフルな職場であっても生き生きと働き、成果を出している社員もいます。その差はどこにあるのか、そんな疑問が浮かびました。そこでメンタルヘルスの知識があれば、社員の心を守りながら、能力を引き出す環境整備ができるのではと考え、産業心理学やカウンセリングを学び始めたのです。

本格的なカウンセリングができるように、国家資格も幾つか取得。働きながら学ぶ機会を頂けたことに今も感謝しています。そして産業心理学の勉強に着手すると、その奥深さや幅広さに惹かれ、この分野の専門家になることを決意しました。

―国会議員秘書もされていましたが、メンタルヘルスとの関係はあるのでしょうか。

舟木 病院や企業、フリーランスでカウンセラーをしていたとき、国会議員や議員秘書の方々のカウンセリングをする機会があったが一つのきっかけです。メンタルヘルスの勉強をして知識はついたけれど、会社に持ち帰ったときに、果たしてその知識を生かせる場があるのだろうかと思っていました。精神面のケアをするにしても人材や費用が必要です。そこにお金をかけられるのだろうか、会社の制度として確立できるのだろうかと。

社会が職場のメンタルヘルスをきちんと意識し始めたのはつい最近のこと、ストレスチェックテスト制度がスタートした2015年頃ではないでしょうか。それでも、手探り状態の企業が多かったと思いますし、ストレスチェックテストも50人未満の事業所であれば実施は努力義務のため、事業所の約97%が制度から漏れてしまいます。

私は、知り合いになった議員や秘書の方とも、社会がメンタルケアを当たり前のこととして受け入れるためにはどうしたら良いか、といった話をしていました。そのような中、政治に近い立場で制度化するために必要なことを学んでみては、というお話もあり、議員秘書をすることにしたのです。

議員秘書として働いて驚いたのは、議員事務所という職場は、一般企業どころではないストレスフルな社会であったこと。
ある程度予想はしていましたが、それ以上でした。そもそも秘書は公設秘書であっても安定的な仕事ではないので、いつ職を失うかわからない不安がある。そしてハラスメントを受けたときに相談できる窓口もない。先程の「ストレスチェック」も、議員事務所の多くは50人未満の事業所のため、実施しているところはおそらくなく、実態もわからない。

しかし一方で、勤めていた会社と同じように、楽しく生き生きと働いている秘書の方もいらっしゃいました。ストレスがある職場でも、そのような働き方ができるのはなぜか。彼らの心のあり方や考え方、モチベーションを知ることが、解決策を導くヒントになるのではないか。秘書の経験からそう感じたこともあり、大学院で議員秘書のストレスマネジメントをテーマにした研究をしてみたいと思うようになったのです。

―同時にいろいろなことをされていたんですね。

舟木 はい。退職後は勉強をしながらカウンセラー、議員秘書をして、そこから大学院へ。
カウンセリングでは、企業の従業員やそのご家族を対象にした電話相談も受けていました。匿名での相談が可能なので、対面ではできない話もたくさん聴くことができます。人事部の頃は、話をしてもなかなか本音を聴き出すことはできませんでした。同じ職場内、特に人事部では、話の内容がどこに伝わるかわからない、自分は不利益を被る可能性があるのではないかという不安があるので、正直には話せない部分があります。ほかの企業でカウンセラーとして対面で話を聴く際も、「中立な立場です」と説明をしても「会社側の人間だ」という警戒心が生まれ、あまり話をしてくれないことがよくありました。

電話での匿名相談の場合は、顔も名前もわからないため個人を特定できません。こちらの顔が見えないことも逆に安心感があるようで、いろいろ素直に話してくださいます。
匿名というと、今は誹謗中傷が問題になっていますが、カウンセリングにおいてはプラスの効果も大いにあると感じています。匿名での電話相談の経験は、アプリ開発やAI・ロボットに対する考え方につながっていますね。

―AIでのカウンセリングについても話を伺いたいのですが、その前に、大学院でのことを教えてください。ヒューマン・ケア科学を専攻されましたが、具体的にはどのような研究をされていたのでしょうか。

舟木 先ほど、議員秘書はストレスフルな職場だけれど、生き生きと働いている方もいるというお話をしました。そこから何か導き出せるのではないかと考え、国会議員秘書を対象にしたアンケートとインタビューを実施しました。研究テーマは、国会議員事務所も含めて、“ブラック”な職場環境を改善する方策についてでした。

次の3つの仮説を立てて、調査を始めました。
1.国会議員秘書のストレスは相当高いだろう
2.生き生きと働くことができている秘書は、コミュニケーション能力が高いのではないか
3.自身でストレスマネジメントやコミュニケーショントレーニングができるアプリを利用することでストレスは軽減するのではないか

アンケートとインタビュー調査に加え、アプリによるストレスマネジメントのトレーニング効果を見ていきました。

繰り返しになりますが、議員事務所では1年に1回の「ストレスチェック制度」も行われていないのが現状です。そこで、議員秘書のストレス状況を数値的に把握するために、議員秘書257人(議員会館勤務155人、地元事務所勤務102人)を対象にストレスチェックを実施(2016年3月~2019年8月)。その結果、産業医との面談が強く推奨される高ストレス者の抽出率は23.7%でした。これは、23.7%の秘書が産業医の面談を受けることが推奨されながらも、対応されていないことを指します。

アンケート調査だけですと、数字だけの結果になってしまうので、インタビュー調査も行いました。公設秘書と私設秘書の男女にさまざまな形でインタビューしたところ、上司となる国会議員との人間関係の問題、議員の考え次第でいつ解雇されるかわからない不安感などに加え、私設秘書の多くは、福利厚生や金銭面への不満・不平等感を持っていることがわかりました。また、地元の事務所では、休日がほとんどなかったり、議員の急な帰省などでスケジュールが立てにくいという悩みも。

IT企業と制作した「こころとことばのゼミナール(ここゼミ)」というスマホアプリを使って、数人の議員秘書に認知行動療法やコミュニケーショントレーニングを受けていただきました。アプリでの練習前と後でストレス解消法の種類が増えたかなどを調査(ストレス解消法の種類を多く持つ者ほどストレス対処力が高いといわれる)。認知行動療法とは、物事の捉え方を客観的で現実的なものに変えていく訓練です。自分の行動により、気分が変わることを体感するようなトレーニングを行いました。

例えば、メールの返信が遅いという出来事に対して“嫌われている”とか“軽く見られている”などと捉えるのは不健全。このような捉え方は“クセ”になっているため、それを“忙しいのかな”といった現実的なものに変えていく訓練です。同じ出来事に対して捉え方が再構築され、スキルが上がっていくことが数値化されるため達成感があります。

ほかにも「早起きして散歩をしたら、気分良く過ごせた」など、楽しくなったり、得した気分になったりといった、“自分の気持ちを高められる行動 ”を書きためてもらいました。
実際にトレーニングの効果は表れ、セルフによるストレスマネジメントのスキル向上が見られましたし、ストレス対処法のバリエーションも増えました。ストレス対処力が高まったのです。

―ストレス対処力についてもう少し詳しく教えてください。

舟木 国会議員秘書へのアンケート調査では、「首尾一貫感覚(SOC)」について調べる項目も入れました。首尾一貫感覚は、“ストレス対処力”とも呼ばれているもので、心理学の研究では比較的よく利用されています。元々1970年代にユダヤ系アメリカ人の医療社会学者であるアーロン・アントノフスキー博士が提唱したもの。第2次世界大戦中にユダヤ人強制収容所に収容された経験を持つユダヤ人女性に着目。過酷な体験をしながら生き抜いた女性たちに聴きとり調査を行い、共通する考えや特性を分析し、それを「首尾一貫感覚」と名づけました。

首尾一貫感覚は、大きく3つの感覚から構成されています。


1.把握可能感:自分の置かれている状況や今後の展開を把握できると感じること
2.処理可能感:自分に降りかかるストレスや障害にも対処できると感じること
3.有意味感:自分の人生や自身に起こるどんなことにも意味があると感じること

この分析によると、ストレスに対処する力は、後天的に高められるとのことです。

先ほどの調査の仮説2に対しては、コミュニケーション能力というよりは、首尾一貫感覚が高い秘書がストレスに強いことが判明しました。ということは、首尾一貫感覚を高めていくようなメンタルヘルス対策が有効と考えられます。
アプリを使ったトレーニングは、処理可能感を高めることにもつながりました。

 
 
 
 

AIだからこそ話せることがある

—ある調査によると、カウンセリングの相手として、上司よりもロボットを希望する人が68%で、80%の人が、ロボットをセラピストとして受け入れられる、という調査結果がありました。必ずしも人対人がいいわけではないんですね。AIによるカウンセリングシステムを開発されましたが、今後、どのような可能性と効果を想定されていますか。

舟木 先ほどもお話ししましたが、匿名の電話相談カウンセリングでは、職場内で実施するような対面カウンセリングでは聴けないような話(話しにくい内容)を短時間で聴くことができました。AIのカウンセラーには、人間のカウンセラー相手では言いにくいことを相談できるというメリットがあると思います。

職場での対面のカウンセリングには、どうしても限界がある。資格を持ったプロであっても、時には感情的になり、顔や声にそれが現れてしまいます。うまく共感できず、厳しいことを言ってしまうこともあるでしょう。また、相性も関係しますので、相談者に受け入れられないことも。

一方、AIの場合、先入観や一方的評価のない公平な回答やジャッジが得られます。また、否定的な回答が返ってきても相手が人間でないため、感情的にならず冷静に受けとめることができるという考えもあります。

職場や企業が提携している機関でのカウンセリングでは、相談内容が上司や人事に報告されてしまうのではないか、誰かに漏れてしまうのではないか、という不安がある。その点、AIやロボットには、誰にも言わない安心感があるのもメリットです。

もちろん、すべてAIによるカウンセリングではなく、使い分けが大事です。共感してほしい人にとってAIでは物足りないと感じる人もいるでしょうし、すぐに誰かに話したい、聴いてほしいという人にとってAIはよき相談相手になるでしょう。

精神疾患を発症している人は、治療が必要なので医療機関との連携も欠かせません。AI任せではなく、人がきちんと介入してよりよい方向にできたらと考えています。
最近は、公認心理師や臨床心理士など、信頼できる資格を有しないカウンセラーが溢れています。高額なカウンセリング料を取られたり、騙されてしまうケースが増えているのが現状です。医療にもつながれず、病気を悪化させてしまう人を減らすためにも、AIによるカウンセリングの質を高め、有効活用していくことを考えるべきでしょう。

―「ここゼミ」のアプリやAIによるカウンセリングを広げるために起業されたのですか?

舟木 自分の考える社会課題に関して、研究を通じてエビデンスのある解決策を見出したいと考え、筑波大学大学院に入りました。大学院では指導教官をはじめ、多くの学ぶ機会、出会いを頂いたため、その知見や人脈、ノウハウを生かしたいと思い、筑波大学発のベンチャー企業として(株)メンタルシンクタンクを立ち上げました。
筑波大学では、さまざまな領域の研究が展開されています。私たちはストレスマネジメントや心理学の領域の研究ですが、例えばAIであったり、医学・スポーツなどの領域とも親和性が高いと思いますので、横の展開をしていければと考えています。

   
認知行動療法とアサーション(自己主張)を搭載したアプリ「こころとことばのゼミナール
(ここゼミ)」。
   
初めに「こころのゼミナール」でストレス対処法と認知のクセを診断・修正。
   
次に「ことばのゼミナール」でコミュニケーションのクセを知った後、アサーティブな伝え方を取得できるように設計されている。
 
 
 
 

コロナ禍で社会問題が浮き彫りに

―ストレス、メンタルケアについてここ数年、社会問題としてより大きく扱われるようになってきました。コロナ禍で、さらに問題が深刻化しているように感じます。カウンセラーとして、具体的にどんな変化を感じていますか。

舟木 外出自粛やテレワークによって、コミュニケーションの仕方が大きく変わりました。これまで対面で行ってきたことが、チャットやメール、オンラインでの会議・打ち合わせになって、コミュニケーションをどうとっていいのか悩まれている方が多くいらっしゃいます。

上司は、部下がきちんと仕事をしているのだろうかと信用できず、同時に部下は、いつも見張られている気がするという声も聞きました。
オンラインで話ができればまだいいのですが、メールやチャットでの指示や指摘は冷たく感じられ、怒られたり、責められたりしていると思って、気に病む方もいます。

私は障害者雇用のカウンセリングなどもしていますが、聴覚障害の方や視覚障害の方はテレワークという特殊な環境で戸惑い、かなり困っています。聴覚障害の方は、今までは口の動きで言葉を読み取っていた部分もあるので、マスクで口が隠れてしまい、理解しにくくなる。コミュニティなどの集まりもなくなったことから、孤独を感じる場面も多くあったようです。

障害者の方たちは、普段から声を上げることを躊躇しがちです。困っていても、口に出すことができずにいる方も少なくありませんし、伝えたとしても、企業側も緊急事態への対応で精一杯となり、細部に気を配ることができません。声を上げられずにいる人たちが置き去りにされている印象もありますね。細やかな対応が必要だと感じています。

また、子育て世代の女性への負担も大きくなっています。子どもの保育園や学校の事情によって、フルタイム就業を妨げられていた可能性があります。派遣やパートで働いていれば、失業してしまった人もいたでしょう。女性は頑張りすぎる傾向にあり、また、ギリギリまで我慢してしまう方が多い印象です。限界になってようやく相談にいらっしゃるので、うつ病や適応障害など精神疾患への罹患が疑われる方も。障害者や女性の雇用問題や心の問題は今までもありましたが、コロナによっていっそう浮き彫りになりました。

ストレスは、コロナ禍など、環境の変化が大きいほど負荷がかかることがわかっています。雇用主は、ストレスチェックの結果をきちんと職場に反映させ、メンタルヘルスの基礎知識を従業員に提供していくことが責務だと考えます。

また、50人未満の事業場でもストレスチェックを実施すべきでしょう。費用負担が厳しいケースでは、せめてコロナの時期だけでも国が費用を負担するなどして、一人でも多くの労働者のストレス状況を抽出すべきではないでしょうか。

 
 
 
 

働き方が変わってもコミュニケーションが大切

 
 
 
 

—―リモートワークもそうですし、副業やパラレルワークの普及によって働き方がどんどん変わってきました。年功序列制度も減り、企業と個人との関係性も変化し自律が求められるようになりました。チームや仲間意識が薄れ、個々の時代になりつつありますが、これからのチームマネジメントについて教えてください。

舟木 お互いに個人の働くスタイルを尊重し、それぞれが自律的に働きながらも、必要なときに援助を求められる存在であることが目標といえます。
それには、何かあればチームが協力してくれるから“なんとかなるだろう”という「処理可能感」と、難しい課題であってもそれを乗り越える意味を見出し、有意義な人生経験として捉えられる「有意味感」が必要です。チームとして有意味感を高めるには、それぞれが所属するチームの一員であることに誇りや愛着を持ち、最終的には共通の目標に向かわなければなりません。

一般的にいう「チーム」では「目標の共有」で横型連携を強化するのが普通です。しかし、ビジョンやミッションが過重な負担になると、メンバーの中には潰されてしまう人も出てくるでしょう。最終的な共通の目標を持ちながらも、仕事やチームワークを通じて、一人ひとりが人間的に成長していく機会を提供していく仕組みが必要だと考えます。究極に強いチームは、個人の有意味感と組織(チーム)の有意味感が共鳴したものです。

副業やパラレルワークで、知らない人同士がチームを組む機会もありますね。そこでも、横の連携が求められるチームワークが想定できます。専門分野でのチームにおいても、共通言語や共通の目標を意識する必要があります。カウンセリングとも通ずるのですが、相談中にわからない言葉や言い回し、説明などが出てきた際 “聞いたら悪い”とか“話の腰を折ってしまう”“わからないというのが恥ずかしい”という理由から、相談者に聞けないまま話が進んでしまうことがある。つまり、“わかったふり”をするということです。

カウンセリングでは、話を聴く側には3つの要素が必要であり、これらの要素が揃って“傾聴 ”といわれます。3つの要素の1つ目が “自己一致 ”で、話を聴いてわからないことをそのままにせず聴き直す等、常に真摯な態度で真意を把握することを指します。わからないことがあって当然、むしろ共通言語を増やしていくという姿勢をチーム全員が共有することが重要です。

チームの目標に対しても共感できないと、そこに自分がいる価値を見出せず、ストレスを抱えることになります。所属するチームに愛着や誇りを持てるかということは、とても大切なことなのです

   
山形県庁職員(主査級)を対象としたメンタルヘルス研修

―「有意味感」を高めるためには、どうしたらいいのでしょうか。

舟木 会社やチームの中で、自分の存在意義を確かめられるようになることですね。仕事を任されたときに、これはどんなことに役立つのか、何のためにしているのかを確かめる作業が大切。会議で発言しても聞いてもらえない、聞き流されてしまうと「自分はなぜここにいるのだろう。いる意味があるのか」と有意味感は薄れてしまいます。チームのメンバーが、一人ひとりの意見を聴くことが求められます。

また、仕事を頼むときにも、この仕事はどんなことにつながるのか、役に立つのかといった説明が必要です。頼まれた側も共通目標を理解し、自分の成長のため、チームのため、ひいてはそれが世の中のこういう部分に役立つというところまで理解できればモチベーションを高めることにつながり、有意味感が高まります。そのためにもコミュニケーションを密にとり、理念や目標、価値観を確かめ合い、定期的に点検してほしいですね。

   
「首尾一貫感覚(SOC)」に注目し、現代人の心のケアを提唱した舟木さんの著書。悲しみや不安、苦悩を乗り越えるヒントが詰まった一冊(小学館新書/2018年)
   

—昔のように、「言わなくてもわかるだろう、やって当たり前」は通用しないということですね。

舟木 そうです。リモートワークが増えたこともあり、言わなくてもわかる、察しなさいというのはいっそう難しくなりました。コミュニケーションがとりにくい中では、より具体的な指示とビジョンが求められます。
チームリーダーや上司には「把握可能感」を持っていてほしいですね。自分が置かれている状況や今後の展開を把握できていれば、きっと大丈夫と思えるもの。見通せる力があれば、仕事を進める上できちんとした説明ができる。丁寧に説明ができれば、部下の有意味感が高まり、パフォーマンスも上がるはずです。

繰り返しになりますが、会社やチームが掲げる目標をマメに確認し合うことが、有意味感を高めます。リーダーや上司は、一人ひとりに対して確認し、仕事の出来に対して評価し、褒めることを忘れないでください。そこに個人の有意味感が生まれ、成長につながります。

—コロナ禍で業績悪化など、明確なビジョンを示せないときに心がけたいことはありますか。

舟木 先が見えない、想定外なことが起こることは、人間にとってとてもストレスになります。会社の状況と、考えを正直に話すことと、乗り越えるためにはあなたの力が必要だと伝えることです。
若い人たちには、なんとかなるという「処理可能感」を持っていてほしいと思います。なんとかなると思えるには、経験が必要ですが、それは先輩、上司が「大丈夫だよ」「応援しているから」と実体験を含めて声をかけてあげることでカバーできます。

ただ、50代以上の方には、声に出して褒める、感謝を伝えるのが苦手な人もけっこういるようです。後輩のためを思ってしたはずの指摘もコミュニケーションがうまくいかず、ハラスメントとして受け取られることも。私は企業や行政の研修をすることもありますが、若い人の離職率が高い職場では、縦のコミュニケーションがうまくとれていないことが多い。言わなくてもわかるだろう、とにかくやればいいという態度に、若い世代は慣れていませんので、すぐに辞めてしまうというのが現状です。これらを改善するためには、上司の意識改革が必要になります。

―席を並べて仕事をするスタイルが少なくなっている今のほうが、コミュニケーションが大切になってきているんですね。上司の意識改革は、具体的にどのようなことをするのでしょうか。

舟木 カウンセラーの話の聴き方や首尾一貫感覚の講義を受けていただいた上で、実際にカウンセリングを体験していただきます。話の聴き方、共感の仕方を練習するのです。カウンセラーだけでなく、相談者としての体験もしてもらい、そこで得た気づきを言語化し、シェアします。練習を重ねることでコミュニケーション能力だけでなく、ご自身のストレス対処力も高まっていきます。また上司だけでなく、若い世代に対しても自分の心を守るための研修をします。

首尾一貫感覚がわかっていると、チーム全体のレベルアップに役立つと考えています。例えば、メンバーが「有意味感」を共有することは、チームのパフォーマンスやリスク対応力の向上につながります。チームのリーダーが「把握可能感」を持つと、先を見通す力が備わり、言動がぶれずメンバーを安心させることができます。
チームのパフォーマンスを上げていくためには、有意味感の共有によって連携・連帯することが大切だといえます。そうすれば、組織文化も変わり、大きくは社会の変革を促すこともできるのではないでしょうか。

―「首尾一貫感覚」の必要性に加え、AIによるカウンセリングや、アプリでの認知行動療法のトレーニングなど、最先端の技術がストレスマネジメントに役立つというのがとても興味深いお話でした。最後に、今後の展望を教えてください

舟木 私自身は、あくまでも実践的な、つまり課題解決に役立つ研究者でありたいと思っています。今は、霞が関で働く人たちのストレスマネジメントにも興味を持っていて、金融庁職員のメンタルヘルス対策に携わっています。会社としては、特許を取得した「ストレスマネジメント支援システム」を実用化することをメインに、企業へのコンサルティングやメンタルヘルスに関する正しい情報を広めていく活動をしていければと考えています。