世界レベルに挑む 日本のeスポーツの進化に向けて

2022年7月12日 10:06 Vol.80
   
森永 宏二
NTTドコモ ビジネスクリエーション部 eスポーツビジネス推進担当(2022年6月現在)
Koji Morinaga
学習院大学法学部卒業。1997年NTTドコモに入社。2006年、日本テレビ放送網(株)との合弁会社である有限責任事業組合D.N.ドリームパートナーズの立ち上げを担当し、同社に出向。アニメ、映画等への出資業務に従事。その後、09年、同社の関連会社であるフォアキャスト・コミュニケーションズで、放送とデジタルを組み合わせたサービスを運営。11年にスマートフォン向け放送局NOTTVの開局を担当した後、16年からはNTTドコモでゲーム事業に従事。eスポーツリーグブランド、X-MOMENTの設立にあたって参画。

eスポーツの勝敗は、PC 環境が大きく影響するといわれている。加えて、通信や練習場所、所属チームといった環境をどう整えるのか。そして日本が世界大会で勝つためには、どのような挑戦が行われているのだろうか。ここでは5G 回線などの普及を進める通信事業社による、その取り組みやプラットフォームづくりにフォーカス。始まって間もない分野をグローバルレベルに押し上げるためのビジョンを伺う。
text: Masashi Kubota photograph: Takao Ohta
                                                        

 
 
 
 

5Gとeスポーツ

—森永さんはプロeスポーツリーグ「X-MOMENT(エックス・モーメント)」を担当されています。ご自身もeスポーツとの関わりは長いのですか。

森永 2017年頃からゲームビジネスの担当となり、市場動向や将来的に有望なジャンルについて調べていました。そこでeスポーツに注目するきっかけとなったのが、5G の登場です。2017年ぐらいになると、それまでの4Gに代わる5Gのサービスが数年後に始まることが見えてきて、ドコモとしては5Gの認知と普及が大きな課題でした。5Gの普及促進のために何をしたらいいかを話し合う中で、浮上してきたのがeスポーツだったのです。

その理由としては、既に多くの国で人気が高まっており、「これから日本でもメジャーになるのでは」と予想されたことと、プレイのためにハイスペックな環境が求められることがありました。

eスポーツのトップクラスの試合は機材がハイレベルなものでないと闘えないし、通信環境も極力遅延が少ないことが要求されます。この特性は高速大容量・低遅延・多接続という特長を持つ5Gと相性がいい。「5G 環境が整えばeスポーツは伸びるのではないか」「5Gもeスポーツが盛んになれば普及が加速するのではないか」と考え、そこからeスポーツ界と積極的に関わるようになりました。

―5Gの環境整備とeスポーツの普及はどうつながるのでしょう。

森永 例えば高速通信回線のない会場で対戦イベントをする場合など、工事をして光回線を引く代わりに5Gを使えば、設備投資のコストを削減できます。
対戦する場合だけでなく、試合を観戦するにも5Gには多くのメリットがあります。
4K、8Kといった高精度な映像や、VR(Virtual Reality:仮想現実)やAR(Augmented Reality:拡張現実)で試合を観戦する場合、時間あたりの情報量が大きいため、大容量通信環境が必須です。また低遅延かつ多接続な5G回線があれば、多数の人がリモートで参加する大きなイベントを行う場合もスムーズに実施できます。

5Gを使えばマルチチャンネルで試合を視聴することもできます。放送の際のカメラの切り替えをスイッチングといい、普通は放送局がスタジオで行うのですが、5G回線があれば複数のカメラからの映像を一斉に配信して、それを視聴者の側で、自分の好みに合わせて切り替えることができます。例えば多数の選手がバトルロワイヤル形式で闘うという場合、「自分が好きな選手だけをずっと追いかけて見たい」と考えるファンもいるでしょう。そのサービスを実現するためには各選手それぞれに映像を配信する必要があり、そこで5Gが必須になってくるのです。

―例えばeスポーツのほかにも5G回線に期待するオンラインコンテンツはありますか。

森永 もう一つ注目しているのがメタバースです。
無観客でリーグ戦を行う場合、これまではTwitter やYouTubeでしかファンとの接点がありませんでした。しかし今後は若い世代の間で、メタバースの利用が広がってくるのではないかと考えています。NTTドコモでも2022年3月からマルチデバイス型メタバース「XR World」の提供を開始しました。

「XR World」はバーチャル空間において利用者がアバターとなり、利用者同士が互いにコミュニケーションしながら、音楽やアニメ、スポーツ、観光といった多様なコンテンツを楽しめるサービスです。多くが無料で楽しめ、専用のアプリやHMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)を使わないでも、スマホやPCのWebブラウザ経由で利用できるので、気軽にメタバースを体感できます。

eスポーツは見るだけで楽しいコンテンツなので、観戦のための環境を提供していくことは、メタバースにとってもメリットが大きいと考えています。

 
 
 
 

eスポーツリーグ、X-MOMENTの将来性

―会社としてeスポーツに参入したのはいつ頃からですか。

森永 NTTドコモとして具体的にeスポーツと関わるようになったのは、「EVO JAPAN(エボジャパン)」からです。これは世界的な格闘ゲームのトーナメントの日本版で、2018年1月に東京で開催されました。
私たちは大会に協賛してブースを出し、5Gを使った対戦のデモンストレーションを行いました。バンダイナムコさんの格闘ゲーム「鉄拳7」により、PC同士を有線でつないで対戦した場合と一部通信区間を5G 回線でつなげた場合とを比較してもらう形式で、「5Gを使えば、無線でもタイムラグなしで対戦できる」とアピールしたのです。

翌年2月に福岡で行われた「EVO JAPAN 2019」にも出展。ブース来場者と離れた場所にいるプロゲーマーが5G回線を介して対戦し、ゲーム終了後にはお互いがそれぞれの場所からアバターの姿でVR 空間に入り、そこで試合のリプレイ動画を見ながら、プロが来場者にレクチャーするといった試みを行いました。

同じ2019年には、9月に幕張メッセで開催された「東京ゲームショウ 2019」にも出展しています。5Gを使うとどんなことができるのか、eスポーツを通じてゲーム関係者の皆さんに見ていただこうと考えたものです。それはブースに5G 環境を構築し、参加者に5G 対応のスマートフォンを貸し出して、多人数同時対戦を実現するという試みで、「ウイニングイレブン 2019」など数種類のオンライン対戦ゲームをeスポーツ大会として開催しました。

またカプコンさんと共同で「ストリートファイターV(ファイブ)」をARで視聴できるアプリケーションを試験的に提供しました。ストリートファイターシリーズは普通は平面のモニターで横位置から見るゲームなのですが、この方法でAR 化すると全方向から闘いを観戦できるようになります。手前の選手の背中越しに相手選手の技が繰り出されるところなど、誰もが初めて見る光景が驚きをもって迎えられ、ネット上でも多くの反響がありました。

この「東京ゲームショウ 2019」ブースの熱気はすごく、私たちとしても改めてeスポーツの可能性を実感しました。そしてこれをきっかけに、2020年11月の「PUBG MOBILE JAPAN LEAGUE(PMJL)」の立ち上げを発表。PMJLを含むeスポーツリーグ、X-MOMENTの2021年2月の開幕に至るわけです。

―5G 普及のためといっても、通信事業の会社であるNTTドコモが自らeスポーツリーグを主催するというのは、ずいぶん踏み込んだ関わり方ですね。

森永 「日本で実績のないeスポーツのプロリーグがビジネス的に成り立つのか」とか「NTTドコモとしてeスポーツにそこまで関わるべきなのか」といった議論はもちろんありました。ただ、元々ドコモは新しいことにチャレンジすることに対して前向きな会社で、だからこそ実現したという面もあったと思います。

陸上競技大会といっても実際には、その中に100メートル走や幅跳びや砲丸投げといったいろいろな種目があるように、X-MOMENTで行われるeスポーツの種目も複数あります。現在実施しているのは、バトルロワイヤル形式のスマホ用シューティングゲームの「PUBG MOBILE」、5人1組のチームで闘うPC用のシューティングゲーム「レインボーシックス シージ」、対戦型格闘ゲームの「ストリートファイターV」です。つまりX-MOMENTはNTTドコモが運営するeスポーツリーグ全体のブランド名なのです。

第1弾の「PUBG MOBILE」のプロリーグ「PUBG MOBILE JAPAN LEAGUE(PMJL)」は2021年2月に、第2弾のレインボーシックス シージの「Rainbow Six Japan League(RJL)」は同年3月に開幕しました。

X-MOMENTには2つのディビジョンがあります。1つはサッカーJリーグでいえばJ1に相当するトップリーグで、プロチームが1年間かけて総当たり戦を行い、その年の優勝を争うもの。PUBGが16チーム、レインボーシックスでは10チームが参加しています。
そしてトップリーグの下にはオープン大会を設けており、こちらはフリーで参加できるようになっています。この大会で上位に入賞すると、1部リーグの下位チームと入れ替わってプロリーグに参加できる仕組みです。

   
「東京ゲームショウ2019」の熱気あふれる様子
   
2022年に開催された「PUBG MOBILE JAPAN LEAGUE SEASON1」の会場風景

―X-MOMENTはビジネスとして見た場合、将来有望といえそうですか。

森永 プロリーグを運営している以上、ビジネスとして回るようにしていかなければなりません。
eスポーツの場合も、売上はリアルスポーツと同じく、企業からのスポンサーやリアルの大会のチケット収入、グッズの販売収入といったところになります。いずれeスポーツ人気が出てきたら、放映権も重要な収入源になってくるでしょう。

スポンサー企業の視点から見たとき、eスポーツの魅力は10代、20代の若い世代から強く支持されていることです。
YouTubeの配信データを見ても、やはり若年層の視聴が圧倒的に多く、視聴時間も長くなっています。

近年のマーケティングのポイントは「Z 世代にいかにアピールするか」といわれていますが、まさにこの世代にあたるのがeスポーツのファンの皆さんです。そこにアプローチできることは、企業としては魅力的なコンテンツではないかと考えています。

 
 
 
 

コロナ禍とeスポーツ

―2021年は、新型コロナの影響でほとんどのライブイベントが中止になってしまった年でした。X-MOMENTへの影響はどうでしたか。

森永 おっしゃるとおり、X-MOMENTのリーグが始まった2021年2月は、新型コロナによる緊急事態宣言が発令されている最中でした。
試合会場は事前に押さえており、本当は観客を入れて行う予定でしたが、結果的に選手は家またはゲーミングハウスからオンラインで参加し、視聴者もそれをオンラインで観戦するという形になりました。
とはいえ新型コロナによる緊急事態宣言の下でもリーグを始めることができたのは、リアルスポーツなどのライブイベントとは異なる、eスポーツならではの強みのおかげでしょう。

選手もオンライン対戦では観客の声を聞くことはできませんが、オンラインでの開催中も応援コメントはたくさん寄せられていましたし、Twitterなどへの書き込みも多数ありました。

――Jリーグやプロ野球の選手の話を聞くと、やはり観客がいるといないとでは感じ方が全然違うようです。eスポーツの場合はどうなのでしょうか。

森永 関係ないということはありませんね。オンラインで開催できるといっても、やはりオフライン(生)と比べると、見ている側の興奮度が違います。
例えば「レインボーシックス・シージ」は、5対5で闘うゲームですが、選手同士は互いに声をかけ合いながら連携して闘います。それを生で観戦すると緊迫感があって、非常に盛り上がるんです。ファンにも「実際に生で選手たちが闘う様子を見て、eスポーツが好きになりました」という人が多いです。リアルだからこそ感じられる熱気があるんですね。ですから今年度のリーグの目標は、まずはお客様を会場にお呼びして生のプレーを見ていただくということです。

2021年にX-MOMENTを開始したものの、去年1年間はずっとオンラインで配信するしかありませんでした。しかし今年4月に行われたPUBGの2022年シーズン2の最終週では、試験的にお客様を入れ、有観客でオフラインの試合を開催しました。

新型コロナ流行前には4,000人クラスの会場で大会を行っていましたし、無観客試合の場合も同時接続で毎回1万人くらいのファンが見てくれています。今後は新型コロナの感染状況を見ながら、PMJL、RJLとも徐々に有観客の試合を増やしていく予定です。今シーズンはこれから10月までリーグ戦を行い、前半は基本的にオンラインとなりますが、後半はリアルの会場にお客様に入っていただき、ファンの皆さんに生の対戦の熱気をぜひお届けしたいと思っています。

   
「PUBG MOBILE JAPAN LEAGUE(PMJL) SEASON2」で試合中のDONUTS USG OZISAN選手
   
同大会で試合後のDONUTS
USG Naoto 選手(左)、OmikuN 選手
   
PMJLの優勝トロフィー
 
 
 
 

eスポーツの魅力とは

—eスポーツの魅力とは、どこにあるのでしょうか。

森永 一つはリアルスポーツのような肉体的な制限がないこと。年齢性別関係なく活躍できる競技です。
プロ同士が対戦するeスポーツ観戦の楽しみ方は、人によりさまざまです。純粋に試合を見て楽しんでいる人もいれば、参加しているeスポーツ選手個人のファンの人、自分もそのゲームをやっていてプロのプレーを勉強したい人もいます。

テレビ東京の『X-MOMENT Presents CHOTeN(ちょうてん)~今週、誰を予想する?~』という番組をご存知でしょうか。
eスポーツ選手の素顔やゲームの舞台裏を伝える番組です。その中で選手たちの練習の様子や選手個人のストーリー、人と人とのぶつかり合い、悩みなどを捉えています。自分の時間を削って練習し、戦略を立て、試合に臨んでいます。大学の受験ではなくプロを目指す選手もいます。負けた選手がバックグラウンドに戻って泣いたりしている姿を見ると、「本当に必死なんだな」と感じます。
そうしたことを知った上でeスポーツの試合を見ると、それまで以上に強く感情移入することができると思いますよ。

—子どもがゲームに熱中してしまい、戸惑う親が多いと思いますが、そのような親御さんの反応をどう捉えていらっしゃいますか。

森永 ゲームに対して、親御さん世代からのご意見があることは重々理解しています。
私たちX-MOMENTは、職業としての「プロのeスポーツ選手」を社会に認めてもらいたいと考えています。日本ではこれまでeスポーツやテレビゲームは、それだけでは食べていけないものでした。しかし海外ではeスポーツのプロが普通に活躍する世界になっていますし、日本でもこれからは趣味や遊びとしてだけでなく、職業選択肢の一つとして若い人たちに興味を持ってもらいたいのです。

既に高校の部活でもeスポーツ部ができてきていますし、高校eスポーツの祭典「STAGE:0(ステージゼロ)」も、盛り上がっています。そこに参加している若い人たちは強い思いを持ってeスポーツに青春を捧げています。

今、リーグに所属している選手たちは、「大学に進むべきか」「就職すべきか」という葛藤の中で、「人生の幅を広げたい」「eスポーツの未来に懸けたい」といって、あえてプロとして生きる道にチャレンジしている人たちです。私たちはそうした選手たちを全力でサポートしていきたいと考えています。

例えばX-MOMENTでは、運営サイドが資金を提供し、選手に一定額の給与を保証しています。これは選手がプレーに専念できる環境をつくるためです。

今後はeスポーツの普及活動もやっていきたいですし、NTTドコモ自体もいろいろな事業を行っているので、他部署との連携も進めていきます。
2025年夏にオープンを予定している愛知アリーナは、NTTドコモがアリーナ運営を担うコンソーシアムの企業となっています。eスポーツの大会を自社運営のアリーナで開催するといった連携は、今後どんどん進んでいくでしょう。高校野球における甲子園球場のような、ファンの皆さんから「eスポーツの聖地」と呼ばれるような会場もつくっていきたいですね。

—eスポーツは日本より海外のほうが盛んということですが、世界の中で日本はどんな位置づけにあるのですか。

森永 世界ではリアルスポーツと同じ規模のeスポーツのリーグや大会が数多く開催されています。
eスポーツにも地域による特色があり、例えば東南アジアの場合はPCがあまり普及していないので、皆さんモバイルゲームをやり込んでいて、それだけにレベルが高いということがあります。逆に中国や韓国などではモバイルより先にPCが普及したので、PCゲームのレベルが高いといわれます。

日本選手の力が全てのゲームで世界に比べて低いというわけでありません。例えば「ストリートファイター」では日本のプレーヤーのときどさんや梅原さんが世界的にも活躍しています。また我々は扱っていませんが、カードゲームについては日本人にも合っているようで、世界的な大会で上位に進出する人もいます。
X-MOMENTは「世界につながるeスポーツリーグ」と謳っています。

世界大会との関係についていえば、PUBGのモバイル部門では我々のリーグの優勝チームが日本代表として参加しています。「レインボーシックス・シージ」は北米や中南米、アジア諸国にリーグがあり、世界大会ではそれらのリーグで勝ち抜いてきたチームを相手に闘っていくことになります。

一方では日本のリーグにも海外の選手やチームが参加してきています。X-MOMENTの参加チームは基本的には日本の法人に限定していますが、選手としては海外の選手も参加していて、例えば韓国の選手が日本チームに加入していたりもします。

またX-MOMENTのレインボーシックスのRJLには、2022年のシーズンでは、eスポーツ界の世界的な強豪チームであるイギリスの「FNATIC(ファナティック)」や、サッカーのパリ・サンジェルマン傘下のeスポーツチーム「PSG Esports (Paris Saint-Germain Esports)」が参加してくれました。こうした外国のチームが入ると対戦も盛り上がるし、日本の選手たちにも刺激になります。それによってリーグが活性化し、競技レベルも上がっていくと期待しています。世界の一流選手やチームと切磋琢磨して、いずれX-MOMENTをヨーロッパのサッカーリーグのような、世界中のeスポーツ選手から憧れの目で見られる、世界的なリーグに育てていきたいですね。