ハイパフォーマンスと健康を両立する eスポーツの科学─運動・栄養・休養・絆

2022年9月 6日 09:55 Vol.80
   
松井 崇
筑波大学体育系・助教
Takashi Matsui
1984年筑波大学附属病院生まれ。元日本代表候補の父の影響で、5歳から柔道を嗜む。五段。2002年インターハイ準優勝、05年の筑波大学時代にマカオ国際大会優勝。12年筑波大学大学院人間総合科学研究科体育科学専攻修了、博士(体育科学)。日本学術振興会特別研究員SPD(新潟医療福祉大学)、スペイン・カハール研究所ポスドク・客員助教を経ながら「スポーツ神経生物学」を推進。15年より現職。22年より筑波大学健幸ライフスタイル開発研究センター副センター長。

 
 
 
 

はじめに

ビデオゲームの対戦によるeスポーツは競技スポーツ種目として世界的に興隆する一方、年代・性別・障害の有無等を乗り越える、バリアフリーなインクルーシブスポーツとしても期待される。しかしながら、それらのプレーと心身のハイパフォーマンスと健康にまつわる科学との融合は道半ばであり、eスポーツには肥満や糖尿病が多いという不健康なイメージがつきまとうのも事実である。今後、eスポーツがコロナ禍で現実的目標となったメタバースの一角を成しながら、人々の活力と絆を育む方向でさらに発展をみせるかどうかは、ハイパフォーマンスの追求と不健康なイメージや実態の払拭を両立しうる「運動・栄養・休養・絆」を統融合した科学的戦略の研究開発にかかっているといえる。本稿では、eスポーツのパフォーマンスを規定する要因を紐解きながら、eスポーツと運動・栄養・休養・絆についてそれぞれ概説することで、「eスポーツ科学」の端緒とできれば幸いである。

 
 
 
 

筑波大学eスポーツ科学プロジェクト

「eスポーツはスポーツか?」。これほど領域を超えて白熱する議題は、今のスポーツ科学ではほかにないかもしれない。2020年1月、筑波大学に「eスポーツ科学プロジェクト」が発足した。本プロジェクトでは、「eスポーツはスポーツか?」という議論からは脱却し、「eスポーツはどのようなスポーツか?」をスポーツ科学の手法で明らかにすることを目指している。スポーツは元来、文理融合の複合領域であることから、脳科学、生理学、栄養学、睡眠学といった自然科学系と哲学、心理学といった人文科学系が融合したプロジェクトチームである[図表1]

   

スポーツ科学は「運動・栄養・休養・絆」の4要素を最適化することで、老若男女の体力や認知などの人間の心身のパフォーマンスを今よりも高めることを普遍的な目的とする。この概念にeスポーツを導入する場合には、大きく以下の2つの問いが生じる。(1)eスポーツのハイパフォーマンスに役立つ運動・栄養・休養・絆の最適な組み合わせはどのようなものか? (2)人間のさまざまな能力を引き出すための運動・スポーツの代わりに、eスポーツがどのように置き換わることができるか?

既に、上記の(1)に答えとなりうる、長時間プレーに伴うパフォーマンス低下や不健康さの起点でもある、認知疲労(一過的な判断力低下)の発生時間とその要因や検知・予防方策についても検討を進めている。ここから生まれる知見は、eスポーツを「ICTを駆使した現代人の頭脳活動・労働」の科学モデルと捉えることで、より広い応用性を発揮するものと考えられる。また(2)についても、既に3回の学生向け大会を開き、そこを科学的検証の場にすることで、スポーツが認知機能や気分などの「活力」と、共感性や社会性などの「絆」を育む身体と心の反応を、フィジカルスポーツのプレーや観戦と同様に引き出す可能性を見出している。

スポーツ科学は、産官学の皆様と力を合わせることで、eスポーツのネガティブ面の払拭とポジティブ面の強化に今こそ役立てられると思われる。現代人の身体と心の能力を標的とした「eスポーツ科学」の創出と推進は、その第一歩として重要になるはずである。以下にそれぞれの研究を紹介する。

eスポーツのパフォーマンスを規定する要因

eスポーツの科学的支援を考える際、スポーツ科学と同様に、そのパフォーマンスにはどのような要因があるのかを知ることが第一歩となる。しかしながら、eスポーツパフォーマンスの規定要因に関する研究の重要性はみな認識しているものの、あまり進んでいないのが現状である。NagorskyとWiemeyer(2020)は、スポーツ科学におけるスポーツパフォーマンスの一般モデルと独自開発したデジタルゲームコンピテンシーを融合し、eスポーツパフォーマンスの要因を提案している。その内容は、7つの大区分(1. 戦略・認知能力、2. 連携能力・技術、3. 心理的能力、4. 社会的能力、5.コンディショニング、6. 気質・体質・年齢・ジェンダー・健康、7.メディア能力)のうち、6つの大区分からの網羅的な提案となっている。

また、Smithiesら(2020)は、eスポーツのアスリートが持っている7つのスキルや経験を挙げ(1. 視覚的知覚・処理、2.聴覚的知覚・処理、3. 注意制御、4. 情報処理速度・認知情報量、5. 視覚運動制御、6. 専門的コミュニケーション、7. 座りっぱなしの環境と頻繁なスクリーン使用)、これらが軍用ドローンのオペレーター、航空管制官、パイロットのスキルや経験に関連することから、eスポーツアスリートのセカンドキャリアを提案した[図表2]

   

これらの研究はまだまだ網羅的で、各タイトル等に応じてどの能力に焦点を絞るべきかが明確ではなく、運動・栄養・休養・絆の観点もほとんど含まれていない。だからこそ、eスポーツ科学が対象とすべき人間の能力にヒントを与えてくれるのは間違いない。

 
 
 
 

eスポーツと「運動」

ビデオゲームの適度なプレーは、注意、問題解決、判断力(実行機能)などの認知機能はもちろん、意欲、情動制御、社会性などにまでポジティブ効果をもたらす可能性が指摘される一方(Granicら、2014)、多くの場合には長時間座位でプレーすることから、心身ともに不健康を招くとされる(Weaverら、2009)。例えば、ビデオゲームのプレー時間は身体活動の低下や太りすぎのリスク上昇と関連するだけでなく(Arnaezら、2018)、うつ病等のメンタルヘルスを害するリスクも高めることが知られる(Gentileら、2011; Leeら、2021)。こうしたビデオゲームにまつわる不健康問題の多くは、運動・身体活動の不足に起因することから、運動の導入が重要となる。しかしながら、運動継続率は世界人口の約20%にとどまるなど、健康目的での運動促進はゲーマー、eスポーツプレーヤーに限らず、極めて難しいのが現状である(Gutholdら、2018)。

そこで重要になるのが、eスポーツプレーヤーのハイパフォーマンスを目指す意欲に着目することである。運動はゲームプレーを担う認知機能、特に実行機能を担う前頭前野を活性化することから、ゲームパフォーマンスを高める可能性がある。もしそれが本当なら、プレーヤーたちはハイパフォーマンスを目指すトレーニングとして運動を取り入れる意欲を高めやすくなり、結果的に不健康問題の解消につながるということである。

一過性運動が高めるeスポーツパフォーマンス

この点に着目したカナダ・マクギル大学のde las Herasら(2020)は、これまでに唯一、一過性運動が世界で最もメジャーなeスポーツの一つとして知られるマルチプレーヤー・オンライン・バトル・アリーナ(MOBA)である「League of Legends(LoL)」のプレーパフォーマンスに及ぼす影響を検討した。この研究では、20名の若いビデオゲーマーが、時間効率の良い運動法として知られる高強度インターバルトレーニング(HIIT)、または安静の2条件をランダム・カウンター・バランスを取って15分間行った後、LoLを20分間プレーした。プレーパフォーマンスは倒した敵の数とミスの数で評価された。

その結果、運動は、安静と比較して、倒した敵の数を約9%向上させた(安静111.4vs 運動121.2)。さらに、運動はミスの数も約42% 低下させた(安静2.4vs 運動1.4)[図表3]。これらの結果は、短時間のHIITがLoLのパフォーマンスを高めることを示す。この効果がほかのゲームタイトルに一般化されるかどうか、繰り返し行うことで基礎レベルを高める効果が得られるかどうか、またそのメカニズムなどは不明だが、ハイパフォーマンスを目指すeスポーツプレーヤーがゲームのトレーニングとして運動を取り入れる価値があることを、初めて示唆した知見として大変興味深い。

   

日常的な身体活動とeスポーツパフォーマンス

それでは、日常的な身体活動量とeスポーツパフォーマンスは関連するのだろうか?
豪州・クイーンズランド工科大学のTrotterら(2020)は、5種類のタイトルとそれらの技術レベルを代表する国際的なeスポーツプレーヤー1,772名を対象に、肥満、自己申告による身体活動、喫煙、アルコール摂取、健康感、ゲーム内ランクについてオンライン調査を行った。その結果、技術レベルが上位10%にランクされたeスポーツプレーヤーは、他のプレーヤーと比較して、身体活動量が多く、健康感も高いことが確認された。これは横断的な疫学調査であることから、因果関係には言及できないが、eスポーツのハイパフォーマンスには日頃から運動・身体活動を積み重ねることが重要で、その結果、健康も両立されうる可能性がある。しかしながら、プレーヤーのゲーム内ランクが上がるにつれて、eスポーツに費やす時間も増加し、プレーヤーは概して若いため健康的に見えるが、少数のグループは著しく肥満であり、ほとんど身体活動ガイドラインを満たしておらず、将来の健康を害すリスクが高いことも言及しておかねばならない。

「ストリートファイターV(SFV)」の世界チャンピオンである、ときど選手は、日々のゲームトレーニングの一環として運動を取り入れ、空手道場にも通っている。また、大会当日の試合前には舞台袖でダッシュを繰り返すことも「ときどダッシュ」として以前から有名である。eスポーツ競技現場のトップたちは、ハイパフォーマンスと健康の両立に資する、運動とeスポーツの相助相譲的な関係について既に気付いているのかもしれない。

 
 
 
 

eスポーツと「栄養」

栄養を考慮する際は、日々のダイエタリーな側面(5大栄養素を基本とする食事)と「ここ一番」を支えるエルゴジェニックな側面(作業能力を高める機能性成分)の双方から検討する必要がある。

従来のゲーマーは、ジャンクフードとエナジードリンクを摂取しながらプレーしている姿が連想され、それらが肥満等につながるイメージがあった。これは、ダイエタリーな側面をないがしろにし、エルゴジェニックな成分(グルコース、カフェインなど)に偏重した栄養的姿勢であるといえる。

これに対し、ドイツ・ケルン体育大学のeスポーツ研究チームは、ドイツ国内のeスポーツプレーヤーの栄養調査を実施し、確かに上述のような傾向があったことを確認している。その解消に向けて、スポーツ栄養学的啓蒙活動を1年間行ったところ、多くのeスポーツプレーヤーで栄養のみならず運動習慣まで改善し、「『ジャンクフードを食べるゲーマー』という固定観念は時代遅れになった」と述べている。この際のプレーパフォーマンスの変化までは検討されていないが、健康を維持し、長くプレーヤーを続けることができる素養ができたことは間違いないだろう。

一方、eスポーツのエルゴジェニックエイドといえば、エナジードリンクである。eスポーツとエナジードリンクとは切っても切れない関係にあると言っても過言ではないだろう。エナジードリンクの主成分はグルコースとカフェインであることから、ここではグルコースとカフェインがeスポーツパフォーマンスの規定要因となる認知機能に及ぼす効果を紹介する。

グルコースとカフェインが高めるeスポーツのパフォーマンス

瀬戸口ら(2020)は、20~39歳の健康な男女16名を対象に、グルコースが認知機能に及ぼす影響を検討した。朝食を抜いた状態でブドウ糖30gを含有するラムネ風味ゼリー飲料(ブドウ糖含有ゼリー飲料)、およびブドウ糖を抜いたラムネ風味ゼリー飲料(プラセボゼリー飲料)を、日を変えて参加者に摂取してもらい、摂取の15分後に認知機能を測定するコンピュータテストCognitraxTMを実施した。その結果、ブドウ糖含有ゼリー飲料は、実行機能(いわゆる判断力)とその際の反応速度を血糖値の上昇とともに有意に高めることを報告した。eスポーツのプレー時のエナジードリンクや甘い清涼飲料水の摂取は、こうしたグルコースの効果を経験的に取り入れたものなのかもしれない。

Sainzら(2020)は、22±3歳のプロeスポーツプレーヤー15名を対象に、カフェインが一人称視点シューティングゲーム(FPS)のパフォーマンスに及ぼす影響を検証した。

参加者はプラセボ(セルロース)または3mg/kg(60kgの人でコーヒー約3杯、エナジードリンク1缶に相当)のカフェインを不透明で識別できないカプセルにより摂取した。摂取の45分後、参加者は単純な反応時間テストを5回行い、60個のターゲットを使用した2分間のFPSを3回実施した。その結果、プラセボと比較して、カフェイン摂取は単純反応時間、ターゲットに到達するのにかかる平均時間を短縮させ、ヒット精度を向上させたことを報告している[図表4]

つまり、適量(3mg/kg)のカフェインを一過的に摂取すると、素早い動きと正確性を要するeスポーツのパフォーマンスが高まるということ。これもeスポーツとエナジードリンクの良好な関係を示すデータである。“ここ一番”でのグルコースやカフェインの摂取は、eスポーツの強い味方になるといえそうだ。

   

グルコースやカフェインの過剰摂取の問題

しかしながら、グルコースやカフェインが一過的にポジティブ効果をもたらすからといって、「大量な」「慢性的な」摂取が推奨されるかといえば、答えは「No」と言わざるをえない。

グルコースは単糖で、糖質の最小単位である。ご存じのとおり、グリセミックインデックス(GI)は100である。大量に摂取すれば急激に血糖値を上昇させ、インスリンの分泌を通じて骨格筋、肝臓、脂肪などに取り込まれエネルギーとなるが、余剰分は脂肪として蓄積される。身体性の多くをディスプレーの中に入れ込んでいるeスポーツでは、余剰分のグルコースが脂肪として蓄えられることで、それを慢性的に繰り返すと肥満や糖尿病につながりうると懸念される。また、こうした血糖値の乱高下が慢性化すると、精神面での悪影響も出ることから、eスポーツのパフォーマンスにも悪影響を与えると考えられる。

カフェインは脳内でアデノシン受容体に結合し、代表的な睡眠誘発物質であるアデノシンの働きを阻害して神経を興奮させる。大量のカフェインの一過性摂取(過剰摂取)はめまい、心拍数の増加、興奮、不安、震え、不眠を引き起こす。時には下痢や吐き気、嘔吐し、死亡することもある。それらの事例も報道されている。プロeスポーツ選手は睡眠がかなり後ろ倒し(韓国では午前5時就寝、正午頃起床)になっており、睡眠途中の覚醒回数も多く、メンタルヘルスも良くないとの指摘があるが(Leeら、2021)、カフェイン過剰摂取との関係も原因の一つにあるかもしれない。

また、耐性ができやすく、すぐに効きが悪くなり、どんどん多く摂るようになってしまうことも指摘されており、これがカフェインの依存性を生み出す。加えて、カフェインの慢性的な過剰摂取は高血圧リスクを高める可能性や、妊婦が高濃度のカフェインを摂取した場合に、胎児の発育を阻害(低体重)する可能性があることも報告されている。

こうしたグルコースやカフェインの過剰摂取による健康問題は、eスポーツ選手の引退の早さにも結びついているとする指摘もある(DiFrancisco-Donoghueら、2019)。これらはeスポーツ関係者のみならず、全ての現代人にも起こりうる問題であり、誰もが気を付ける必要があるだろう。

グルコースの代替となる栄養・食品とは?

グルコースやカフェインは“ここ一番”では能力発揮を助けるが、大量摂取や慢性摂取は健康を脅かす恐れのある諸刃の剣であることを見てきた。それでは、グルコースやカフェインを代替し、日頃から継続的に摂取すべき栄養・食品とは一体何なのか? これは、eスポーツのみならず、現代の全ての人々に関係する問いであると思われる。eスポーツ科学は、そうしたところで力を発揮すべきであろう。

グルコースの代わりになりうるのは、GIの低い糖質が一つの候補である。GIとは、食品に含まれる糖質の吸収速度を示し、グルコースを100として表される。Bentonら(2003)は、GIの異なる朝食(高66vs 低42)がその後4時間、午前中いっぱいの記憶機能に及ぼす影響を36名の大学生で検討した。その結果、低GI 食のほうが高GI 食よりも記憶力を改善し、特に朝食後150分と210分という午前の遅い時間にその効果が顕著だった。この研究はeスポーツを対象とはしていないが、記憶能力がeスポーツのコマンド入力の学習や状況判断を支えることが予想されるため、低GI 食は長時間に及ぶeスポーツの練習や大会時のプレーの質の維持に有効である可能性がある。

eスポーツの現場に目を向けると、ロサンゼルスに拠点を置くeスポーツチーム、CLG(Counter Logic Gaming)の選手たちは、1日のうち12時間をパフォーマンスセンターで過ごす。練習やミーティングのほか、朝は運動やヨガを行い、1日3食の食事もセンターで取る。そのセンターのシェフ、アンドリュー・タイさんは「選手たちは長時間スクリーンの前で過ごすため、エネルギーの持続がカギ。高たんぱく質・低炭水化物の食事を心掛けている」とコメントしている。象徴的だったのが、食後の眠気の防止やエネルギーの持続を狙って用意されている朝食のメニューで、脳のエネルギー源となる主食にはGIの低いハイプロテインパンケーキ、マッスルマフィン、オートミールなどがある。炭水化物は重要なエネルギー源であるが、良い質のものを適量摂れるよう配慮されている。こうしたフィジカルスポーツ顔負けの取り組みをモデルとして、eスポーツプレーヤーのハイパフォーマンスと健康の両立に資するeスポーツ栄養学の理論と実践が発展することを期待したい。

カフェインの代替となる栄養・食品とは?

それでは、カフェインに代わるエルゴジェニックエイドはありえるだろうか? 最近、脳に作用しその機能を高める食品やそれに含まれる栄養素が「ブレインフード」と呼ばれるようになった(Gupta、2016)。例えば、茶に含まれるカテキン、エビやカニ等の赤色色素であるアスタキサンチン、魚類の脂肪であるドコサヘキサエン酸やω-3脂肪酸などがその代表例である。これらは、脳の記憶や学習を司る海馬でニューロンの数を増やしたり、生存を維持したり、炎症を抑えたりするのに役立つ。実際に、認知機能を高め、また低下を予防したりするが、それらの効果は急速な摂取よりも継続的な摂取で発揮される。依存性も知られていない。したがって、こうしたブレインフードこそ、日頃のeスポーツプレー時に摂取すべき栄養・食品であるといえるかもしれない。

 
 
 
 

eスポーツと「休養」

動物の最も典型的な休養は睡眠である。最近、睡眠のスポーツ医学的研究が進み始め、最適な睡眠が身体能力だけでなく、認知能力やメンタルヘルスに重要であることがわかってきた。例えば、1日8時間の睡眠をとったグループと比較して、2週間にわたって1日4時間または6時間の睡眠をとった参加者は、反応速度および注意力が徐々に低下する(Himmelsteinら、2017)。さらに、睡眠制限によって実行機能、ワーキングメモリー、持続的注意等の認知機能全般が低下するのはもちろん(Loweら、2017)、抑うつ症状と不安をも招く(Babsonら、2010)。これらを総合すると、睡眠制限が認知能力やメンタルヘルスを低下させ、eスポーツのパフォーマンス低下や不健康さを招いてしまう可能性がある。

プロプレーヤーの睡眠とメンタルヘルス

Leeら(2021)は、プロeスポーツプレーヤーの睡眠時間を手首に装着する活動量計で初めて実測し、メンタルヘルスとの関連を探った。

参加者は、韓国(N=8)、豪州(N=4)、米国(N=5)の男性FPSプロプレーヤー17名(20±3.5歳)であった。参加者の1晩あたりの総睡眠時間は6.8時間、睡眠効率は86.4%であったが、就寝時間が午前2~5時、起床時間が午前10時~正午頃とかなり通常よりも後ろ倒しされていることがわかった[図表5]。さらに、韓国選手の1日のプレー時間(13.4時間)は豪州選手(4.8時間)や米国選手(6.1時間)よりも長く、有意に高いうつ病スコアを示した。うつ病スコアは、覚醒回数、睡眠開始後の目覚め、および1日のトレーニング時間と強い相関があった。これらの結果は、長すぎるプレー時間が実際のプロ選手でも睡眠の時間と質を低下させ、気分(うつ病スコア)の悪化に関連する可能性を初めて示すものである。

   

睡眠とメンタルヘルス:プロvsアマチュア

加えて、私ども筑波大学の調査によると、日本のプレーヤーでも同様の傾向が見られるものの、プロは実はマシなほうで、深刻なのはアマチュアプレーヤーであることがわかった。プロは昼頃まで眠ることで睡眠時間の確保も可能だが、アマチュアは学業や仕事でそれが不可能だからである。ただし、そうはいっても、eスポーツプレーヤーの睡眠を前倒しすることは、大会や配信等が実施される時間帯の都合から容易ではない。これらの睡眠にまつわる問題を個人の責任ではなく、業界全体の問題と捉え、関連イベント等を睡眠が健全となるような時間帯に実施するような文化変革を進めることが重要かもしれない。

 
 
 
 

eスポーツと「絆」

プレースタイルに応じた教育・福祉・医学的活用の可能性

ここまで、eスポーツプレーヤーのハイパフォーマンスと健康にまつわる運動・栄養・休養の効果や期待を説明してきたが、eスポーツはハイパフォーマンスを目指す競技としてのみならず、バリアフリーなインクルーシブスポーツとしての役割を期待されている。

近年、死亡率に関係する、喫煙、過度の飲酒、運動不足、肥満などの要因のうち、孤独の影響度が非常に大きいことがわかってきた(Holt-Lunstadら、2010)。孤独とは、物理的に孤立してしまうことと、心理的な孤独感とに分けられるが、それらはどちらも健康リスクを高めることが報告されている。また、コロナ禍においては孤独を抱える人々が増加していることが懸念されており、その解決は喫緊の課題といえる。オンラインでの社会的交流ツールとしては、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)が挙げられるが、FacebookやTwitterの使用時間やログイン回数は抑うつ症状と正の関係を示すことが知られており(Seabrookら、2016)、ともすると受動的で他者との比較を促進してしまうオンラインでの社会的交流の難しさを示している。したがって、身体的・社会的信号を交換することによってSNSを促進する代替的なサイバー介入が必要である。

オフラインプレーが高める絆ホルモン「オキシトシン」と友好性

筑波大学eスポーツ科学プロジェクトでは、上述の課題に迫るため、絆ホルモンとして知られるオキシトシン(OT)に着目した。最近、柔術の稽古が、身体運動の有益な効果に加え、相手との競争から生じる勝敗に応じてテストステロンやコルチゾルが増減し、社会性に関するオキシトシン(OT)分泌が勝敗に関係なく促進することで、気分を改善し、コミュニティ形成に資する可能性が報告されている(Rassovskyら、2019)。これらはスポーツ観戦でも生じうる。eスポーツは、他者と競争するビデオゲームであり、能動的にプレーできることから、オンラインでも社会的交流を生み出し、気分やコミュニティ形成に奏功すると想定し、この可能性を直接評価した。

学内のスポーツ活動を統括する筑波大学アスレチックデパートメントと連携し、オフラインまたはオンラインのeFootball大会を開催し、お互いに面識のない29名の若齢成人男女(13名の若い男性(23.5±3.8歳)がオフライン大会(大学で対面プレー)またはオンライン大会(自宅で1人でプレー)に参加し、勝敗を決するまで15~30分間プレーした。プレー前、終了直後、30分後に唾液を採取し、気分をProfile of Mood States 第2版(POMS2)で評価した。その結果、唾液中OT 濃度はオフライン大会では勝敗に関係なく、プレー終了直後にプレー前よりも21.7% 増加する一方、オンライン大会では増加しなかった。

友好的気分はオフライン大会ではプレー終了30分後にプレー前よりも17.3% 向上したが、オンライン大会では向上しなかった(松井ら、2021)[図表6]。さらに、OTの変化率と友好的気分の変化率との間には正の相関が確認された。

   

これらの結果から、15~30分程度のeスポーツのオフラインプレーが、勝敗によらず友好性を醸成するとともにOT 分泌を促進することが初めて明らかになった。オフラインeスポーツは、OTを通じて社会性を育む生涯スポーツとして有用である可能性がある一方、見ず知らずの相手とのオンラインプレーではこの効果は見られないことに注意が必要である。

 
 
 
 

おわりに

本稿では、現在提案されているeスポーツのパフォーマンス規定要因を紐解きながら、eスポーツプレーヤーのハイパフォーマンスと健康の両立に資する「運動・栄養・休養」の効果と課題を概説した。また、反対に、eスポーツのオフラインプレーが、絆ホルモン・オキシトシンを通じて初対面の相手とのつながりを深め、老若男女の活力と絆を形成することに役立ちうるプレースタイルであるとする私どもの研究も紹介した。eスポーツの注目度が高まり、メタバースを目指す機運と相まって多くの人々がプレーする機会が増える今こそ、eスポーツの功罪を冷静に理解・把握し、良いところを伸ばし、悪いところは補完して、健全なスポーツ文化として発展させるには、研究分野や業界の壁を乗り越えた協力が必須である。ゲーム先進国の日本からそうしたムーブメントを起こす最後のチャンスは、「今」であるといえる。

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