世界に挑む共創のコミュニケーション。関西からの新潮流

2020年3月25日 11:34 Vol.71
   
前田 浩希
(株)電通 エグゼクティブ・プロジェクト・ディレクター
Hiroki Maeda
NtoN視点による個社だけではできないテーマを創造し、複数社での イノベーションの成功を目指す。そのための社内外横断プロジェクト推進責任者として、メタナショナルな発想でメソッド・ニュートラルな仕組みづくりと、ビジネスとテクノロジーの掛け合わせを行っている。国内外特許、講演、審査員多数。慶應義塾大学上席所員。農業、介護、バイオ等データ連携基盤構築事業アドバイザリーボードメンバー。
   
長川勝勇
公益財団法人大阪産業局 大阪イノベーションハブ 統括プロデューサー
Masao Nagakawa
香川県出身。大学卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入行。約15年勤務の後、銀行の取引先企業の役員として経営に関わり、2004年より大阪市が設置運営するインキュベーション施設において起業家の支援業務に従事。スタートアップを軸としたイノベーションエコシステム構築を目的に13年に創設された大阪イノベーションハブでは、オープンイノベーションや アクセラレーションプログラムなどを担当。16年より現職。

長寿企業が数多く存在する関西地域。現在は産学官の多彩な研究機関が集まり、ビジネス化に向けた動きにも積極的だ。また、アジア圏への輸出は他の経済圏を圧倒。独自の文化・経済基盤を持つそのポテンシャルに、国外からも注目が集まっている。巻頭対談では、大阪・京都で未来に向けた“イノベーションの場”をプロデュースするお2人が登場。地域の魅力を新たなビジネスにどうつなげるのか。日本社会の変革へのヒントを探ってみた。

   
前田 浩希
(株)電通エグゼクティブ・プロジェクト・ディレクター

長川 勝勇
公益財団法人大阪産業局大阪イノベーションハブ統括プロデューサー
 
 
 
 

大阪と京都のオープンイノベーション支援拠点

―初めに、お2人の現在のお立場について教えていただけますか。

長川 私は2013年にオープンした「大阪イノベーションハブ」で、イノベーション創出の支援活動をしています。ここは橋下さんが大阪市長だった時代に設置された組織で、大阪市に所属してはいますが、大阪だけではなく京都や神戸、奈良、滋賀なども含めた関西圏のハブとして活動していこうというコンセプトで開設されたもの。大阪は人も企業も集まりやすい場所にありますから、「みんなが集まる場所になろうやないか」という発想ですね。大阪産業局が運営していながら、実は公務員は1人もいないんです。銀行、商社、物流などの企業から来たスタッフが、それぞれ自分たちのバックヤードを持ち寄って、新しい支援の仕組みを考えています。

前田 私は電通の京都ビジネスアクセラレーションセンターというところで、社内外横断プロジェクトを担当しています。昨年、初めて電通自身が主体となって、この対談場所の「engawa KYOTO」というイノベーション支援拠点を開設したところです。行政によるスタートアップ支援とは別に、民間企業としてベンチャーと大手企業の連携をサポートし、オープンイノベーションの一翼を担っていきたいと考えてつくった施設です。

―スタートアップ支援の拠点として京都を選んだのは、どこに理由があるのでしょうか。

前田 京都の企業にはもともと東京を飛び越して、地元から直接、世界に伍せることをやっていこうという気風があり、京セラさん、日本電産さんなど、ベンチャー企業から1兆円企業になった企業を輩出している街です。また47都道府県の中で、人口あたりの学生の数が一番多いところでもあります。

私たちは「インディジナス・イノベーション(土着の革新)」と言っていますが、今の時代、どこにでもあるものでは世界に通用しません。その地域にしかない資源を使い、世界でほかにない唯一無二のものを生み出していかねばならない。そのために京都がベストと考えました。千年の歴史を持つ古都であり、アート、サイエンス、クラフトを涵養する伝統と芸術の街でもありますから。昨年ノーベル賞を受賞された吉野彰さんが取材で、「日本からGAFAが出てくるとすれば、京都からではないか」とおっしゃっていましたが、「engawa KYOTO」では「京都から発信して時代(とき)をつくろう」と言っています。

長川 「engawa KYOTO」は、電通さん自身が事業主体となっているプロジェクトだと聞いて驚いたんです。電通のように社会的な影響力のある会社が率先してオープンイノベーション支援を始めるとなれば、ものすごいインパクトがありますよね。建物を造ったのは積水ハウスさんとのことですが、初めて見学に来たとき、京都の路地を模した造りであったり、素材や間接照明の雰囲気など、日本的な良さを随所に取り入れている点に感嘆しました。この環境で事業を興したいという人は、きっと世界中にいるでしょうね。

―インバウンドの方たちに話を聞くと、大阪も東京より魅力的だと言いますね。

長川 大阪の場合、東京ほど規模が大きくなく、周囲に京都や奈良、USJなどの人気観光スポットがあって、短期間で回りやすいんですね。昔から商売の街で、外から来る人たちを受け入れるのにも慣れているし、新幹線も関西国際空港も使えて交通の便がよい。食べ物なども東京より安いし、おいしい。そういった面が評価されているのだと思います。

 
 
 
 

いよいよ動き始めた京阪神の横連携

―関西経済圏の特徴、強みについてはどうお考えでしょうか。

長川 関西経済圏は奈良、和歌山、滋賀まで含めれば2,000万人の人口を持ち、世界的に見てもマーケットとして魅力的です。文化という面でも世界に発信していくポテンシャルを持っている。また古代から日本の中でも一番長く人が住んできた地域で、それだけに「自分たちが新しいものを興していこう」という精神に富んでいます。

そして関西圏の大きな特徴として、大阪、京都、神戸など個性ある都市が近接していることがありますね。歴史的にそれぞれの都市が互いにライバル心を持ち、馴れ合うことなく切磋琢磨してきた。その分、「関西」として一体になりにくい面もありますが。

前田 ただ、その風潮も最近は変わりつつあるんじゃないでしょうか。2019年に内閣府が発表した「世界に伍するスタートアップ・エコシステム拠点形成戦略」は、各地の自治体と大学、民間組織でコンソーシアムをつくってもらい、そこを「グローバル拠点都市」として政府がバックアップしていくという計画ですが、日本全体で2、3拠点に絞るとのこと。京阪神はその重要な候補になっています。

長川 おっしゃるとおり、京阪神の中では、もう「各都市が横連携して、関西一体としてやっていこう!」という機運が出てきています。

内閣府のエコシステム拠点形成戦略に基づく各地方の自治体・大学・民間企業の集まりとして、去年「スタートアップ・エコシステムコンソーシアム」ができましたが、実は各組織の実務担当者は3年前から集まりを続けているんです。これまで関西圏では都市間の連携が十分とはいえませんでしたが、ようやく実務レベルで大阪と京都、神戸がつながる形が生まれてきた。エコシステム拠点形成戦略についても、「どこか一つの都市に決めるのではなく、関西の中で好きな場所を選んでスタートアップを始めてもらえれば」という考え方になってきています。

前田 オープンイノベーションといってもいろいろな意味合いがあって、大企業とベンチャー間の連携だけでなく、大学と企業や、地域間の連携もその一つ。関西はこれまで各地域が互いをライバルと見ながら、それぞれがプライドを持って自分たちの良さを発信してきました。しかし今後は各都市が連携して、より大きなエコシステムをつくっていく方向なんですね。「engawa KYOTO」の場合は完全に民間のプロジェクトですが、やはり大阪、神戸の両都市とも連携したり、海外とも連携したり、協業・共創ネットワークを広げていくことで、オープンイノベーションを促進していければと願っています。

―京都、大阪、神戸というとそれぞれ独自の歴史があって、横連携というイメージはありませんでしたが、実はもう連携の動きが始まっていたんですね。

長川 そうなったのはここ数年のことなんです。かつては大阪の中でもそれぞれの自治体がバラバラで、スタートアップの支援にしても、大阪市と堺市で別々にやっていました。それが大阪イノベーションハブが誕生したことで変わり始め、昨年からは堺市もコンソーシアムに参加しています。

前田 背景にあるのは、危機感でしょうね。安倍首相も「米国のようにベンチャー精神あふれる“起業大国”に」と言っていますが、「起業率が低く、なかなかイノベーションが生まれてこない」という危機感は、行政にも企業にも強くあります。

関西の各地域はそれぞれ強みを持ち、神戸は昔から世界に開かれた港町だし、大阪にも大阪オンリーのダイナミズムがあります。関西全体としてのエコシステムの中で、それぞれのユニークネス、個性と個性がぶつかり合って大きな強みになってきつつあるのは、近くで見ていて楽しみです。

長川 京都でうらやましいのは、世界的に有名だということ。シンガポールでも深センでも、京都のブランドイメージは圧倒的に強いですよ。大阪、東京じゃなく、「京都に行きたい」という人が多い。外国の人から「大阪ってどこにあるの?」と聞かれたときも、「京都のとなり」と言うとわかってもらいやすい(笑)。

前田 スタートアップを支援するアクセラレーターとして世界最大のPlug and Playが、日本に拠点を設ける際、「東京と京都のどちらに行きたいか」と世界各地のスタッフに尋ねたら、10人のうち9人が「京都」と言ったそうです。結局は両方にオフィスを設けていますが(笑)。

長川 まあ私は「大阪は人の集まるハブでいい」と思っているので、これからは関西圏の仲間として「京都まで30分で行けるよ」というのを売りにしていこうと思っています(笑)。そして個性のある地域が切磋琢磨している関西の魅力を伝えていきたいですね。それがハブとしての務めでもあるので。

―今回の企画についてお話しさせていただいたとき、前田さんが「オーケストラ」と形容されていたのが印象的でした。1人でも十分に演奏を聴かせる力がある奏者が集まることで、それまでになかった新しいハーモニー、感動が生まれるということですね。

長川 長期的なビジョンとしては、前田さんがおっしゃったオーケストラが理想ですね。各地域がそれぞれのパートを受け持って、関西全体でハーモニーを奏で、感動を生んでいく。それによって世界でも類を見ない文化圏・経済圏を目指せると思います。

 
 
 
 

大企業とスタートアップの連携

長川 関西企業の特徴として、地元の大企業とベンチャーの距離が近いことがあります。最近は関西の財界人と呼ばれるような人たちも、「オープンイノベーションって何なん?」ということで、スタートアップとの出会いの場を求めてきています。

前田 企業にとって今はちょうど、外に目を向けるタイミングなんです。右肩上がりの経済はとっくに崩壊し、少子高齢化が進み、VUCA(ブーカ/Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguity)といわれる不確実な時代で、みな「このままではだめだ」と感じている。これまで多くの企業を支えてきた20世紀型のビジネスモデルを変えねばならない時期なんです。パナソニックの津賀一宏社長が「自前主義ではもうあかん」とよく言われているように、大企業といえども自社単独でやっていては、世界で勝ち目がないと実感するようになってきた。そういう危機感の中で、オープンイノベーションの流れが出てきています。

弊社もまた、これまでのように待っていればよかった受注型から、自らリスクを背負って前に出ていく形へと、変革を余儀なくされています。「engawa KYOTO」も、会社が変革するためのトリガーの一つになればと考えて始めたものなんです。

―日本の大企業のイノベーションについての意識が変わってきたのでしょうか。前田まず部署名が変わりましたね。

前田 まず部署名が変わりましたね。「イノベーション本部」とか「新規事業開発戦略室」とか(笑)。もちろん名前を変えれば実態が変わるというものではありませんが、「イノベーションが必要だ」という意識は確かに出てきています。ただ日本企業の場合、頭では「変えなければ」と思っていても、体がついていかないんですね。

シリコンバレーにも日本企業の拠点や部署はたくさんありますが、日本企業の場合、石橋を叩いても叩いても、まだ渡らないという面があります。現地の拠点が「このアイデアをもとに本格的に事業化を始めよう」と思っても、投資の許可を求めて本社に問い合わせると、「それ、大丈夫?まだソリューションもサービスモデルもできてないじゃない。お金を突っ込むのは、それができてからでいいんじゃない?」となってしまう。

長川 大企業も最初はみなスタートアップだった。でも長年のうちに「今の組織を守らなくては」という発想や、組織として足並みを揃えて動くことが、体に染みついてしまった面があるんですね。

それに関してうちでは「リバースピッチ*」と称して、大企業側からベンチャーに対して、「わが社はこんな活動をしていて、こんなことをやってみたい」とプレゼンテーションしてもらうイベントをやっています。これはいわば「ベンチャーとの接し方講座」のようなもの。普通ピッチイベントというと、ベンチャーが大企業に対してアピールする場ですが、あえてその逆をやってもらうことで、固くなった大企業のマインドにリハビリをかけていこうという試みです。

また、企業の体質を変えるためには、まず「トップに変わってもらわなあかん」ということで、大企業の社長さん、会長さんたちにも大阪イノベーションハブに来ていただき、ベンチャーの経営者に会わせるということもやっています。

実際にやる前は、大企業のほうは「スタートアップと話すことなんかないよ」と言うし、ベンチャーのほうは「そんなおじいちゃんと話しても、ITとかわかるんですか」という反応だったんです。それが、缶ビールで乾杯するところからスタートして、お互いにざっくばらんに話してみると、財界の人たちは「若いときを思い出した。うちの会社もスタートのときはこんな感じだった」と言い出すんです。

一方でベンチャーのほうも、目線が上がってくるんですね。大阪だとスタートアップは、マザーズに上場しただけで「メンター」と呼ばれてちやほやされますが、大企業に比べたらビジネスの規模が桁違いで、マネージングの仕方も全然違う。自分の会社よりはるかに大きな組織を動かしている人たちと話をすると、「いや、ここで満足していてはだめだ」となるわけです。

それで双方が「これはいい」となって、もう3年ぐらい続いている。僕らは「関西ブリッジフォーラム」と呼んでいます。実態は単なる飲み会なんですが、これが意外に効果を生んでいるんです。イベントに参加した大企業のトップから現場に、「彼のとこのシステムを入れてみよう」と名指しで指示が降りてきて、それでベンチャーの開発したシステムが大企業に実装されるケースも出てきています。

前田 やっぱり大きな組織になるほど、変わることは難しくなりますよね。でもイノベーションを起こしていくためには、パラダイムシフトを起こさなければいけない。「engawa KYOTO」でも、スタートアップだけでなく、大手企業や行政、学生にも入ってもらって、互いのネットワーキングのためのプログラムを始めています。軽食や立食のスタイルでフレンドリーな空気をつくって、まず目線合わせの仕方を覚えていくところからですね。従業員2、3人のスタートアップの社長にここに来てもらう一方で、大手企業の社長や役員など、普段なら高層ビルの最上階のフロアの個室にいるような方々も出てきてくれています。

―オープンイノベーションでは、なによりコミュニケーションが大事なんですね。

長川 関西経済同友会が一昨年、「関西が独創的で世界に開かれたイノベーションの先進地となることを目指す」という「関西ベンチャーフレンドリー宣言」を発表しました。その発表は「関西オープンイノベーションカンファレンス~Morning Meetup 100回記念ピッチ~」の席上で行われましたが、この「Morning Meetup」とは、ベンチャー企業と大企業の橋渡しを目指して我々が毎月2回、朝7時から行っているピッチイベントです。2013年からもう6年以上も続いていて、100回記念にこの宣言を出した。このときは関西経済同友会の各企業が、ベンチャー企業からの問い合わせの窓口として専用の電話番号と担当者を用意して、それを対外的に公表しています。

オープンイノベーションで実際に行動するのは民間企業で、我々行政が担当するのはそのきっかけづくりまでですが、過去7年間の取り組みで、そういうハコはできてきた。ただ問題はそこで何をするかです。関西ベンチャーフレンドリー宣言でも、「こんな宣言して、わけのわからない売り込みががんがん来たらどないしよう」と心配してたら、蓋を開けてみるとせいぜい月2、3件だったそうで(笑)。そのあたりはまだまだですね。

 
 
 
 

イノベーション人材をどう育成するか

前田 大企業も最近は、シリアル・イノベーターや将来のアントレプレナー候補を採用して、しかるべきハコの部署に配属するといった試みを行っているんです。しかし問題は、彼らの直属の上司がその子たちをどう指導していいのかわからない、ということなんですね。創業者や経営幹部はベンチャーからの叩き上げであっても、中間層はそうではない。「私は大企業に入社したのであって、起業家を育てようと思って入ったわけじゃないんです」と言うんですよ(笑)。そういう状態で採用しても、一向に何も起きない。で、「話がちゃうやん」と言われて、結局、貴重な人材が3年、5年でやめてしまうといったことになる。

そういう人材をどうやって育てていけばいいのか。「engawa KYOTO」では、我々自身がイノベーション人材を育成するための教育の場になれないかと考えています。

最近、「人づくりから共創しよう。」をコンセプトに、学生と企業との長期的な接点づくりと、学生の成長支援を目的とした多業種合同インターンプログラム「engawa young academy」を実施しました。これは京都の大学を中心とした学生を、4カ月間にわたって教えてもらうというアカデミープログラム。参加したのは、島津製作所、積水ハウス、日本たばこ産業、パナソニック、みずほフィナンシャルグループ、それに弊社の6社です。企業側としては、できたらその中から自分の会社に来てくれる学生がいたらいいけれども、たとえ余所の企業に行ってしまったとしても、学んだことを就職先で生かして、「自分たちのメンターがいた企業と、いつか一緒に仕事してみたい」と感じてくれたら、というスタンスです。

長川 すごくいい取り組みをされていますね。私も、支援とかエコシステムというけれども、結局行き着くのは「教育」ではないかと感じています。

大阪イノベーションハブでは設立以来、学生や若いスタートアップをシリコンバレーに連れていくというツアーをやってきたんです。それを3年前から、シンガポールや深センなどアジアの見学に変えました。

シリコンバレーにはアップルもグーグルもあって、誰でも名前を知っている憧れの起業家がいるけれども、若い人たちは「無理や。自分はああはなれん」と感じてしまいがちです。ところがアジアでは自分たちと同じ顔をした若者が、さっそうと英語でプレゼンして資金を調達し、どんどんイノベーションを起こしている。そのスピード感がすごい。街の発展自体も速い。そういったものを目の当たりにして日本に帰ってきて、「これは日本、まずいぞ」と思う。この危機感というものは、自分の目で見て、肌で感じてもらうしかないんです。

もう一つ、去年から大阪青年会議所とうちが一緒にやっているのが、夏休みを使った高校生対象のビジネスワークショップです。最初「30人ぐらいは来るかなあ」と思って募集したら、定員30名のところに160人も応募があり、急遽定員を増やしました。そういう活動をしている大学生は増えていますが、高校生でも「ビジネスや社会課題の解決について勉強したい」と考える子が増えているんですね。彼らに「関西でこういう活躍の場がある」と伝えることで、それまで漠然としていた未来が具体化してくるんです。「スタートアップって面白そうやな」「自分たちも仲間と一緒に起業できるんちゃうか」という発想になってくる。これまで行政では「スタートアップを立ち上げたら支援しましょう」と言ってきたわけですが、実はその手前で重要なことが決まっているのでは、と感じます。

―お話を伺っていると、「イノベーション人材を育てる」とは、必ずしも高校生なり大学生なりにスタートアップを始めさせるということではなくて、意識を変化させる部分が大きいんですね。

長川 実は大阪イノベーションハブでは、「スタートアップを何件出した」というKPI(Key Performance Indicator)は持っていないんです。学生に必ず言うのは、「スタートアップだけがイノベーションを起こすんじゃない」ということです。学校の先生になって教育にイノベーションを起こしてもいいし、公務員になって地域にイノベーションを起こしてもいい。もちろん大企業に入って、そこを変えていくというイノベーションもあります。前田おっしゃるとおりですね。経済学者のクラウス・シュワブの言葉に、「新しい世界では、大きな魚が小さな魚を食べるのではなく、速い魚が遅い魚を食べることになる」があります。最終的にどの道に進むかはわかりませんが、とにかく若い人には起業家精神や、スタートアップ特有のスピード感を身に付けて、世界で活躍してほしい。

 
 
 
 

「世界一」を目指す

長川 アジアのスタートアップを見ていて驚くのは、スピード感もさることながら、「世界一になりたい」という意識が非常に強いことです。みなが世界一を目指している。深センでもシンガポールでもそう。オリンピック選手と同じで、そうでないと応援も集まらない。ところが日本人はそういう気持ちがあまりない。

前田 日本人が世界一を目指そうとしなくなったのは、「ナンバーワンよりオンリーワン」という歌の影響があるのかな(笑)。

長川 実は、ランドマーク的にわかりやすい世界一って、大事じゃないかと思うんです。地域に世界一があれば、住んでいる人たちも胸を張れますからね。でも「大阪は何が世界一なんだ?」と聞かれると、「こらあかん。大阪は世界一、ないんちゃうか」と思って、詰まってしまうんですよ。その点、京都はいいですね。現存する古都としては、京都が世界一じゃないですか。

前田 おそらくそれぞれの分野で世界ナンバーワンという企業を育てるのが我々のミッションで、これは非常に大きな課題ですね。ただ行政が「官と民を挙げてスタートアップを支援し、オープンイノベーションを進めていこう」という姿勢になっているのは心強いです。関西には次の大きなイベントとして2025年に大阪・関西万博がある。東京オリンピック終了後は、今度はこちらに風が吹いてくることになるでしょう。

長川 おかげさまでようやく「これからやるぞ!」という雰囲気が出てきたし、万博が決まったことで、今から5年というちょうどいい期間設定もできた。ただ5年なんてあっという間。頭で考えるより先に行動していくことですね。

前田 関西は今かなり勢いが出てきたので、今後の課題は持続力をもってオープンイノベーションを進めていくことでしょう。―5年後には「関西が主導する日本経済」というタイトルで、また取材に伺うことになるかもしれませんね。その節にはぜひ、よろしくお願いいたします。

※ピッチとは、主にベンチャー企業やスタートアップが集まり、アイデアや技術を短時間でプレゼンすること。

特集記事
特集記事