関西からのベンチャーエコシステム発信

2020年3月25日 11:34 Vol.71
   
忽那 憲治
神戸大学大学院 科学技術イノベーション研究科教授
Kenji Kutsuna
神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科では副研究科長を務める。専門は、アントレプレナー・ファイナンス、アントレプレナーシップ。著書は『アトツギよ!ベンチャー型事業承継でカベを突き破れ!(』中央経済社/2019年)、 『地域創生イノベーション』(共編著/中央経済社/2016年)ほか多数。(株)イノベーション・アクセル取締役(共同創業者)

はじめに

近畿経済産業局は、関西のベンチャーエコシステムを全国へ発信することを目的として「関西ベンチャーサポーターズ会議」を設置した。筆者は同会議の座長を務め、2018年7月から2019年2月にかけて4回の会議を開催し、『平成30年度関西地域におけるベンチャー関連情報の実態把握調査事業報告書』として取りまとめた。

同会議で議論した関西に所在するベンチャー企業に関する情報や、提供・開催されている施策やイベントに関する情報の発信方法に関しては、興味深いさまざまな活動を実践に移している(https://next-innovation.go.jp/supporters/)。第1に、関西のベンチャー企業関連の情報を取りまとめた「関西ベンチャーポータルサイト」を開設した。同会議の会議メンバーやオブザーバ等の協力を得て、関西で活躍する1,000社を超えるベンチャー企業の情報を取りまとめた「関西ベンチャー企業リスト」を公表した。第2に、会議メンバーである吉川正晃氏(株式会社Human Hub Japan代表)が中心となって、関西の支援機関が取り組むベンチャー支援事業の最新情報が把握できる「関西ベンチャーイベントカレンダー」を公開した。第3に、関西で提供されている多様なベンチャー企業向け支援策についても取りまとめた。

本稿では、関西ベンチャー企業リストから見える企業の特徴や、リスト掲載企業を対象に実施したアンケート調査をもとに取りまとめた結果からうかがえる特徴などを紹介することにしたい。また、関西ベンチャーサポーターズ会議では、10代・20代の若者の起業意識を把握し、彼らの起業意欲を高めるためには何をする必要があるか、といったテーマを検討するために部会を新たに設置し、議論を行った。部会で実施したアンケート調査の結果も紹介しながら、関西における現状や課題についても考察することにしたい。

最後に、ベンチャー企業に関する包括的なデータを収集し提供している株式会社INITIAL(旧株式会社ジャパンベンチャーリサーチ)のデータベースに基づき、関西(大阪市、京都市、神戸市の主要3都市)に所在するベンチャー企業の事業活動の特徴を概観する。

 
 
 
 

「関西ベンチャー企業リスト」の作成

関西ベンチャーサポーターズ会議のメンバーであるベンチャー企業の支援機関、ベンチャーキャピタルや銀行、起業家や、オブザーバである各自治体ほかの協力を得て、ベンチャー企業として推薦できる企業のリストアップ作業を行った。ベンチャー企業について単一の数値基準を設けるようなことはせず、ベンチャー企業といえる視点を各推薦機関・推薦者が設定する形で、広義のベンチャー企業を関西から抽出するようにした。

その結果、2019年12月27日時点で1,184社の関西ベンチャー企業リストを作成することができた。府県別の企業数は、多い順に大阪府585社、京都府260社、兵庫県165社、滋賀県58社、奈良県53社、福井県32社、和歌山県31社となっている。同リストへの公開情報としては、企業名、代表者氏名、府県、市町村、創業年、事業概要、WebのURLのほかに、各ベンチャー企業の情報の提供機関(推薦機関・推薦者)を記載している。ベンチャー企業に関する一度限りの情報提供ではなく、継続的な情報の更新を提供機関が責任を持って実施することを目的としている。また、ベンチャー企業の情報提供機関が、ベンチャー企業をどのように定義して抽出しているかについても明らかにした。

また、2019年1月24日までの事務局到着分を集計対象として、関西ベンチャー企業リストへの掲載企業1,075社について、株式会社帝国データバンクが保有するTDB企業索引データやTDB企業概要ファイルCOSMOS2を用いて集計を行った。TDB企業索引データによる付与件数は1,042社、TDB企業概要ファイルCOSMOS2による付与件数は679社となっている。1,042社の日本標準産業分類(大分類)による構成は、製造業が296社(28.4%)と3割近くを占めており、関西ベンチャー企業の特徴の1つとなっている。以下、情報通信業197社(18.9%)、卸売業、小売業149社(14.3%)、学術研究、専門・技術サービス業118社(11.3%)と続く。

以下では、関西におけるベンチャー企業の立地の変遷という視点から特徴をピックアップして紹介することにしよう。とりわけ興味深いのは、府県別に見る業種別の産業集積の特徴、ベンチャー企業の立地の変遷である。ここでは情報通信業とバイオ・ヘルスケアの2つの業種について立地の変遷の特徴を紹介することにする。業歴15年超のベンチャー企業の立地と、同リスト掲載の全企業の立地を比較することで、各府県におけるベンチャー企業の立地がこの15年程度でどのように変遷してきたかについて簡易的に分析を行った。

まず、情報通信業について京都市と大阪市の2都市における立地の変遷を見ることにしよう。[図表1]に示すように、京都市については、烏丸通(三条から四条)や京都リサーチパークの周辺に立地する企業が増加していることが確認できる。大阪市については、[図表2]に示すように、にしなかバレー、御堂筋周辺、梅田のナレッジキャピタルや阪急ファイブアネックスビルへの立地が増加している。ベンチャー企業を対象としたコワーキングスペースの開設などがベンチャー企業の設立に大きな影響を与えていることをうかがわせる。

続いて、バイオ・ヘルスケアについて、京都市と神戸市における立地の変遷を見ることにしよう。『平成30年度関西地域におけるベンチャー関連情報の実態把握調査事業報告書』において、関西ベンチャー企業リストにおけるバイオ・ヘルスケアを定義している。この定義に基づけば、[図表3]に示すように、京都市では、京都大学、京都リサーチパーク、京大桂ベンチャープラザ周辺への立地が増加していることがわかる。神戸市については、[図表4]に示すように、ポートアイランドの神戸医療産業都市への立地が増加していることがわかる。図表としては掲載していないが、大阪府については、大阪大学や彩都周辺への立地が増加している。バイオ・ヘルスケアにおいては、研究シーズの所在である大学との近接性が大きな影響を持っていることをうかがわせる。近畿経済産業局では(株)帝国データバンクが事務局となって、リスト掲載企業1,075社を対象に、2018年12月から2019年1月にかけて関西ベンチャー企業の実態調査を実施した。回答企業は434社であり、回答率は40.4%であった。

   
[図表1]京都市における情報通信業の立地の変遷
   
[図表2]大阪市における情報通信業の立地の変遷
   
[図表3]京都市におけるバイオ・ヘルスケアの立地の変遷
   
[図表4]神戸市におけるバイオ・ヘルスケアの立地の変遷
 
 
 
 

関西ベンチャー企業の実態調査

ここでは成長支援策の活用に関する状況を中心に分析結果を紹介しよう。

実態調査では、直近5年間で活用した成長支援策と、今後活用したい成長支援策について質問しているが、その回答状況は[図表5]に示すとおりである。[図表5]の左が直近5年間で活用した成長支援策であり、右が今後活用したい成長支援策の回答状況である。成長支援策の変化という視点から見ると、今後活用したい成長支援策について、資金調達では出資が融資を上回り、上場支援は上位に浮上。求める支援策に関してベンチャー企業の成長ステージによって変化が生じていること確認できる。

また、現在抱えている経営課題、今後の事業展開、相談相手に関する質問への回答も、今後の支援施策のあり方を考える上で重要な示唆を提供している。現在抱えている経営課題については、販路拡大(国内)、人材採用、資金調達・資金繰りが上位3つとなっている。とりわけ第1位の販路拡大(国内)は半数近くが回答をしており、重要な経営課題となっているようである。

今後の事業展開の課題については、上の回答を受ける形で、既存事業の販路・市場拡大が第1位(67.0%)、既存事業・サービスの高付加価値化が第2位(66.3%)と上位にくる一方で、新しい事業分野への参入が第3位(38.5%)、海外市場の開拓が第4位(31.4%)であり、新しい分野や地域への進出にも高い関心を持っていることがわかる。日本のベンチャー企業における事業の国際化は極めて遅れていることが以前から指摘されており、こうした新事業への展開については重要である。

相談相手については、税理士・会計士・弁護士等の士業が多いが、次いで社外の師と仰ぐ人物・メンターとなっており、メンターの重要性を示唆している。ベンチャー企業が抱える事業課題を乗り越えていくための、ベンチャー企業経営者と外部のアドバイザーとの連携も今後の重要テーマの1つといえよう。

   
[図表5]直近5年間で活用した成長支援策と今後活用したい成長支援策
出所:経済産業省近畿経済産業局『平成30年度 関西地域におけるベンチャー関連情報の実態把握調査事業報告書』
 
 
 
 

学生の起業意識調査

上記の関西ベンチャー企業リストの掲載企業について、経営者の年齢別構成を見ると、若手経営者が極めて少ないことが課題である。1,042社の代表者年齢の分布を見ると、20代はわずかに14社(1.3%)にすぎない。今後の成長産業となる新しい事業分野へのチャレンジにおいて、若手起業家の輩出は極めて重要である。こうした問題意識の下で、分科会を設置して議論を行い、2019年9月から10月にかけて関西における学生・若者起業家の実態や起業意識に関するWeb調査を実施した。会議メンバーなどがアンケート送付先を紹介する形で実施した調査の有効回答数が279件、楽天インサイトが保有する関西在住の29歳以下のモニターを対象に実施した調査の有効回答数が600件であり、合わせて900件近い回答を得た。

起業に対する考え方を質問したところ、[図表6]に示すように、「漠然と考えたことはある」が多数を占め、「いつかは起業したいと考えている」が続く。

起業を考える上でのテーマ・キーワードに関する質問では、[図表7]に示すように、「ライフスタイル」と「小売・飲食店舗」が上位を占めている。上述の関西ベンチャー企業を対象に実施した調査では、「医療」「IoT」が上位を占めており、学生や若手は起業の領域として自身にとって身近なところをイメージしているようである。

起業を考えるきっかけとしては、[図表8]の上段に示すように、「インターネット・SNS等の影響」「先輩・後輩・友人・知人等の周囲の人物の影響」という身近な存在が上位を占めている。ただ、「起業済み」「具体的なビジネスプランを持ち起業に向けて活動している」「起業する意思を決定した」を選択した「起業への意識が高い層」をピックアップした場合は、下段に示すように、「自ら事業(イベント)を立ち上げた経験」「社会課題解決をしたいと思ったため」といった自らの体験や問題意識をきっかけとする回答割合が高くなっている。自らの経験や問題意識が起業への意識を高めていることが考えられる。

   
[図表6]若手の起業に対する意識
出所:経済産業省近畿経済産業局『局長記者会見発表資料』2020年2月19日
   
[図表7]起業を考える上でのテーマ・キーワード
出所:経済産業省近畿経済産業局『局長記者会見発表資料』2020年2月19日
   
[図表8]起業を考えるきっかけ
出所:経済産業省近畿経済産業局『局長記者会見発表資料』2020年2月19日
 
 
 
 

関西主要3都市のベンチャー企業の実態

(株)INITIALが提供するデータベースに基づき、2000年1月1日以降に設立された未公開企業またはIPO企業で、2019年1月時点の関西主要3都市(神戸市、京都市、大阪市)に所在するベンチャー企業を抽出した。それによると未公開企業が563社、IPO企業が21社の合計584社が2000年以降の約20年間で設立されているようである。所在地別では、大阪市が380社(65%)、京都市が135社(23%)、神戸市が69社(12%)となっている。関西の主要3都市では、大阪市に所在するベンチャー企業が3分の2と極めて高い比率を占めている。

業種別の構成を見ると、[図表9]に示すように、上位5業種は、コンピュータ(ソフトウェア)の135社(23.1%)、ビジネスサービスの102社(17.5%)、コンピュータ(ITサービス)の96社(16.4%)、消費者向けサービス・販売の71社(12.2%)、バイオテクノロジーの45社(7.7%)となっている。一方、コンピュータ(ハードウェア)、環境関連、金融・保険・不動産関連のベンチャー企業は関西地方では数が少ないようである。

続いて、ベンチャー企業の発生理由による分類に従い、タイプ別の構成を見ることにしよう。[図表10]は、(株)INITIALの分類の定義と、それに基づく集計結果である。ベンチャー業591社について、発生理由別の構成を見ると、465社(78.7%)という8割近くは、特別な発生理由を持たない独立系のベンチャー企業である。大学発ベンチャーが67社(11.3%)と比較的高い比率を占めている点が特徴的である。一方、学生起業は18社(3.0%)と低い水準にとどまっている。

大学発ベンチャー67社について、[図表11]はシーズの発生大学別の内訳(重複回答あり)を示している。関西の主要3都市に所在するベンチャー企業であることを反映して、上位大学は京都大学の29社(36.3%)、大阪大学の16社(20.0%)、神戸大学の6社(7.5%)となっている。名古屋大学のシーズに基づくベンチャー企業が4社、東京大学、九州大学、慶應義塾大学が各1社あるものの、大学発ベンチャーの設立においてはその地域に所在する大学との関連が強いことがうかがえる。

   
[図表9]関西主要3都市におけるベンチャー企業の業種別構成
出所:(株)INITIALのデータベースによる分析結果
   
[図表10] 関西主要3都市におけるベンチャー企業の発生理由別の構成
出所:(株)INITIALのデータベースによる分析結果
   
[図表11] 大学発ベンチャーのシーズの発生大学別の内訳
出所:(株)INITIALのデータベースによる分析結果
 
 
 
 

おわりに

本稿では、関西ベンチャーサポーターズ会議での見える化への取り組みを紹介した。関西のベンチャー企業の立地の変遷を見る限りにおいても、大阪市、京都市、神戸市では集積の状況に各都市で特徴が見られる。また、情報通信業、バイオ・ヘルスケアといった業種別でも集積の状況に特徴が見られる。こうした特徴を踏まえた上でのベンチャー企業支援策のあり方が、今後さらに踏み込むべき重要な検討課題といえよう。

また、残念ながら関西の10代・20代の若者の起業に対する意識は、現状では東京と比べてそれほど高いとはいえないかもしれない。しかし、彼らが果たす役割への期待はますます高まっており、外部メンターやコミュニティ形成のあり方など、若手起業家や起業志望の学生などの支援の方法は今後検討を深めていく必要があろう。

(株)INITIALのデータベースを用いた分析でも、関西においては大学発ベンチャーの位置づけが高いことがわかる。大学発ベンチャーにおいては研究開発上の課題のみならず、事業戦略、財務戦略、人材戦略などを高度なレベルで実践する必要があり、前述した支援施策のあり方や、外部メンターやコミュニティ形成のあり方などについても議論を深めていくことが重要である。

経済産業省近畿経済産業局長の米村猛氏は、雑誌『経済界』の特集「スタートアップ!関西」のインタビューの中で、スタートアップの育成のために、3つの見える化を進めていると語っている。「支援の見える化」「イベントの見える化」「ベンチャーの見える化」の3つである。さらに、米村氏は、今後重点を置きたいところとして、「つながるチャンスの見える化」を進めていきたいと語っている。関西ベンチャーサポーターズ会議での取り組みが、こうした4つの見える化においてリーダーシップを発揮することを期待したい。

*本稿執筆にあたって、図表データの提供など、経済産業省近畿経済産業局と(株)帝国データバンクに大変お世話になりました。記して感謝します。

〈参考文献〉
経済産業省近畿経済産業局(委託先:株式会社帝国データバンク)『平成30年度関西地域におけるベンチャー関連情報の実態把握調査事業報告書』2019年2月
経済産業省近畿経済産業局『局長記者会見発表資料』2020年2月19日。米村猛「スタートアップ育成へ『3つの見える化』」、『経済界』インタビュー、2020年3月号