EVスポーツ車を通して考える、サステナブルな次世代社会

2021年3月25日 12:00 Vol.75
   
前田 謙一郎
ポルシェジャパン(株)執行役員·マーケティングCRM部
Kenichiro Maeda
2001年上智大学経済学部卒業。オランダの現地企業でインターンをした後、ベルギー・ブリュッセルで富士通とトヨタの合弁会社である富士通テン(現・デンソーテン)に入社。08年に日本に戻り、 アウディ・ジャパン、ジャガー・ランドローバー・ジャパンを経て、16年にテスラ・ジャパンに入社し、マーケティングとPRを担当。20年より現職。

「2050カーボンフリー」の達成に向け、EV車の競争は激しさが増している。しかし単にエンジン車がEV車に置き換わっただけでは、サステナブルな訴求は難しい。ストレスのない充電システムや、車も含めたトータルな電力デザインなども重要なポイントだ。自動車業界はいま大きな変革期にあり、発想の転換を余儀なくされている。顧客満足度の高い愛好家を多く抱えるポルシェは、次世代社会におけるブランドをどう位置付けるのか。同社初のEVモデル「タイカン」を通して、ポルシェジャパン(株)執行役員の前田謙一郎氏にビジョンを伺った。

テスラからポルシェに

―前田さんはずっと自動車業界にいらっしゃったのですか。

前田 自動車業界で働くようになって、二十数年になります。私は2001年に大学の経済学部を卒業し、ヨーロッパでインターンをしていたんです。その後、ベルギーのブリュッセルで日系企業に現地採用され5年ほど働いて、2008年に日本に帰国。外資系自動車メーカーの日本法人を経て、テスラ・ジャパンでマーケティングとPRを担当しました。

テスラに移籍したのは、私自身「どうやって自動車を持続可能にしていくか」という課題に興味があったからです。4年ほど在籍した後、2020年の初めに今のポルシェジャパンに移りました。そしてテスラからポルシェに移ったのは、2019年9月にポルシェが初の電動車(EV)として「タイカン」を発表したことがきっかけでした。

前述したように、自動車業界においても社会のサステナビリティや環境保全への対応をできる限り進めていきたいと考えており、タイカンがその大きなきっかけになるのではないかと感じたのです。

テスラは世界中で人気なのに、日本では当時、なかなか受け入れられるのが難しかった。アメリカの新興自動車メーカーということで、品質や安全性を疑問視する声もあり、中にはモータージャーナリストでもそのようなイメージをお持ちの方がいて、私はテスラ時代によく議論していたものです。日本ではまだEVに対して疑問視したり、「伝統と歴史があるメーカーが一番」という考え方が根強いのですね。

その点、ポルシェはブランドイメージがよく、日本人のマインドセットを変えるには適していると思ったのです。こういう会社がEVを発表し、それが売れたら、自動車産業、さらには日本社会全体のEV化につながるインパクトとなるのではないか。そう感じました。実際、来てみたらプロモーションが格段にしやすかったので、その予想は正しかったですね。

もっとも、ここ1年ぐらいのテスラの株価の上がり方はすごくて、グローバルでテスラやEVがますます支持されていることを感じています。

 
 
 
 

ポルシェのDNA

―企業としてのポルシェは、どんな会社なのでしょうか。

前田 ポルシェは1930年代初めにデザイン事務所として創立され、戦後の1948年に最初の車を世に送り出しています。

元々、創業者のフェルディナント・ポルシェ博士が「スポーツカーをつくりたい」という思いで創業した会社で、初めての自社生産車となった「356.001」もレースを前提に開発されたスポーツカーでした。その意味でポルシェの起源はモータースポーツにあるといっていいでしょう。

以後70年以上にわたり、常にモータースポーツに関わりながら、スポーツカーに特化して高性能な市販車を生み出し続け、独自のブランドを構築してきました。

日本でもポルシェのスポーツカーは高いブランドイメージを誇っています。ただ日本では「ラグジュアリー(高級)」というイメージで認知されている面がありますが、これはモータースポーツに勝つために品質や性能を突き詰めていったことで、価格が高くなったまで。それは例えば、イタリア製の上質の革をシートに張ったりといった贅沢によるものではありません。速く走る、正確に曲がる、確実に止まるといった機能を純粋に追求した結果です。その意味でポルシェはスポーツカーに特化した、ミニマルかつストイックなブランドなのです。

ヨーロッパには速度制限のないアウトバーンがあって、時速200kmで走れる環境が日常になっています。そのために高速時にも安定性の高い自動車を求めてポルシェを購入するわけです。

日本ではヨーロッパのような道路環境がない中で、「年配の品の良い紳士が運転する車」といった受け取られ方をされている面もありますが、今後はそこから徐々に本来のスポーティなブランドイメージへと若返りを図らなければいけないと、個人的には思っています。

 
 
 
 

タイカン誕生の意味

―電動車としての「タイカン」は、どんな特徴を持った車なのでしょうか。

前田 一口に電気自動車といっても、その役割はいろいろです。よく「EVはどれも一緒なんでしょう」と言う人がいますが、決してそうではありません。

EVの中でもテスラは自動運転に特化し、社会全体のエネルギーをサステナブルに変えていく役割を背負ったモデルですし、日産リーフは日本や世界の市場にEVを普及させようという、EVの大衆化を目指したモデルです。ポルシェのタイカンは、サステナブルでありながら、モータースポーツの面白さを伝えるスポーツカーとしての強い個性を持っています。

最初に発表された「ポルシェタイカンターボ」は、4ドア・4シーターの大型スポーツサルーンでした。前後に置かれた2基のモーターで4輪を駆動し、最大761馬力を発生します(「ターボS」の場合)。停止状態から時速100kmに達するまでの時間はわずか2.8秒で、最高速は260km/hに達する、高性能なスポーツカーです(同)。

一方では減速時に電力を発生して蓄電する回生ブレーキが搭載され、日常使用の9割のシーンでは油圧式ブレーキを使用せずに減速することができる、エコカーでもあります。

ポルシェ本社のオリバー・ブルーメ会長は「サステナブルなスポーツモビリティをつくることが会社のミッション」と述べています。従来は「スポーツモビリティをつくることがミッション」だったわけですが、最近になってそこに「サステナブル」が加わったわけですね。

圧倒的な加速性能に加え、レースサーキットに出ても安定して曲がり、止まれる走行性能を備えており、アウトバーンのような公道でも安全性が高い。あくまでタイカンのコンセプトは「サステナブルなスポーツカー」なのです。

タイカンについて、従来のポルシェのお客様の反応は2つに分かれています。「やっぱりガソリンエンジンのポルシェが好き」というお客様と、「ポルシェがつくるスポーツカーだったらガソリンでも電気でも関係ない」というお客様です。

タイカンを購入されたオーナーの皆さんのプロフィールも、大きく2つに分かれます。

一方は既にポルシェオーナーで、資金に余裕があり、「ポルシェの新しいスポーツカーだから、どんなものか試してみよう」と、2台目のポルシェとして買われる方。

もう一方は、これまでのポルシェオーナーとはまったく違う層で、テスラなど他のEVに乗ってみたけれども、「もっとスポーティで質の高い車が欲しい」という不満を持って、タイカンを購入された方たちです。

ポルシェというブランドはモータースポーツに特化してきたわけですが、サステナビリティを重視する私としてはその一方で、「レースやスポーツカーも、サステナブルにできないか」という思いも個人としてはありました。

そんなときにポルシェは、ガソリンエンジン車で築いた自らの華やかな過去にとらわれない、新しい形のスポーツカーを発表したわけです。そうした、スポーツカーの専業メーカーでありながら、持続可能な選択肢を提供しようとする姿勢にとても魅力を感じています。

   
渋谷の「MIYASHITA PARK」にて、タイカンのスペシャルポップアップが2020年9月19日から27日まで行われた。この新生・宮下公園とのコラボレーションでは、サステナビリティがテーマとなった
 
 
 
 

コスト負担の大きい充電インフラ

―加速や走行性能はいいとして、航続可能距離や充電時間については問題ありませんか。

前田 EVというと航続可能距離の短さや充電設備の少なさを気にする方が多いのですが、タイカンについてはその心配はほとんどありません。

まず航続距離ですが、タイカンの駆動用バッテリーは容量93kWhと大型で、充電1回あたりの航続可能距離は、乗り方にもよりますが約400kmとなっています。

充電については、日本国内の充電規格であるCHAdeMO(チャデモ)に対応しているので、すでに設置されている公共の充電ステーションも利用できる上、タイカンには自宅で使用できる充電器「ポルシェモバイルチャージャー」がセットで付いており、ガレージに置いておけば一晩でほぼフル充電することができます。

さらにポルシェ独自の急速充電ネットワーク「ポルシェターボチャージャー」も使えます。ターボチャージャーは150kWの出力を持ち、タイカンの車載バッテリーを約30分で80%まで充電できます。2021年2月の時点で、全国44カ所のポルシェ販売店のほとんどに設置されています。こうした独自の充電インフラを整備しているのは、日本ではテスラとポルシェしかありません。

―日本メーカー製のEVに比べても、航続距離や充電で優位性があるわけですね。

前田 公共の充電ステーションしか使えない場合、仮に長距離ドライブで高速道路のサービスエリアで充電しようとしたとき、前にEVが3台並んでいたら、充電のためだけに1時間待つ、といったことになりかねません。

タイカンは公共の充電ステーションのほか、自宅で充電でき、さらに独自の充電施設ネットワークを用意しているので、ユーザーにとって充電のオプションが豊富なのです。基本的には自宅で駐車中に充電し、遠出したときには公共の充電施設を使うか、ターボチャージャーを使って急速充電する。そういう使い方を想定しています。

都内のマンションなどにお住まいで、ガレージにモバイルチャージャーをつけられない場合は、お近くのポルシェディーラーか公共充電施設で充電する必要があります。現状では自宅で充電できる方とそうでない方が、半分半分ぐらいですね。

今後は販売店以外にも、東京、大阪、名古屋などの大都市や、ホテルやゴルフ場などドライブの目的地となる場所に順次、ポルシェオーナーであれば無償で利用可能な充電設備を配備していく予定です。

ただターボチャージャーは高圧で充電する設備のため、設置には1基あたり数千万円の投資が必要です。民間企業が独自に充電ネットワークを維持するのは簡単ではなく、政府が本気でEV化を進めるのであれば、もっと充電施設への補助をお願いしたいところですね。

   
ポルシェ正規販売店での充電の様子。独自の急速充電ネットワーク「ポルシェターボチャージャー」は、国内44拠点すべてに設置される予定
 
 
 
 

「体験すること」の大切さ

―日本でのポルシェ、そしてEVのイメージを変えていくために、心がけているのはどんな点ですか。

前田 ポルシェもEVもまず「体験していただくこと」が重要と考えています。

タイカンに関して最初に行ったパブリシティは、メディア関係の人たちに試乗してもらうことでした。

電気自動車は従来のガソリンエンジン車と、いろいろな点で挙動が違います。タイカンの場合もまず「乗って体験してもらうこと」が第一のプロモーションと考えました。

タイカンの音は静かで、加速も滑らかです。その一方で従来のEVとは次元の違うスポーツカーでもあります。これまでモータージャーナリストの人たちがEVに対して抱いている思い込みとはまったく違った存在なのだということを、実際に体験して肌で感じてもらうことが大切です。

2020年後半ぐらいからは、トラフィックの多い東京の渋谷、原宿などの商業施設に期間限定でポップアップストアを出し、幅広い人に車を見てもらう試みを続けています。

ポルシェに限らず、今までの自動車業界は潤沢な予算を投じてTVCMやシネマアド、新聞広告などを大々的に打って、それによって認知度を上げ、車を買うだけの資金を持った方にディーラーに来ていただく、という形のマーケティングモデルでした。

これまではそれでよかったわけですが、今はデジタルとインターネットの時代です。

アップルなどは実店舗のアップルストアを展開し、そこに来場された方たちにiPadやiPhoneをリアルで体験していただいて、その中で製品を気に入った人たちが、家に戻ってからネットで「ポチッ」とクリックして購入する―という形の体験型マーケティングを行っています。

私は自動車の販売も、今後は同様の体験型が主になっていくと見ています。

まずは商品を体験していただくこと。そのためにはこれまでのように販売店で待ち構えているのではなくて、未来のユーザーさんがいるエリアにこちらから出ていって、そこで車を見て、触って、体験していただく。そこから新たな顧客層が生まれてくると考えます。

2020年7月から有明の「東武有明フィールド」に、ポルシェとして日本初のポップアップストア「Porsche NOW Tokyo」が期間限定でオープンしています。タイカンなどポルシェの実車に触れられるほか、動くシートとVRゴーグルを使って、ル・マン24時間レースやタイカンの実走行の体感もできます。

同年9月には、渋谷の新たなカルチャースポットとしてその前月にオープンしたばかりの新生、「MIYASHITA PARK」とコラボレーションし、「タイカンスペシャルポップアップ」を1週間ほど実施。12月には11日間の「ポルシェタイカンポップアップ原宿」を行っています。これまでポルシェの車を間近で見たことがなかった人たちに、ポルシェとタイカンを知っていただくためのキャンペーンです。

試乗会では若い人たちも参加されていますが、そうすると「やっぱりすごい!」という反応があります。

ポルシェの車は、実際に乗ってみないとわからない良さがあります。しかしこれまでは、販売店のハードルが高いというイメージがありました。たとえ買うことはできなくても、若い人たちがポルシェの車を「体験」し、驚きと憧れが広がれば、今後のポルシェの可能性を考えたとき、非常に望ましいことです。そのときに抱いた憧れが10年後、20年後に結実して、ポルシェユーザーになってくださる方が必ずいますから。

   
渋谷での開催に続いて、原宿の商業施設「Jing(ジング)」で、ポップアップストアを2020年12月8日から19日まで実施。建物の外には赤いタイカンターボSが置かれていた
 
 
 
 

自動車の大変革期が始まっている

―前田さんは日本の自動車産業の現状に危機感を抱いているようですね。

前田 日本は世界の中でもEV化の動きの遅れが目立っています。例えば中国は国策としてEV化を進めていますが、そこには現在のガソリンエンジンからEVへの過渡期をチャンスと捉えて、トヨタや日産といった日本の自動車メーカーを打ち負かしてしまおうという狙いが込められています。

ヨーロッパでもディーゼルエンジンの不正問題をきっかけに、各国が一気に自動車の電動化にシフトしています。フェラーリやランボルギーニは別として、イギリスもドイツも、どのメーカーもEV化を進めていますし、アメリカもバイデン政権になってパリ協定に復帰し、「郵便用や政府所有のものなど全国で60万台の公用車をすべてEVにする」と言っています。

一方の日本は国内の自動車メーカーが強いこともあって、自動車のEV化についてもやや後ろ向きというか、「日本の電力は火力発電の割合が80%だから、EVといっても、車でガソリンを燃やす代わりに、発電所で石炭やガスを燃やしているだけ」といった議論がされていますね。確かにそういった面もあるものの、やはり非常に保守的と感じます。

日系自動車メーカーの多くは、形の上ではEVは出しているけれども、話を聞くとほとんど売れていない。おそらく本気で売る気がないのでしょう。CSR的に「うちでも出していますよ」と取り繕うために発売だけして、お茶を濁している。そういった姿勢には問題意識を感じます。「プリウスの燃費がリッター30kmから40kmに向上した」などと言っていますが、世界全体ではもうゲームのルールが大きくチェンジしているんです。

―EV化により、社会における車の役割も変わっていくとお考えでしょうか。

前田 私の世代ぐらいまでは、車はまだステータスという位置付けであったと思います。しかし今の若い世代では、そうした感覚は明らかに変わってきています。

もちろん「車が大好き」という人も一部にはいますが、ほとんどの人は今後「自動車は移動手段の一つ」と見なすようになっていくでしょう。つまり「環境に優しく、安価で、安全で、シェアリングできる車」を望む人が80%を占め、それでもスポーツカーに乗りたいという人は20%ほどになっていく。そうなると自動車の価値や役割も大きく変わっていかざるを得ません。

日本の自動車メーカーは「いかに欧米に対抗して、安くて安全で性能のいい車をつくるか」を追求し、トップランナーになりましたが、EV化により社会における自動車のポジションが大きく揺らぐ中、「これから自分たちはどこに進めばいいのか」と迷っているのでしょう。

日本人はリファインすること、改善することは得意で、ビジョンや命題が与えられているときには力を発揮します。一方、ビジョンを創るとか、これまでになかったビジョンに対応することは苦手で、今のような変革期には、既存の大企業は迅速な方向転換ができていないように見えます。

私はテスラにいたとき、EVの大市場である中国によく出張で行っていたのですが、彼らはハングリーでアグレッシブで、向上心がすごい。リーダーシップ研修などでは、ものすごい勢いで発言しようとします。みんな普通に英語が話せますし、「これは日本は負けるな。このままだと国際競争力がなくなるな」と感じたものです。

若い人たちにもぜひ、こうした現状についてわかってほしいと思います。私はこれまで母校の上智大学で何度か講演していますが、最近では「電動化が与えるインパクトと今後の自動車業界について」と題して講演を行いました。ポルシェジャパンとしても、今の日本の消費者のマインドを大きく変えるようなメッセージを打ち出していきたいですね。

   

 
 
 
 

ポルシェと自動車の未来

―日本の「平等思考」は、ともすると「軽自動車もポルシェも同じほうを向く」という思い込みにつながってしまいます。特に趣味性の高い領域でそれぞれの方向を歩むほうが、むしろハッピーなのでは、という気もします。

前田 おっしゃるとおり、「車などなんでもいい」という人がいる一方で、車の運転やデザインが好きで自己欲求を満たすため「車を買う」「ポルシェに乗る」という人も多くいらっしゃいます。

私たちとしてはそうした中で、プロダクトのストーリー、意味性を生かしながらマーケティングを展開していきたいと考えています。全体としての最適解を求めるより、「サステナブル」「スポーツカーの歴史」というように、プロダクト、ブランドの後ろにストーリーがあることが、とりわけポルシェのようなブランドにおいては重要だと、最近強く感じています。そういった物語がないと、これからは人がついてきてくれないでしょう。

例えばポルシェ911の後ろにあるのは、「ル・マンで何度も優勝している」とか「俳優のスティーブ・マックイーンが乗っていた」といった歴史的な事実です。しかしそういったストーリーが今の若い人にとって、果たしてどれほどの意味があるのか。今は「レースって何だっけ?」という時代ですから。

その意味ではポルシェは、自らのブランドの価値を再定義しなくてはならないでしょう。そしてその目的のために一番ふさわしい車が、タイカンなのです。

私の息子は12歳ですが、私が911に乗って家に帰ると「うるさくてヤンキーみたい!」と言います。これがタイカンやテスラだと「かっこいい。これで迎えに来てほしい」となるんですよ。「エンジンがブルンブルンうるさい車に乗るのは、悪い人」と思っているんです。

ポルシェはこれまでそういう層は取り込めていなかったわけですが、これからはそういう人たちも大切にしないといけない。一方で、歴史と経験に裏打ちされたポルシェのアイコニックなスポーツカーである911や、以前からのポルシェファンも大切なお客様で大事にしないといけない。難しいことではありますが、うまくブランディングして、両方を取り込んでいかなければなりません。

タイカンのようにゼロエミッションで速い車があったら、みんながハッピーになれるわけです。うちの息子にも、サステナブルであることに満足すると同時に、いずれは「乗る楽しさ」も感じてほしいですね。

―タイカンはポルシェのイメージチェンジのメルクマール。いわば「未来社会とポルシェをつなぐ車」だということですね。

前田 ええ、そのとおりです。911で作り上げたブランドを、いかに次の世代にブリッジしていくか。ポルシェはタイカンがあることで、プロダクトマーケティング的には非常にいい状況にあります。こうしたプロダクトを持たず、ブランド価値を未来にブリッジできない自動車メーカーは、今後淘汰されていくでしょう。

―ポルシェがEVモデルを出したことで、日本のメーカーにも一つの目標ができたのではありませんか

前田 それはあると思いますね。ポルシェがEVを出すことで、日本の自動車メーカーも何か新しい方向性を目指してくれるんじゃないかと願っています。

―今後のタイカンやポルシェの活動の予定について、お聞かせください。

前田 ポルシェジャパンとしては現在、今年の晩夏に千葉県の木更津市でオープンする予定の「ポルシェエクスペリエンスセンター東京」に注力しています。911やパナメーラ、カイエン、タイカンなどを走らせることのできる1周2.1kmのクローズドコースを有し、オフロードコースもある体験型の施設で、投資総額は数十億円にも達しました。

私たちにとって「体験してもらう」ことは、それだけ大切なミッションなのです。

ポルシェの良さはやはり走行性能で、それをわかってもらうためにはサーキットで乗ってもらうことが一番。実際にサーキットをテスラと並んで走ってみると、タイカンだったら時速50kmで楽に回れるコーナーでも、テスラでは車体がミシミシいったりします。どちらがいいというわけではありませんが、やはり違う製品なんですね。車の限界を試せるような場所で乗ってもらえれば、タイカンの良さは絶対わかってもらえると思っています。

ポルシェエクスペリエンスセンター東京にはレストランなども併設し、ポルシェオーナーだけでなく、多くの人がポルシェを体験できる施設になる予定です。企業のコーポレートプログラムに使ったり、地元の人にも参加していただけるようなイベントも考えています。羽田・成田空港からも近いので、COVID19の影響が収まれば、日本人だけではなく海外からも多くのお客様が集まるでしょう。

ポルシェのDNAであるモータースポーツについても、911を使って、鈴鹿などで年間8レース程度の開催を続けていきますし、2019年からはバーチャル世界のeスポーツとして、「ポルシェEスポーツレーシングジャパン」も開催しています。

こうした催しを通じて学生の皆さんなど、まだ車に触れたことのない若い人たちにもぜひレースや車に乗る楽しさを体験していただき、次の世代にその楽しさを伝えていきたいと願っています。