カルチャーとWeb3をつなぐコミュニティ

2023年4月11日 15:31 Vol.83
   
金山 淳吾
一般財団法人渋谷区観光協会代表理事
Jungo Kanayama
大学卒業後、電通入社。退社後、小林武史が代表を務める烏龍舎等を経て、クリエイティブアトリエ「TNZQ」を設立。 「クライアントは社会課題」というスタンスから、さまざまなクリエイター、デザイナー、アーティストと企業とを連携し、社会課題解決型のクリエイティブプロジェクトを推進。2016年より現職。渋谷区の観光戦略・事業を牽引し、渋谷区をステージに幅広いプロジェクトのプロデュースを手がける。

Web3を新たなコミュニケーションツールとして、地域活性化に役立てたいと考える自治体が増えてきた。中でも、いち早く多彩な企画を打ち出している渋谷区の取り組みが注目を集める。人々が出会う場としての街づくりは、テクノロジーの進歩によってどう変化するのか。渋谷区の仕掛け人の一人に話をうかがうことにした。
text: Masaki Nozawa photograph: Kentaro Kase

 
 
 
 

渋谷をカルチャーで底上げしたい

―金山さんは、プランニング会社も経営され、コンテンツづくりの豊富な実績をお持ちとのこと。クリエイティブの仕事を始められたきっかけから、教えていただけますか。

金山 2001年に大学新卒で電通に入社しました。その頃は民放各局がBS 放送局を新設し、衛星放送事業に大きな期待が寄せられており、私もメディアコンテンツ部門に配属され、主にBS、CSといった衛星放送を担当したのです。ところが地上波TVと比べると、当時のBSはまだキラーコンテンツや視聴者が少なく、広告収入をメーンとするビジネスモデルが成り立ちにくかった。

そこで新しいコンテンツを立ち上げ、それをコアにした副次的なビジネスで、不足する収入をカバーすることに挑戦しました。例えばTV番組と出版、イベントなどをメディアミックスで連動させ、顧客層を広げていくといった方法です。僕自身がスポーツや音楽、アートにもとても関心があったので、そうしたジャンルのコンテンツづくりに力を入れていました。

―スポーツや音楽、アートといった領域なら、確かに人数は少なくても、コアなファンが獲得できそうですね。2010年に電通を退職された後は、どのような仕事を始められたのですか。

金山 電通時代に、多くのアーティストの方々とお付き合いができた中、My Little Lover、Mr.Childrenのプロデュースなどで有名な音楽プロデューサーの小林武史さんに誘われまして、小林さんが代表を務める音楽・映像制作会社の烏龍舎に転職しました。音楽コンテンツの制作だけでなく、小林さんのほかの会社、ap bankやKURKKUの経営にも携わり、直営農場から有機原料を調達する循環型サプライチェーンを構築したことなどもあります。

電通にいたときのコンテンツづくりは、あくまでも放送局のサポートでしたが、烏龍舎では自分たちがつくりたいコンテンツをつくれるので、やりがいが違いましたね。そうした経験に基づいて2015年に独立し、自分でプランニング会社を立ち上げたというわけです。

―渋谷区観光協会代表理事への就任は2016年なので、独立された後ですよね。どのようなきっかけで、渋谷区の観光事業に関わることになったのでしょうか。

金山 同じく広告業界出身の長谷部健・渋谷区長と交流があり、独立後、当時、渋谷区議会議員で区長選への出馬を表明していた長谷部さんから、街づくりを一緒にやらないかと声をかけてもらいました。具体的には、渋谷区が観光事業のため、2012年に外郭団体として立ち上げた「渋谷区観光協会を再編・強化して、プランニングもできる組織にしたい」というオファーでした。

せっかくのお声がけだったので、「兼職でもよければ」と、代表理事のポストをお引き受けすることに。2018年には、観光協会として観光資源や文化事業のプロデュースをするのとは別に、渋谷未来デザインという渋谷区の都市デザインの外郭団体の設立にも参画しました。

―渋谷区の観光事業をお引き受けになった決め手は、何だったのですか。

金山 実は、僕自身もクリエイティブの世界に身を置いてきた中で、渋谷の“ 文化力の低下”に課題意識を抱いていました。

音楽の「渋谷系」や「渋カジ」「109系のギャルファッション」のように、かつて渋谷はさまざまなポップカルチャーやストリートカルチャーを生み出しました。しかし、最近ではそうした活力を、失いつつあるように感じていたのです。 

僕自身は、アーティストやクリエイターにはなれませんが、カルチャーの担い手を集めることならできる。渋谷を「カルチャーのインキュベーションシティ」として、もう一度輝かせていくお手伝いが少しでもできれば、と考えました。

―金山さんは、個人的に渋谷区とどのようなつながりがありましたか。

金山 実をいうと、若い頃は渋谷とそれほど接点はありませんでした。僕は生まれも育ちも神奈川県で、海っ子なんですよ(笑)。高校のとき、シンガポールに移住していた時期がありますが、それ以外はずっと神奈川暮らし。電通に勤めていたときも、鎌倉の実家から通っていました。それが烏龍舎に転職してから神宮前に引っ越して、僕も“ 渋谷区民”に。そこで子どもも生まれました。つまり、うちの子どもたちは「渋谷生まれの渋谷育ち」というわけです。

―ご家族と一緒に渋谷区にお住まいであれば、思い入れがひとしおなのもわかります。

金山 渋谷区のカルチャーの復興については、子どもの存在が大きいですね。我が家の子どもを含め、渋谷区の子どもたちに「渋谷が故郷でよかった」と実感してもらいたい。渋谷は全国的に有名な高級住宅地が多く、今でも住宅地として人気が高い。そこに住むことは“ 成功者の証し”、ステータスシンボルと捉えられることもある。しかし、そうした新顔の住民は、渋谷区への帰属意識が希薄です。

ブランド価値があるとか、便利だといったことだけで渋谷区に住むのは、僕自身あまりにも“ 刹那的”だと感じてしまい、「渋谷区民であるというプライドを持てることが重要だ」と考えるようになりました。そして、このシビックプライドの源泉となるのが、地域のカルチャーなんですね。それが渋谷区民の帰属意識を高め、渋谷区の子どもたちの「将来、地域に貢献したい」という意欲を育むと考えています。

 
 
 
 

渋谷をカンヌに。
カルチャーの聖地としての観光戦略

―地域活性化の起爆剤として、金山さんが“カルチャー”にこだわる理由は何でしょうか。

金山 カルチャーであれば、世代を超えてずっと残ります。その地域の歴史的な資産になるからです。

僕は電通時代、TVのコンテンツづくりに携わっていたわけですが、一時期脚光を浴びても、長くは続かない場合が少なくありません。すべてのTVコンテンツがそうというわけではないものの、なかなかカルチャーとして定着しにくい。それに比べて、アートや映画や音楽はどうでしょうか。現代のファンに愛され続けている往年の名画や名作、名曲は、カルチャーとして後世に受け継がれていきます。また地域に根付いて、特色を十分に生かした象徴的なカルチャーもあると思います。

―なるほど。だから地域文化は、有力な観光資源にもなりえるわけですね。長谷部区長も、「国際観光都市」を目指してらっしゃるようですが、渋谷が海外からも観光客を集められるようになるには、何が必要でしょうか。

金山 端的にいえば、あるカルチャーのジャンルで、世界的な“ 聖地”になればいいと考えています。聖地なら、渋谷のような小さな街でも世界中から集客することも可能でしょう。それを契機として、海外から企業や人材を集めることもできるのです。

これまでの渋谷は、トレンドの最先端を走ってはいたものの、短い周期で入れ替わる、その波に翻弄されてきた気がします。これからの渋谷は、カルチャーをつくり出す震源地を目指すべきでしょう。渋谷の再開発を推進するデベロッパーは、新たなカルチャーを発信する舞台装置を考案することが重要だと思います。

例えば、1980年代以降にギャル系ファッションがブレイクし、またその店舗を渋谷の商業ビルが誘致したことで、渋谷には感度の高い若者が集まるようになりました。それが渋谷系の音楽カルチャーへと連鎖し、IT系のスタートアップ企業も引き寄せ、現在のIT産業の一大集積地「ビットバレー」を形成するようになったのだとみています。新しいカルチャーが新しい産業にもリンクする、そうした好循環をつくり出すべきでしょう。

―カルチャーの聖地をイメージするために、具体例を挙げていただけますか。

金山 外国の例だと、フランスのカンヌがわかりやすいかもしれません。カンヌは小さなリゾート都市ですが、「カンヌ国際映画祭」の時期には、世界中から大勢の映画人が集まってくる。米国のオースティンも、音楽祭や映画祭などを組み合わせた巨大イベント「サウス・バイ・サウスウエスト」が開かれるシーズンは、小さな町が人で溢れ返ります。

イタリアのミラノでは毎春、「ミラノサローネ」という世界最大規模のインテリアの国際見本市が開かれ、世界中からインテリアビジネスに関わる人たちが集結します。そうした都市は、30年がかりで、聖地としての街づくりを行ってきました。渋谷も、聖地になるための種蒔きを今から始めておく必要がありますね。

―最近の渋谷のビッグイベントといえば、ハロウィンの人混みを思い出します。金山さんがおっしゃるように、イベント時期に人が集まる聖地になることも、地域活性化や最終的には産業育成に貢献するでしょう。しかし一過性の集客よりも、文化施設を誘致するといった方法のほうが、地域に根を張る人を集めやすい気もしますが。

金山 僕はまず、渋谷が「大勢の人が集う場所」になればいいと考えています。だから“ 聖地”でいいわけです。必ずしも、渋谷に定着する人を増やさなくても構わない。

例えば海外の聖地を見ても、カンヌには映画会社も撮影スタジオもありません。渋谷も同じように、イベントの会場になればいい。固定施設は必要ありません。それには理由があって、カルチャーのイノベーションを起こして新しい聖地になるには、トレンドリーダーである若者をできるだけ集めなければならないからです。

ところが、渋谷はブランド化に伴って住宅地の地価やオフィスの家賃が上がって、若者が定着しにくい街になってしまった。そこで、イベントなどで多様な若者たちを外から引き寄せる機会をなるべく増やすことが肝心なのです。

―なるほど。渋谷が「セレブリティだけの街」になってしまったら、成長が止まってしまうかもしれませんね。お金はないが可能性のある「若者が集まりやすい場所づくり」というコンセプトには共感します。渋谷が国際的な聖地になるとして、どんなジャンルの聖地がふさわしいと、考えていらっしゃいますか。

金山 若者に人気のサブカルチャーやポップカルチャーといったジャンルが、適しているのではないでしょうか。日本のアニメーションやTVゲームは海外でも評価が高く、とりわけ外国の若者にも浸透していますからね。渋谷は、そうしたアニメやゲームの舞台としてもよく登場するので“ 聖地”にふさわしいといえます。アニメやゲームはデジタルコンテンツとの親和性も高く、Web3の発展も見込むと、将来性が大いに期待できると思っています。

 
 
 
 

Web3とカルチャーをつなぐコミュニティ拠点に

―デジタルコンテンツとも関わりますが、2018年から毎年、渋谷で開催されている「ソーシャルイノベーションウィーク渋谷(以下SIW)」も、金山さんが音頭を取ってスタートしたと伺いました。SIWは、街づくりや文化創発といった「ソーシャルアイデア」を集めた国内最大級の都市フェスティバルで、渋谷区と関係がなくても参加できるそうですね。渋谷が「ソーシャルアイデアの聖地」になるための、基盤づくりの一環と考えてもいいのでしょうか。

金山 そう捉えていただいて、結構です。僕は、地域ごとに個性的なカルチャーを育成すべきだと考えていますが、残念ながらすべての地域が聖地になれるわけではありません。

その点、渋谷は聖地となりえる巨大なポテンシャルを秘めています。今後はソーシャルアイデアやポップカルチャーも、デジタルとの関わりをもっと深めていくはず。ネットの世界も、Web3へのシフトを加速させていくでしょう。そうした中で、渋谷は「Web3の可能性開拓基地になる」といった方向性も、考えられます。

―それは壮大なプランですね。ただし、ITの国際的な主導権争いは、熾烈を極めています。そうした中で、渋谷がWeb3の可能性開拓基地になるのは、ハードルが高そうな気もします。どうやってチャンスをつかむべきでしょうか。

金山 現在、考えているのは米国のEmpireDAOのような拠点を、渋谷にも開設することです。EmpireDAOはニューヨークにある、ビル1棟を丸ごとWeb3スタートアップ専用のコ・ワーキングスペースにした施設ですが、ブロックチェーン技術を活用した、さまざまな新しいサービスをテストしています。例えば、トークン(暗号資産)で本やコーヒーを買うこともできるし、クラウドファンディングで新型の店舗をオープンし、出資者は優先的に買い物ができるといった取り組みも行っています。

そうした施設は、シンガポールなどにも見られますが、日本にはまだ目立った成功事例はありません。早くつくらなければ、Web3を活用したビジネスチャンスを逃してしまう。日本政府も優遇税制創設を検討するなどして流れをキャッチアップし、早期に行政とデベロッパー、企業などを巻き込み、Web3ビジネス拠点都市としてのロールモデルを具現化してほしいです。

―渋谷に新設されるWeb3の情報発信基地は、具体的にどんな施設になりそうですか。

金山 まだ構想段階ですが、僕は「Web3エンジニアとクリエイターのコミュニティ」を駅前を拠点に形成できればと思っています。例えば今の渋谷は、大勢のITエンジニアやクリエイター、デザイナーが集まっているのに、会社が違うと、同じビルで働いていてもお互いに全く知らないというケースが多い。コロナ禍でリモートワークが普及してから、そうした傾向がいっそう強まりました。エンジニアが会社や職場の垣根を越えて、個人と個人でつながる場を設けたい。

音楽業界の話ですが、1980~90年代は、渋谷のレコードショップが新しい音楽コンテンツのインキュベーターでした。音楽に精通したカリスマ店員がいて、ミュージシャンの卵や若い音楽ファンが集うコミュニティが形成されていた。そうしたコミュニティから、大勢のプロのミュージシャンが羽ばたき、ショップを介してミュージシャン同士が出会い、ユニットを結成する例もよくあったのです。デジタルクリエイター同士をつなぎ、Web3の新しいカルチャーを育むコミュニティを、渋谷に再生したいですね。

   
「アイデアと触れ合う、渋谷の6日間。」と題して行われた「SOCIAL INNOVATION WEEK SHIBUYA 2022」。オープニングセッションでは、「クリエイティビティはどこからやってくるのか?」をテーマに、音楽家でap bank代表理事の小林武史さん、長谷部健渋谷区長を交えてトークが展開された。写真提供:一般社団法人渋谷未来デザイン

―ITエンジニアであれば、「デジタルのコミュニケーションツールでつながればいい」と、考える人が多いのではないでしょうか。リアルでつながる場がなぜ必要なのですか。

金山 コミュニケーションはどんどんデジタルで充足できるようになっていますが、実は、リアルの出会いや触れ合いがないとイノベーションは起こりにくいのです。バーチャルのコミュニティは趣味・嗜好が似ていて、気の合うメンバーが集まるので同質化しやすい。

それに対して、リアルのコミュニティには異分子が入ってきて、予期せぬ事態に遭遇することがよくあります。いつも一緒に仕事をしているメンバーではなく、環境が全く違う異業種の人との交流のほうがお互いに刺激を受けられ、新しい発想も生まれやすい。それでイノベーションを起こすには、リアルに人が集まる社交の場が不可欠なのです。渋谷は社交の場としても日本最大級。そうした地の利を生かさない手はありません。

―なるほど。リアルのコミュニティが重要なことはよくわかりました。一方で、渋谷区は、新しい観光資源として“バーチャル”のコンテンツづくりにも、力を入れています。

金山 そうなんですよ。SIWがきっかけで2018年からプロジェクトが始まりました。アイデアとしては「ポケモンGO」のようなAR(拡張現実)がベースになっていて、例えばスマートグラスやイヤホンを使って、空中に浮かんでいるスクリーンで個人に最適化された広告を視聴したり、遠隔地で行われているライブを渋谷公会堂にいながら体感できたりといったもの。SFの映画やドラマによく登場するような、東京の未来予想図を想像してもらえばいいでしょう。

具体化した事例としては、渋谷の街を回遊してARの宝探しをするとか、住宅や店舗などの複合施設・渋谷キャストの広場をAR美術館に仕立てるとかいったイベントを実施しました。

   

 
 
 
 

渋谷を舞台にした、リアルとバーチャルの世界

―渋谷の街って、確かに近未来の東京の風景にマッチしそうです。

金山 はい、人気の漫画・アニメ『攻殻機動隊』ともコラボレーションし、渋谷に行けば「攻殻機動隊のARのキャラクターにも出合える」といったイベントを、企画したこともあります。

2020年には、渋谷区公認のVR(仮想現実)空間の配信プラットフォーム「バーチャル渋谷」を立ち上げました。当初はARをベースに考えていましたが、コロナ禍になって渋谷で人を集めるイベントが開けなくなり、VRに切り替えたのです。配信プラットフォームは、将来的にVRとARを統合する形態になると予想しています。

―バーチャル渋谷は、グローバルに見ても、先進事例だそうですね。

金山 当時は、メタバースの概念もあまり普及していなかったので、おかげさまで注目されました。VR 空間の活用は大きな可能性があると考えていて、例えば、VRの渋谷でハロウィンのイベントを開催する構想も持ち上がっています。

ご存じのように渋谷区では、リアルのハロウィンが騒音やゴミの散乱といった社会問題を引き起こしているわけですが、VRのハロウィンに若者を誘導できれば、リアルの来場者が分散され、混雑緩和も期待できます。それにリアルのハロウィンは1日限定ですが、VRのハロウィンは一定期間の開催が可能なので、企業などからの協賛も得やすい。VRのイベントの収入をハロウィン後の渋谷の清掃費に充てる、といったシナリオも考えられます。

―VRのハロウィンとは興味深いです。VRであれば、世界中から大勢の観光客が押し寄せても、大丈夫ということですね。

金山 おっしゃる通りです。VR の渋谷というコンテンツは、Web3を生かした国際的な観光資源になりえます。例えば「渋谷のスクランブル交差点」は、今や世界的なランドスケープになっていますから。VRやARのキャンバスとしても価値は高いはずです。僕は、Web3の国際フォーラム「NFT Summit Tokyo」でも提言したのですが、渋谷をコンテンツIP の“ 二次創作の聖地”にすればいいとも考えているんですね。

   
日本のWeb3活性化のため、国内外の有識者による議論を通して企業の成長につなげる「NFT Summit Tokyo」。2022年3月の第1回目は渋谷で開催。3カ月に1度、定期的に実施されている

―二次創作の聖地とは、どういうことでしょうか。

金山 二次創作といっても、いわゆるパクリのことではありません。原典をベースに、派生的に創作されるコンテンツのことです。ポップカルチャーもゼロベースから新しいコンテンツを生み出すのは至難の業。それに比べて、既存のコンテンツとのコラボレーションのほうがハードルは低いわけです。過去のコンテンツを発掘してリメイクすれば、次世代に橋渡しすることもできます。

渋谷は、すでに『呪術廻戦』『東京リベンジャーズ』といった、さまざまな漫画やアニメの舞台にもなっている。具体例としては、米国の人気漫画・映画シリーズ『アベンジャーズ』のファンコミュニティサイトで、VRの渋谷がPRに使用されたこともあります。つまり、VRの渋谷は映画やアニメなどの“ロケ地”としても有望ということ。クリエイターや協賛企業をうまく巻き込んで、観光資源として育成すれば、大きな経済波及効果をもたらすかもしれません。

―確かに。渋谷に初音ミクのVRのプラットフォームなどつくってほしいですね。それでは“ 新しい渋谷”とともに、“ 昔からある渋谷”についても考えてみたいのですが、渋谷区には新しく富裕層が流入してくる一方、昔からの渋谷区民もいるわけです。双方に価値観の違いもある気がしますが、新旧の渋谷は共存できるのでしょうか。

金山 共存できるはずです。僕はよく、「未来とは、変わるものと変わらないものの総和」という説明をしています。つまり、渋谷の正しい未来予想図には新しい風景とともに、今ある街のランドマークも描かれていなければならない。

例えば、渋谷駅前は再開発で見違えるほど変わっていますが、明治神宮の佇まいは将来も変わることはないでしょう。時代に合わせて街はリニューアルしていくべきですが、歴史的な資産は残して調和を図る。それが渋谷区の観光資源のシナジーを発揮させ、地域の経済価値を高めるメソッドだと考えます。当協会としても、新旧の観光資源の共存をサポートしていくつもりです。

―よくわかりました。ところで、渋谷はビットバレーと呼ばれるように日本有数のIT 産業の集積地でもあり、日本を代表するITサービス大手が本社を構えています。そうしたIT企業と、渋谷区の観光事業やWeb3ビジネスはシナジーを追求できるでしょうか。

金山 地域文化の振興といった点では、例えば渋谷区の小・中学生のプログラミング教育を支援する「キッズバレー」というプロジェクトに、ビットバレーの企業にも協賛していただいています。渋谷区のIT 産業は、ITリテラシーの高い渋谷区民の育成にも寄与しているわけです。

   
課題解決型学習「キッズバレー」の様子。GMOインターネットグループが、笹塚小学校の6年生を対象に行った「15年後の街の中心となる笹塚小学校」(2023年1月20日)
   
MIXIが、原宿外苑中学校の1年生を対象に行った「MIXIブロックアイランド」(2023年2月13日)

―特定の産業を集積・強化して経済力を高め、住民も呼び込むという地域活性化のスキームもありますが、渋谷区はどのような取り組みをされますか。

金山 渋谷区の年間予算額からすると、アイデアと情熱で盛り立てていくカルチャーを優先させるのが適していると思います。地道に地域文化を育み、それを基盤にしてさまざまな産業振興につなげたほうが、区民は豊かになれると考えます。例えば、渋谷区の商業地は全国有数の商業集積地なのですが、今は全国チェーン店などが多い状況です。

しかし渋谷ならではのカルチャーが育てば、それに合わせて区外から大勢のファンも集まってくるはず。そうすれば、ファンのたまり場になるような“ 渋谷らしい” 個性的な店舗も増え、集客力もアップしていく。結果として、渋谷の商業地も観光資源に成長していくわけです。僕は、自治体の地域振興策の一丁目一番地は「カルチャーを圧倒的なコアコンピタンスにすること」だと考えています。渋谷区の取り組みで、それをぜひ証明したいですね。

一般財団法人渋谷区観光協会