エネルギーの安定供給とカーボンフリー

2024年1月26日 11:00 Vol.86
   
島田 勇一
株式会社JERA広報部部長
Yuichi Shimada
1995年中部電力入社。資材調達部門や国際事業部門(主に海外発電事業)を経て、燃料部門でLNG関連業務を長らく担当。カタール、オーストラリアでの駐在経験と第1世代の米国LNGプロジェクトであるフリーポートLNGの開発経験を合わせ、現在の3大LNG生産国に精通。2021年より現職。発電部門と燃料部門の両部門での勤務経験を有するJERAでは数少ない社員の一人として、JERAのブランディング、メディア対応全般を総括。

エネルギー価格の高騰や二酸化炭素排出制限、地球温暖化など、エネルギー情勢を取り巻く課題は年々複雑化している。それにともない、電力の安定供給とカーボンニュートラルの両立を目的に、さまざまな取り組みが始まっている。状況変化を見据えた長期的ビジョンを設定し、国や立場を超えた協力の下、どのような努力が重ねられているのか。エネルギー界のリーディングカンパニーにその最前線についてうかがった。
text: Masashi Kubota photograph: Kayoko Ueda

JERA設立の経緯と理念

— 最初に、御社の設立の経緯と理念について教えていただけますか。

島田 JERAは東京電力と中部電力がそれぞれの火力発電部門と燃料調達部門を統合した合弁企業で、2015年4月に創設されました。設立の理念は「国際エネルギー市場で戦うことができるグローバルなエネルギー企業体を日本に創出する」ということです。

JERA設立の背景には、2011年の東日本大震災における福島第一原子力発電所の事故があります。この事故により国内の原子力発電所の停止を余儀なくされたことから、火力発電でその不足分をカバーする必要が生じました。火力発電量の増加は、燃料輸入量の増加を意味します。十分な燃料が確保できなければ、電力需要に見合った発電をすることができません。また、量の確保のために高い燃料費を払うことは、電気料金の上昇につながります。火力発電への期待が高まる中、燃料の調達から発電までのバリューチェーン全域にわたって、グローバルに渡り合える強い企業をつくる必要がありました。

— 一口に事業統合といっても、簡単ではなかったように思います。

島田 はい、それぞれの会社が行っていた事業を一気に集約することは難しく、現在の形になるまでに数年を要しました。JERA創設と同時に、まず両社の新規事業開発の窓口を一本化。その後、段階的に既存事業の統合を進め、最後は2019年4月に、関東・中部地区を中心とする合計26カ所の火力発電所をJERAに移すことで、現在の姿になったのです。

私自身は2016年に中部電力からJERAに移籍しました。当時はまだ国内の火力発電部門はなく、主に海外発電部門と燃料部門だけでしたが、代表的な発電燃料である液化天然ガス(LNG)の取扱量は世界最大級となりました。当時、LNG関連の業務に従事していた私は、高揚感の中でJERAでの仕事を始めたことを覚えています。

— そして発電量で日本最大の企業が誕生したわけですね。JERAの発電事業の特徴はどんなところにありますか。

島田 JERAの2022年度の発電電力量は約2,350億kWh。国内電力需要の約3割相当を発電する日本最大の発電事業会社です。発電出力構成の約7割をLNG火力発電所が占めます。LNGは石炭や石油などのほかの化石燃料と比較して、燃焼時のCO2の排出量や大気汚染の原因となる窒素酸化物等の発生量が少ない、環境に優しいエネルギーです。JERAのLNG取扱量は年間約3,500万トン。これは世界のLNG需要の1割弱に相当し、繰り返しになりますが、世界最大規模のLNG取扱企業です。

— JERAとしてはどのような目標を掲げているのですか。

島田 日本発のグローバルエネルギー企業を創ることを目的に設立された私たちJERAのミッションは、「世界のエネルギー問題に最先端のソリューションを提供する」ことです。世界のエネルギー問題とは、時代や場所によっても異なります。必ずしも世界中が日本と同様の問題を抱えているわけではありません。しかしながら、個々の問題を読み解いていくと、エネルギー問題とは、Sustainability( 脱炭素社会の実現)、Affordability(世の中の全ての人に手頃な価格でエネルギーを供給)、Stability(エネルギーの安定供給)の3つをいかに同時達成することができるか、という問いだと思っています。

また、ミッションをベースに、より具体的にありたい姿を示したものとして「再生可能エネルギーと低炭素火力を組み合わせたクリーンエネルギー供給基盤を提供することにより、アジアを中心とした世界の健全な成長と発展に貢献する」というビジョンを掲げています。このビジョンの後半部分には、我々の存在意義、いわゆるパーパスに近いニュアンスも含まれています。

   

 
 
 
 

調達戦略の要はオプションを増やすこと

— ロシアのウクライナ侵攻やパレスチナでの戦闘勃発など、エネルギー事業は地政学的な影響を大きく受ける事業だと思います。日本のエネルギー調達の課題をどう整理されていますか。

島田 日本のエネルギー自給率は10%程度と、OECD諸国の中でも最低レベルです。ただ、これは今に始まった話ではなく、日本の宿命ともいえる課題ですから、これからも省エネルギーの推進やエネルギー源の多様化、エネルギー輸入先の分散等の施策によって乗り切っていくのだと思います。もちろん、私たちにとっても地政学的な影響は大きなものですが、ロシアによるウクライナ侵攻は、エネルギーのSustainabilityを重視してきた欧州にとって、AffordabilityやStabilityも同時に重要であることを改めて痛感する機会になったのではないでしょうか。

— 世界中で資源の取り合いになるような状況にありますが、こうした中でのJERAのスタンスはいかがでしょうか。

島田 燃料調達に限らず、不確実な未来に備え、できるだけ多くのオプション(選択肢)を準備する。それが世界の脱炭素を具現化することにつながると思います。

LNGの調達でいえば、まずLNGを売ってくれる相手を少しでも増やすことです。特定の売り手しかおらず、そこからしか買えない状況が、最も買い手の立場を弱くします。さらに、石炭などLNG以外の発電方法を選択肢として持っておくことが、Stabilityの観点からも大切なことです。

— LNGの利用は日本が世界初と聞きました。

島田 そうですね。LNGは日本が世界で初めて発電用燃料として利用しました。石油生産は世界的に見て中東に集中していますが、天然ガスの産地は比較的各地に分散しており、また今後数百年にわたり安定した採掘が可能といわれています。アメリカやヨーロッパでは、パイプラインを使って気体として天然ガスを陸上輸送しています。しかし極東の島国である日本では、生産地から遠いこともあり、パイプラインを敷設してガスを輸入することは非常に難しい。そこで「天然ガスを液化して運んではどうか」という発想が生まれたわけです。天然ガスはマイナス162度になると液化し体積が約600分の1になることから、船やタンクローリーなどでの輸送や、タンクでの大量貯蔵が可能になります。


LNG発電が稼働に至るまでには、LNG輸送船、LNGタンク、再ガス化設備など、さまざまな技術的問題を解決しなければなりませんでしたが、1970年4月、東京電力において、世界初のLNG専焼火力発電所である南横浜火力発電所が誕生しています。

   
JERAはLNG輸送船団を19隻保有し、機動的な燃料調達・トレーディングを可能としている

— 最初は日本しか買い手がいなかったわけですね。

島田 LNGは長らくオーダーメイドに近い商品で、利用開始から2000年頃までの期間は、日本以外の主な需要国は韓国と台湾ぐらいでした。売り手、買い手共にプレイヤーの数が限定されていたため、契約交渉は相対で、15年、20年といった長期契約を締結するのが基本形でした。

相対交渉での長期契約は確実にエネルギーの安定供給につながるという利点があります。一方で、急な数量変動には対応できない、価格が原油価格連動でバラエティが少ないといったデメリットもありました。私たちとしては、この状況を何とか変えたかった。そのためにはLNGの売り手、買い手を増やす必要がありました。プレイヤーが増えることで取引の厚みが増し、取引条件の多様化・市場化が進むと考えたからです。

— どのようにしてLNGマーケットの市場化が進んだのでしょうか。

島田 ターニングポイントとなったのは、2010年前後のアメリカにおけるシェール革命でした。それまでアメリカは天然ガスをカナダやメキシコからパイプラインで輸入する側だったのですが、技術革新により劇的な増産に成功しました。そこで「アメリカで産出された天然ガスをLNGにして船で日本に輸送したらどうか」という計画が幾つも立ち上がりました。わずか10年前には天然ガスの輸入国だったアメリカは今や、世界で1、2を争うLNGの輸出国です。アメリカのLNGは原料となる天然ガス市場が既に存在していることから、数量調整の柔軟性が高く、価格も伝統的なLNGと違って米国ガス価格にリンクするため、取引条件の多様化につながっています。

— 調達多様化のもう一つの手段である、「使える燃料の多様化」についてはいかがでしょうか。

島田 これについては、石炭の例がわかりやすいかもしれません。あまり知られていませんが、石炭は炭鉱によって採れる石炭の品質が違います。「この鉱山で採れた石炭は、熱量はこれぐらいで水分はこれぐらい」といったように、それぞれが違うのです。

ところが日本の発電所では昔から品質のよい石炭が好まれてきました。世界でも最高品質の、この業界で「銀シャリ」と呼ばれるような質の高い石炭を使う設計になっている発電所が多いのです。

— 品質にうるさいとは、いかにも日本的な気がします。

島田 ただ、燃料を買う立場にとっては大変厳しいですね。ほかの石炭で代替できず、皆が同様に高品質のものを欲しがるので、当然、値段が高くなります。

そこで「燃やし方を工夫することにより、最高品質でない石炭でも燃やせるように」を目標にした努力が始まりました。一つは設備の改良。もう一つはオペレーションで、「この山の石炭とあの山の石炭をミックスすると燃焼効率がいい」といったノウハウを地道に蓄積していきました。JERAにはおよそ3,000名の技術者からなるO&M(運転・保守)・エンジニアリング部門があり、彼らが蓄積したノウハウが調達のオプション増加につながっています。

 
 
 
 

ゼロエミッションへのロードマップ

— JERAでは2020年10月に「JERAゼロエミッション2050」を発表しました。電力の安定供給とカーボンフリーの両立には、高い技術力が求められると思います。目標達成に向けて、どのように進めていく計画ですか。

島田 「JERAゼロエミッション2050」は「2050年までに我々の国内外の事業から発生するCO2をゼロにする」という宣言です。日本最大の発電事業者、すなわち非常に多くのCO2を出している会社が「それをゼロにする」と宣言したわけですから、世間からも驚きをもって受け止められました。

具体的には3つのアプローチでゼロエミッションを実現していきます。第1が「再生可能エネルギーとゼロエミッション火力の相互補完」、第2が「国・地域に最適なロードマップの策定」、第3が「スマート・トランジションの採用」です。
第1は、洋上風力発電や太陽光発電などの再生可能エネルギーと、発電時にCO2を排出しない水素やアンモニアを火力発電の燃料とする「ゼロエミッション火力」を組み合わせることで実現していきます。

第2のロードマップは、国や地域ごとに設定するべきだと考えています。例えば、再生可能エネルギーの適地や、多国間送電網・パイプラインの有無などの点で、それぞれが異なる環境に置かれているからです。

第3のスマート・トランジションとは、その時点で利用可能な信頼のおける技術を組み合わせること。言い換えると「今できることからやっていく」という意味です。

— 再生可能エネルギーについては、海外企業のM&Aにも積極的ですね。

島田 再生可能エネルギーの開発はJERAのビジョンの柱の一つで、既に洋上風力発電を中心に、再生可能エネルギーによる発電容量は世界で約336万kW(2023年10月時点)に達しています。

しかしJERAは元々が火力発電を主体とした会社なので、その分野のプロフェッショナルは多くても、再生可能エネルギーに専門的に携わってきた人材は、当初は社内にほとんどいませんでした。ですから、外部のプロに参入してもらい、その分野のノウハウや人的ネットワークを取り入れる必要がありました。

現在、JERAで再生可能エネルギー部門の指揮をとるのは、グローバル再生可能エネルギー統括部長で執行役員でもあるナタリー・オースターリンク氏です。かつてヨーロッパの再生可能エネルギー企業のトップを務めていた彼女の旗振りの下、出力500万kWを目標として、欧州、北米、アジアなど世界各地で洋上・陸上の風力発電や太陽光発電などの再生可能エネルギー開発を進めています。

しかし、いくら再生可能エネルギーの発電容量を増やして脱炭素化を推進しても、もう一つの課題である電力の安定供給の実現は難しいのです。

— それはなぜでしょうか。

島田 電力の需給は、発電量と消費量が絶えず一致していなければなりません。そのバランスが崩れると、最悪の場合は停電してしまいます。CO2を排出しない電源として我々も再生可能エネルギーの開発を推進していますが、風力発電の出力は風次第ですし、太陽光発電も曇ると出力が落ち、夜は発電できません。加えて電力消費量にも季節や時間帯に応じた変動がある中で、火力発電が出力を柔軟に上下させて発電量と消費量をぴったり一致させています。今後、大規模な蓄電池が実用化されれば、再生可能エネルギーの不安定性は解消されていくかもしれませんが、現状では再生可能エネルギーに対しては、火力発電によるバックアップが不可欠なのです。
そのため、火力発電自体を低炭素化させるという発想が生まれました。

   

   
再生可能エネルギーの中でも洋上風力発電に注力。海外案件への参画を通じて事業ノウハウを国内に還元していく

— 何かを燃やしてCO2を出さないというのは、なかなか難しい課題に思えます。

島田 炭素を含まない燃料、具体的には水素系燃料を使用します。現在の主要燃料である天然ガスと石炭を、低炭素燃料(Low Carbon Fuel)と呼ばれる水素やアンモニアに置き換えていく計画です。

水素系燃料については燃焼速度や熱量の近さから、アンモニアは石炭火力で使われているボイラ型発電方式と、水素はLNG火力で採用しているガスタービン型発電方式との親和性が高いと考えられ、この組み合わせで導入を進めていきます。一方でJERAが保有する石炭火力発電施設のうち、発電効率の低い古い石炭火力発電所は2030年までに全台廃止します。

燃料を水素系燃料に置き換えるといっても、多数の発電所を新たに建設したり、大量の水素系燃料の調達を進めるのは簡単ではありません。既存の火力発電所を上手く活用しながら、低コストかつスピーディに脱炭素化を進めていく必要がある。その手段として、火力発電設備で使用する燃料を徐々に置き換えていきます。石炭火力発電所では、2030年までに燃料の20%をアンモニアに置き換え、2030年代には50%までその比率を高め、最終的にはアンモニア100%としていくロードマップを描いています。

— もう既にそこまで計画済みなのですね。

島田 はい。その第一歩として今年度末には、愛知県の碧南火力発電所4号機で、燃料の石炭のうち20%をアンモニアに置き換える実証試験を行う予定です。出力100万kWという大型商用炉での実証は世界初の試みで、世界中のエネルギー関係者から注目を集めています。これを皮切りにゼロエミッションに向け、着実に歩みを進めていく予定です。

ちなみに、この碧南火力4号機で燃料の20%をアンモニアに置き換えると、年間約50万トンのアンモニアが必要になります。これは今の日本国内のアンモニアの年間消費量の約半分に相当する大きな量であることから、燃料用途のアンモニアや水素の新たなサプライチェーンを構築しなければなりません。加えて従来のアンモニアは化石燃料から製造されているのですが、それではゼロエミッションにはならない。そこで再生可能エネルギー由来の電気により、水を分解して得られる水素を使った「グリーンアンモニア」や、化石燃料から製造しても、その製造過程で出てくるCO2を貯留した「ブルーアンモニア」が求められるのです。

— 本当に一から創り上げないといけないのですね。

島田 再生可能エネルギーについては、外からプロフェッショナルに来ていただくこともできますが、水素系燃料については50年前のLNGと同じく、まだこの世にないものを自分たちの手で作らないといけません。

JERAの株主である東京電力、中部電力は、多くのパートナーと共にガス田開発から、液化、輸送、貯蔵、発電という一連の天然ガスのバリューチェーンを構築し、LNGの安定的かつ経済的な調達を実現してきました。この「フルバリューチェーン参画」というコンセプトを水素やアンモニアにも適用し、実現させていこうと考えています。

   

   
愛知県の碧南火力発電所は石炭火力としては国内最大、世界でも最大級の出力410万kWを誇る。同発電所4号機(出力100万kW)で、燃料の20%をアンモニアに転換する世界初の大規模実証試験が2024年3月より開始予定
 
 
 
 

仲間づくりと価値観の共有

— 発電燃料の脱炭素化実現のためにも、多くのパートナーが必要となりそうです。

島田 はい。エネルギー分野ではよく「上流・中流・下流」という言い方をするのですが、まず上流に燃料を生産する事業者が、中流には燃料を運び、場合によっては貯めておく事業者が、下流にはそれを使う事業者がいます。この上流・中流・下流を総称してバリューチェーンと呼びます。重要な点は、水素系燃料のような新しい燃料の導入に際しては、バリューチェーン全体で開発を進めていく必要があるということ。全体がつながっていないと機能しないのです。そこでJERAは、上流では産ガス国の国営企業やオイルメジャー等と生産プロジェクトの立ち上げを議論し、中流では日本郵船や商船三井といった海運大手と輸送手段の確立に向けて取り組んでいます。自社だけではリソースも足りず、リスクテイクもできないので、世界中のさまざまな会社との協業が必要なのです。

下流についても、水素系燃料を使うのがJERAだけでは、需要として十分ではありません。そこで、上流や中流と同様に、下流分野でも水素系燃料利用の仲間づくりに注力しています。まず国内の電力会社に、アンモニアや水素の共同利用を呼びかけ、現在では、国内の大手電力会社の多くが参加してくれています。

— 海外の動きはどうでしょうか。

島田 日本だけでは市場の広がりに限界があるので、アジアを中心に火力発電燃料としての水素系燃料の利用を広めようとしています。特に東南アジアや南アジアの国々は、今後さらに経済が伸び、電力需要も増えると考えられます。そして彼らはまだ比較的新しい石炭火力発電所を持っている。加えて、再生可能エネルギーの適地がそれほど多くない、送電線が他国とつながっていないなど、日本とエネルギー事情の共通点が多い点も挙げられます。JERAはこれまでにタイ、インドネシア、バングラデシュ、フィリピン、ベトナムの電力公社や大手発電事業者との間で、脱炭素に向けたロードマップの策定支援や、石炭火力発電所におけるアンモニア利用の共同検討に合意しました。「JERAゼロエミッション2050」の公表からわずか3年の間に、水素系燃料のバリューチェーン構築をグローバルに進められたと自負しています。

— 一私企業とは思えない動きですね。

島田 人類のエネルギー源は、当初は木を燃やすところから始まり、それが石炭、石油といった化石燃料に変化していきました。今後はこれが水素系燃料に代わっていく。今は水素時代に向かうエナジートランジション、つまりエネルギーの大転換期の過程にあるのだと、私たちは考えています。

上流・中流に関しては、我々はクライアントとして「新燃料を作ってください」「新燃料を運んでください」とお願いする立場である一方、下流については、同業他社に対してお節介をしているように見えるかもしれません。それでも新しく水素系燃料のバリューチェーンを確立し、その市場を充実化させていかなければ、世界規模での脱炭素社会は永遠に訪れません。脱炭素社会は世界規模で実現されなければ意味がないのです。水素系燃料の導入を通じたゼロエミッション火力の実現については、JERAが世界のリーダーとして、今やれることから着実に進めていかなければならないと考えています。

—「脱炭素では国ごとにロードマップを変える必要がある」というお話でした。世界の国々にはそれぞれ事情や価値観の違いがあって、戸惑われることもあるのではないでしょうか。

島田 脱炭素についていえば、欧米とアジアの価値観の違いが大きいと感じます。

例えば石炭火力発電所で石炭とアンモニアを同時に燃やすことを「混焼」、英語では「Co-fire」とか「Blend」と表現していました。しかし、この言葉はヨーロッパや北米ではどうも評判がよろしくない。「アンモニアを使って石炭の使用量を減らし、CO2を減らす」と私たちが言うと、あちらの人たちは「そうまでして石炭を使い続ける気か」という考え方になるのですね。G7などでも取り上げられ、欧米のメディアに「石炭火力の延命」として我々を批判する記事も出ました。

— 今できる中で最善のことをやっているはずなのに、誤解されてしまうと。

島田 言葉の選び方にも気を遣う必要があります。英語で「Co-fire」や「Blend」という言い方をすると、「ずっと混ぜて使い続けるのだ」という解釈の余地を与えてしまいがちです。そこで最近では「Replace」あるいは「Substitute」という言葉を使うようにしました。化石燃料から水素系燃料への「置き換え」もしくは「転換」で、「ゼロエミッション燃料に置き換えていきます」という我々の意図をわかりやすく示すことにしたのです。


ところが、アジアでの受け取り方はまた違っていました。

— どう違ったのでしょうか。

島田 以前、バンコクでパートナー企業の幹部にお会いした際、「『Co-fire』という言葉は、あまり評判がよくないんだ」と伝えたところ、「どうして? それを言わなきゃダメじゃないか」と指摘されてしまいました。

実はアジアの国では「今ある発電所を少しでも長く使える」ことが、高い訴求力を持っているのです。というのも先述のように、アジアには比較的新しい石炭火力発電所が多い。しかし、ヨーロッパや北米の石炭火力発電所はあまり新設されておらず、現在使われている発電所は、竣工から半世紀以上経ったものがほとんど。煙突から黒い煙をもくもくと出していたりします。

欧米の人々はそれを見ているから、「石炭火力発電所を長く使うなどけしからん」となるわけです。一方、急速に経済発展を遂げたアジアの国々の多くの発電所は、まだ竣工して10年ほどしか経っていない。それを「もう使うな」と言われては、事業者も大変ですし、政府も困惑します。それに対して我々のゼロエミッション火力は、「発電所を使い続けながら中身の燃料を変えていく」というアプローチですから、アジアのエネルギー関係者には非常に魅力的な提案に映るわけです。

— なるほど(笑)。

島田 当たり前ともいえますが、脱炭素のロードマップと同様、国や地域ごとに情報発信の文脈も変えていく必要があります。脱炭素というゴールは不変、そのための戦略「JERAゼロエミッション2050」も既に公表済みであり、勝手に内容を変えるわけにはいきません。ただ、この戦略をどのターゲットに向け、どのように発信していくと、最も高い訴求効果が得られるのか、ここは広報部門の腕の見せ所だと思います。

— 日本の社会や消費者に向けたPRについてはいかがですか。

島田 JERAは現在、プロ野球のセントラル・リーグのタイトルパートナーとして協賛しており、ほかにもさまざまな国内向けのPR活動を行っています。

その背景として、東京電力と中部電力の火力発電所がJERAに統合されて今の事業体の形になった2019年当時は、誰もJERAという企業名を知らなかったのです。認知度は1桁台前半でした。

火力発電は地域密着型のビジネスなので、名前を知られていないと仕事がしづらい面があります。これまで「東電さん」「中電さん」と親しまれていたのに、誰も知らないJERAという名前に変わってしまうと、地元とのコミュニケーションに不都合が生じたり、新卒採用で内定を出したのに、「名前も知らない会社に行くのか」と親御さんからストップがかかった、などという例が出ていました。

そこで「JERAの知名度を急速に上昇させる必要がある」ということで、2020年4月からセ・リーグに協賛を始めたのです。
新型コロナで出鼻を挫かれつつも、協賛開始から4年目の現在では、BtoB企業として十分な知名度が得られてきたと感じています。

そこで2023年度からは広報活動のフェーズを一段階進め、多くの方々にJERAの事業への理解と共感を持っていただくための活動を展開中です。ミッション・ビジョンの考え方を可視化したブランドムービーやCMを作り、関東・東海地区のTOHOシネマズで放映したり、オンラインニュースメディア「NewsPicks」とオウンドメディアでのストーリー発信を同期させるなど、社名のみならず事業内容にも関心を持っていただけるような工夫をしています。

プロ野球協賛については、セ・リーグの各球団と共同で、本拠地球場周辺の清掃活動をファンの皆さんと実施するなど、地域貢献・社会貢献に活動の幅を広げ始めています。さらに各地の学校に出向き、環境教育の授業と現役プロ野球選手による野球教室をセットにした活動も行っています。

— 今後のPR活動にも期待しています。最後にJERAの将来的なビジョンについてお聞かせください。

島田 現在のビジョンそのままではありますが、「再生可能エネルギーと低炭素火力を組み合わせたクリーンエネルギー供給基盤を提供することにより、アジアを中心とした世界の健全な成長と発展に貢献する」ことを目指します。JERAは日本最大の発電事業者であり、世界有数のエネルギー企業として、地球規模での脱炭素社会の構築をリードしていく責任があります。

ここでの「世界の健全な成長と発展」とは、世界中の人が手頃な価格でクリーンエネルギーにアクセスできる環境をイメージしています。約3年前に「JERAゼロエミッション2050」を発表した際、なぜもっと再生可能エネルギーに力を入れないのかと、私たちの戦略を批判する人もいました。一方で、昨今の国際情勢の不安定化により、エネルギー安全保障への関心が急速に高まっています。将来のことはわかりませんが、不確実な未来に備えて多くのオプションを準備し、世界中の人にクリーンエネルギーを届けていこうというビジョン自体が、現実的なエネルギー転換の道筋として評価され始めているように感じます。これからも自信を持って、ビジョンの実現に向けて進んでいきたいと考えています。

   
取材をサポートしていただいた広報部広報ユニット長の福田將吾さん(左)と共に

株式会社JERA