次世代の電力活用とテクノロジー

2024年1月26日 11:00 Vol.86
   
中西 祐一
NR-Power Lab株式会社代表取締役社長
Yuichi Nakanishi
2000年ゼネコンに入社。国内勤務後、ミクロネシアとシンガポールに計5年間駐在、大型インフラプロジェクトに技術者として従事。09年に日本ガイシ株式会社入社。アブダビでのNAS電池プロジェクトに従事した後、イタリアとドイツに計6年間駐在。帰国後、日本市場でのNAS電池のコト売りを担当。21年、恵那電力株式会社の取締役に就任し事業開発を担当。23年より現職。

2050年のカーボンニュートラルの実現に向けた努力が各所で行われている。その方策の一つが、エネルギーの“地産地消”の実現である。近年、デジタル技術を活用して、日本各地で少しずつその事業化への試みが始まっているが、中でも異業種の会社が手を組み、データネットワークを専門とする会社などを巻き込んだ幅広い連携に注目が集まっている。地域社会に資する新たな電力ビジネスについて、そのビジョンをうかがった。
text: Masashi Kubota photograph: Kentaro Kase

大容量蓄電池を用いたVPP構想

— NR-Power Labは2023年2月設立です。新会社誕生までの中西さんのキャリアについて教えてくださいますか。

中西 学生時代に交換留学で中米に1年間滞在した経験があります。新卒で技術者としてゼネコンに入社し、大型インフラプロジェクトに従事、ミクロネシアとシンガポールに合わせて5年ほどいました。その後、2009年に日本ガイシに転じて、アブダビでのプロジェクトに従事、それからヨーロッパに異動し、2013年から2019年にかけてイタリアとドイツに6年間駐在していました。社会人になってから半分程度は、海外で生活していることになります。

— ヨーロッパ駐在時には、NAS電池(*)を扱っておられたそうですね。

中西 ええ、NAS電池の海外営業を担当していました。NAS電池はマイナス極にナトリウム、プラス極に硫黄、セパレーターにファインセラミックスを用いるメガワット級の蓄電池で、大容量、高エネルギー密度、長寿命という特徴があります。

NAS電池の原理は1967年に発表されており、電気自動車の電源用としてフォードなどが、電力貯蔵用としてゼネラル・エレクトリック(GE)などが開発に取り組んできました。日本ガイシでは1984年から東京電力と共同で、NAS電池用固体電解質の開発を開始。その後、研究範囲を広げ、長期性能と安全性の確立に成功し、2003年に世界で初めて量産を開始します。当時はメガワット級の電池は世界で日本ガイシにしかありませんでした。

— 世界で初めて開発に成功したとは素晴らしいですね。

中西 そうですね。NAS電池は元々、都市型揚水発電として開発を始めたこともあり、大容量が特徴で、電気自動車や家庭用には向いていません。簡単にいうと、電気をたくさん貯めて必要なときに使うことが得意な電池のため、太陽光発電や風力発電と組み合わせて再生可能エネルギーを安定化したり、余剰電力を吸収して有効利用したり、非常時の電力供給に適した電池といえます。このNAS電池を使うサービスの構想について、私はヨーロッパ各地でその提案をしていました。その一つが「VPP(Virtual Power Plant:仮想発電所)」です[図表1]。

   
独自の高度なセラミック技術により、メガワット級の電力貯蔵を世界で初めて実用化したNAS電池。大容量、高エネルギー密度、長寿命が特徴で、写真のコンテナ型は20フィート(約6m)コンテナに、電池本体と制御装置を収納。一体輸送をすることで工期を短く、工事費を節減できる

— VPPとは、どのようなものなのでしょうか。

中西 近年、世界的に太陽光発電や風力発電の設置が進み、ほかにも一般家庭をはじめビルや工場には、蓄電池や自家発電設備、コージェネレーションシステムなど、多種多様なエネルギーリソースが生まれています。こうしたエネルギーリソースは単独では出力が小さい上に、再生可能エネルギーは季節や天候によって発電量の変動が大きい。また多くが自家用のため仮に未活用部分があったとしても、そのままでは設置当初の目的以外に利用することは困難です。しかし、こうした分散しているエネルギーリソースの未活用部分をデジタル技術を使って束ねて制御し、あたかも一つの大きな発電所のように機能させることで、設置当初には予定していなかった新しい用途に活用できます。これがVPPです。VPPにおいてNAS電池は、発電量を安定させたり、余剰な電力を蓄え消費電力のピーク時に放電して需要を平準化するなど、重要な役割を果たすことができます。

日本ガイシとしては、再生可能エネルギーの拡大に熱心なヨーロッパでは、電池需要も大きいのではないかという期待があったのです。

   

— どういったところがターゲットだったのですか。

中西 日本ガイシでは事業化直後から、欧州はもちろん世界中のエネルギー事業者に向け、VPPをはじめとした次世代の電力ビジネスに対してNAS電池を提案し、次々にパイロットプロジェクトを受注しました。しかしメガワット級の電池が珍しい当時ではまだ先進的すぎて、なかなか実需に結び付きませんでした。

イギリスにナショナルグリッド(National Grid plc)という送電会社がありますが、新規ビジネスについてNAS電池の活用を提案したところ、「君たちは22世紀から来たのか?」と冗談を言われた、という話もあります。

またドイツにあるシュタットベルケ(STADT WERKE)という地域会社は、ドイツ語で「都市公社」を意味し、電気、ガス、水道、清掃、廃棄物処理、交通などの公共インフラを運営する自治体出資の公益企業です。ドイツ全体で1,400社以上あり、半数以上が電力事業を手がけ、国内電力小売市場で約60%のシェアを持っています。私が駐在しているときには、このシュタットベルケでNAS電池を使ってもらえないかと思ったのですが、やはりなかなかうまくいきませんでした。

— シュタットベルケではどんな電力を使っているのですか。

中西 ドイツでは2000年から再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT)が導入され、シュタットベルケでも水力発電、バイオマス発電、太陽光発電や、地元から出る廃棄物を燃やして発電するといった再生可能エネルギーに取り組んでいました。

シュタットベルケといってもたくさんありますので、再生可能エネルギーへのこだわりも各社で度合いは異なります。日本で見かけないのは、発電で発生した熱を地域の暖房に利用するというスタイルです。発電しているシュタットベルケでも、地元での発電では足りない分は、市場から電気を調達し、余れば地域外に売電しています。

— 自治体が民間会社に出資してインフラを運営したり、電力会社のノウハウまで持っているのは、日本から見ると驚きですね。

中西 シュタットベルケは歴史がすごく長いのです。19世紀後半から、ガスや上下水道、電力、公共交通サービスなど、市民のニーズに応じた地域インフラサービスを提供してきました。これはドイツに脈々と流れる“公”というものについての考え方によるものです。

 
 
 
 

地域新電力会社を立ち上げる

— 中西さんはヨーロッパ駐在の後、2019年に日本に戻られました。日本ではどんな仕事を?

中西 長年海外営業をしていたので、人材育成を目的としたジョブローテーションで国内担当に異動となりました。今、日本ガイシの代表取締役社長となっている小林茂が当時、常務執行役員電力事業本部長として部門のトップで、私は小林から「NAS電池を使う新しいビジネスを考えなさい」という指示を受けたのです。

— 社内起業を命じられたようなものですね。

中西 ええ。散々悩んだ末に考えついたのが、「地域新電力会社をつくること」でした。
ドイツのシュタットベルケのコンセプトが面白かったので、「それと似たことで、社会のためになるような事業が何か日本でもできないか」と考えた結果です。日本ガイシの創業者は「営利でなく、国家への奉仕としてやらねばならぬ」と決意して、がいし(電力設備向けの絶縁体)の製造に乗り出しました。
私は日本ガイシは「いきなりビジネスになるかならないかはわからなくても、頑張って世の中によいことをビジネスにしていく」というコンセプトの下、およそ100年前の1919年に始まった会社と解釈しています。

— シュタットベルケのビジネスモデルの、どこに惹かれたのですか。

中西 エネルギー事業を起点として域内のインフラを維持し、経済を循環させることがシュタットベルケの事業のポイントです。例えば、A市がA電力という電力会社を作り、市民が皆そこから電気を買ったとすると、A市に電気代が入る。市はそのお金を使って、プールや図書館、トラム(路面電車)やバスといった公共交通などを充実させることができます。電気は誰でも必ず使うものですから、受益者負担で域内インフラを維持するという形になりますし、また電力会社が雇用を創出するので、地域内で経済を循環させることができるのです。

ドイツでは1998年に電力が完全自由化されたのですが、地域密着型のシュタットベルケの多くはその後も存続してきました。彼らは地元愛が強いので、多少の値段の差はあっても、大体は地元のシュタットベルケから電気を買うそうです。シュタットベルケは必ずしも自治体が全額出資しているわけではなく、他の自治体と共同出資していたり、一部を民間企業が出資しているケースや、株式市場に上場しているシュタットベルケもあります。

これを日本で真似しようとすると、いろいろ課題が多いのは事実です。ただ、日本では急速に少子高齢化が進展していく中で、電力含め地方部のインフラをどう支えるかが大きな課題になります。「地域新電力」を通じてこの課題解決の一助になればと考えました。

—「地域新電力」という言葉はあまり聞きませんが、元からあったのですか。

中西 法律などの明確な定義はないのですが、2016年4月の電力小売の全面自由化以降、小売電気事業へ参入した地域密着型の事業者を地域新電力と呼んでいます。その中で地方自治体が出資しているものに関しては「自治体新電力」と呼ぶこともあります。

私が帰国した2019年当時には既に日本各地で地域新電力会社が誕生していました。東日本大震災の影響もあり、再生可能エネルギーの推進と地方創生の両面でシュタットベルケへの注目度も増していました。現在、日本には自治体や地元企業が協力し設立した地域新電力会社が100近くあるといわれ、多くの会社がシュタットベルケを目指したいビジネスモデルとしています。

日本ガイシが自治体と協力して地域新電力会社で太陽光発電や風力発電を行い、その電力を安定させるためにNAS電池を用いた電力貯蔵システムを入れるようにすれば、小林から指示されたような「NAS電池を使った新事業」になるはずです。

このアイデアは2020年1月頃に社内で提案したのですが、正直言って反応は微妙でした。日本ガイシはメーカーなので、電池は作れますが、システム構築や自治体と共同事業を行うといった技はあまりありませんから。

— 経験が少ない分、地域新電力会社の立ち上げも簡単ではなかったと思います。どのようにスタートしたのですか。

中西 最初は岐阜県恵那(えな)市の市役所に電話することからでした。「日本ガイシという会社ですが、地域新電力をやってみませんか」とお声がけしたのです。

恵那市で新電力を立ち上げようとしたのは、トップである小林から「新事業は恵那市を基本として進めてはどうか」とアドバイスがあったからです。恵那市には日本ガイシのグループ会社があります。ですから恵那市の方は当社の名前は知っていて、市役所に電話したときも、「ああ、日本ガイシさんね」という反応でした。しかし、地域新電力を市で運営することは考えてもいなかったようで、提案には驚かれました。

— 自治体側はまったく白紙の状態だったわけですね。そこからどうビジョンを共有していったのですか。

中西 まずは同僚と恵那市役所に通い、「太陽光パネルの設置で環境や景観が損なわれるのでは」という不安を払拭するため、市内の公共施設や空き地をGoogleマップで調べて、図書館や給食センター、廃校になった小学校の空地などにパネルを置くことを提案しました。最初は半信半疑だった市役所の担当の方も、段々と本気になってくださって。実際、恵那電力では、太陽光パネル設置のための森林の伐採などはせず、市有施設の屋根や市有地などに設置しました。

当時は新電力の経営が厳しくなるタイミングの少し前で、多くの地域新電力会社でも電力料金の削減効果をPRポイントとしていたのですが、私はそれを見ながら「主張すべきなのはそこだけかな?」と疑問に思っていました。エネルギーはインフラですから、単に安ければいいというものではありません。なので恵那電力の場合は、「電気を軸に、域内での経済循環をやりませんか。太陽光パネルを使って発電すれば、脱炭素を進めることにもなる。NAS電池を使うことでレジリエンス(耐久力)の強化もできる。それができるような新電力会社を設立しませんか」とお誘いしたのです。
電力料金はもしかしたら下がるかもしれませんが、下がらないかもしれない。たとえ下がらなくても、恵那電力という地域新電力会社によって、新しい付加価値を生み出していきたいというのが、私の提案コンセプトでした。

— 具体的には恵那電力は、どういった付加価値を生み出すのでしょうか。

中西 恵那市役所さんと話す際に、恵那電力の構想で大切にしていた4つの前提があります。これは後に、「恵那モデル」として恵那電力の事業コンセプトになっています。まず電力の地産地消を目指して、再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT)は利用せず、発電した電気は恵那市内で活用する自主電源とすること。

次に太陽光発電設備とNAS電池の能力を最大限利用しつつ、外部の電力会社から相対で電源調達することで、経営安定性の高い地域新電力を実現すること。これについてはその後、電力事業のノウハウを活かしたエネルギーマネジメントの支援と、再生可能エネルギーだけでは不足する電力を供給してもらうために、中部電力グループの販売事業会社である「中部電力ミライズ」にも恵那電力に参画していただきました。

第3に、自然災害などによる停電発生時には、公共施設の屋根に設置した太陽光発電設備やNAS電池を地域の防災電源として提供し、近年激甚化している自然災害へのレジリエンスを強化すること。

— 防災でもNAS電池が活躍するわけですね。

中西 はい。平常時は、太陽光発電による出力の変動をNAS電池を活用することで安定させます。また電力需要の少ない夜間にNAS電池を使って充電し、昼間の電力需要のピーク時に放電することで、市全体の最大電力使用量をピークカットできます。一方で自然災害などによる停電時には、太陽光パネルからの電力やNAS電池に蓄電した電力を、非常用電源とし
て提供するのです。

その後、日本ガイシと恵那市、中部電力パワーグリッドの協力で、災害などによる停電発生時を想定した「地域マイクログリッド」の発動試験を実施。非常用電源としての有効性を確認しています。地域マイクログリッドとは電力を地産地消する仕組みで、有事の際には、配電網から独立して地域内で電力を安定的に供給することが可能なのです。

そして第4の前提は、エネルギーの地産地消による地方創生という理念に賛同する市内事業者への供給拡大に取り組み、電力事業で得た収益をゼロカーボンシティの実現に振り向け、新たな再エネ電源に再投資すること。
これらを総合して「恵那モデル」と言っています。

— 事業としては、どうやって利益を出していくのですか。

中西 恵那電力の顧客は今のところ、高圧電力を使うユーザーのみで、60以上の恵那市の公共施設と、日本ガイシのグループ企業である、明知ガイシ株式会社の大久手工場に買っていただいています。

「電気の地産地消」を目指すため、市内の事業者や一般家庭には売電できていません。自社で保有する地産電源が、地域の電気の需要量に対して少なく、これを補うために外部からの電気の調達量を増やす必要があるのです。外部から調達する電気は、どうしても価格競争力が低くなる。恵那電力の収益は構造的に厳しいため、地産電源の開発投資は大きな挑戦となります。また、地産の再エネの価値を感じていただける電力需要家はまだまだ限定的です。

恵那電力は2021年に設立され、2022年4月から事業を開始しました。

   
恵那電力の吉田発電所では、太陽光発電設備とNAS電池によって地域内に電力を供給。電気の地産地消を実現する地域マイクログリッドの構築を目指し、実証・運用を進めている
 
 
 
 

技術を持ち寄りVPPの新会社を設立

— その後、2023年に株式会社リコーと共にNR-Power Labを設立されたわけですが、地域新電力会社設立とはどのようにつながるのでしょうか。

中西 私の中では「地域新電力を束ねた仮想発電所(VPP)事業をやりたい」という考えが、恵那電力の構想段階からありました。日本ガイシでは2022年には網走市との協力で「あばしり電力」も立ち上げました。網走市には日本ガイシグループのNGKオホーツク株式会社があり、公共施設に加えてここに電力を供給することで、経営の安定化が見込めたからです。あばしり電力は恵那電力の1年後、2023年4月から事業を開始しています。

こうして地域新電力会社を各地で立ち上げることができたので、「今度は新電力の太陽光パネルや、そこに納める電池を束ねるVPPができないか」と考えたのです。新電力会社が電力貯蔵システムを導入すれば、蓄えた電力の一部しか使っていないタイミングが出てくる。それを束ねれば、VPPになるは
ずです。

VPPは、再エネの地産地消の実現には欠かせないもの。私たちは新電力会社のNAS電池をはじめとするさまざまなエネルギーリソースを束ねてVPPを構築するための会社として、リコーと合弁会社NR-Power Labを設立しました。

— 新会社がリコーとの合弁となったのは、どういった経緯からですか。

中西 VPPでエネルギーを有効活用するためには、多様なエネルギーリソースへの対応やポートフォリオ(組み合わせ)を最適化するシステムが肝となります。このシステムを構築する上で、小林から「ブロックチェーンの技術が役に立ちそうだから、ウォッチしておいてくれ」と言われていました。そこで金融や保険など、いろいろなブロックチェーン関係の発表を注意して見ていると、その中にリコーがありました。興味を持って話を聞きに行った際、私にブロックチェーンの説明をしてくれたのが、現在NR-Power LabのCTO( 最高技術責任者)となっている東義一です。

多くのブロックチェーン関連の企業は、「我が社の技術を使って、こんなにすごいことができ、大きな利益を上げられます」と訴えています。ところが東は「データインフラとして、みんなが気軽にブロックチェーンを利用できる世界を目指す」という考えで、「ブロックチェーンを使って電力のインフラを作り、みんなで支えよう」と言っていました。私はそれを聞いて「確かにそうあるべきだな」と感じ、その場で意気投合。「一緒にやろう!」となった次第です。

お互いに持っている技術がコンフリクトしなかったという幸運もありました。リコーはデジタル技術に長け、日本ガイシは電池の技術を有していたというわけです。

— ほかにもスタートアップのCollaboGate Japan株式会社、株式会社Sassorの2社とも提携していますね。

中西 SassorとCollaboGate Japanの2社については、NRPowerLabを立ち上げた後に入っていただきました。SassorはIoTとAI技術を使ったVPP用の蓄電池制御技術を持ち、CollaboGate Japanはブロックチェーンを活用したセキュリティの技術を持っています。
NR-Power Labの構想段階から、VPPのシステムをゼロから作る考えはありませんでした。市場にあるVPPのシステムベンダーを比較検討してみた中で、Sassorの蓄電池制御最適化AI「ENES」が一番良いと感じました。そこで声をかけたところ、やはりお互いコンフリクトしないとわかったので、一緒に組むことになりました。

— CollaboGate Japanはどのような技術を?

中西 CollaboGate Japanは分散型IDを活用して、セキュリティとトラストを担保するデータインフラを提供する会社です。
彼らと組むことになったのは、東の人脈でした。VPPシステムの構築には、システムの信頼性が重要になってきます。しかしセキュリティには運用コストがかかる。NR-Power Labを立ち上げた後、コストに見合うやり方をみんなで考えていた中で、CollaboGate Japanが候補の一つに挙がりました。

CollaboGate Japanは分散型IDのプラットフォーム「NodeX(ノードクロス)」を提供しており、「これをエネルギー業界に使ってみたら」と提案いただき、そこで、「試してみよう」ということになったわけです。

これまでエネルギーリソースなどの産業機器は、どちらかというとインターネットにつながない、つまり、IoT機器として動作してこなかった歴史的な背景があります。ただIoT技術の進展、時代の要請により、スタンドアローンではなく、クラウドに接続したIoTデバイスとして、クラウドで見える化・監視・制御などを行うことが急速に一般化しつつあるのですが、この際に課題になるのがデバイスのなりすまし、ランサムウェアなどです。急増するIoTデバイスを狙ったセキュリティインシデントは絶えず発生しています。これに対し分散型IDを活用して、エネルギーリソースの信頼性を確保し、同時にインフラコストの削減を実現するデータトラスト基盤を構築する
考えです。

ただ、分散型IDをVPPに活用するのは世界初。来年度には実フィールドでの実証実験を行い、事業化を目指します。

— 各社の持つ技術を結集する、そういうオープンスタンスな発想もVPP的です。

中西 そうかもしれませんね。各地の分散型電源を構成するエネルギーリソースは、規模も種類もさまざまです。空間的に異なる場所に分散設置された多様なエネルギーリソースを制御するのは難易度が高いですが、NR-Power Labとしては、日本ガイシが保有する蓄電池の制御技術、リコーが保有するデジタル技術に、Sassorの蓄電池制御最適化AI「ENES」、CollaboGate Japanの分散型IDプラットフォーム「NodeX」を融合させていく予定です[図
表2、3]。

   

   

— NR-Power Labのステートメントでは、「さまざまなエネルギーリソースをIoT技術で統合制御し電力の需給バランスを調整するVPPサービス」と、「電力の発電や利用情報を活用し社会へ新しい価値を提供する電力デジタルサービス」を事業の柱として掲げていますね。

中西 VPPも電力デジタルサービスも、お客様のデータを見ながら行うサービスなので、共通する部分が多いのです。

既存のVPPは大手の電力会社や電機メーカーが手掛けており、大規模なエネルギーリソースに特化していることも多いのですが、NRPowerLabの場合、元が地域新電力から始まっており、家庭用の蓄電池も含めて多種多様なエネルギーポートフォリオを組み合わせるVPPを目指しています。ここが他社と異なる点。小規模なリソースまで活用したVPPは経済的に成り立たせるのが難しく、先行する会社でも商業化に向けた検証段階ではないでしょうか。

— 電力デジタルサービスとしては、どのようなものを予定していますか。

中西 電力デジタルサービスについては「再エネ自家消費分のクレジット化」等、ブロックチェーンを活用した取り組みをしていきます。企業が再生可能エネルギーの電気を使用していると証明したい場合、現在は公的な組織にお金を払って証書を手に入れることになります。NR-Power Labの場合は、ブロックチェーンで電力の発生からトラッキングしているので、デジタルで素早く低コストに再エネ利用の証明をすることが可能です。

ただNR-Power Labには証書ビジネスは視野にありません。
私たちとしては、お客様の困り事をサービスで解決しつつ、VPPの収益化に取り組んでいきたいと考えています。

— 今後の事業スケジュールを教えていただけますか。

中西 2023年の課題は、まずはシステムを作ること。2年目は作ったシステムの動作を、実際にリソースを使って実証すること。3年目に商業実証を始め、実際にお金を稼げるのかを確認していきます。本格的なサービス開始はその後からになります。

私のミッションは、「ちゃんと利益を出す会社を立ち上げる」ことです。中長期的に利益が上がっていかないと、ビジネスとして成り立たず、慈善事業になってしまう。それでは理想とする社会は実現できないでしょう。NR-Power Labのビジネスを通じて、世の中が幸福になればと思っています。

 
 
 
 

再生可能エネルギー普及がすべてではない

— 中西さんが理想とされる持続可能な再生可能エネルギー普及のイメージは、どういったものになるのでしょうか。

中西 これは難しい質問ですね。まず再エネ普及は手段の話であり、何かの目的ではない点は重要だと思います。一般論として、現段階では再エネ普及は消費者や企業のコスト負担増が前提になるため、社会の行動変容を促す必要があるでしょう。例えばヨーロッパ各国では一般の消費者にも、「普通の電力を使うのか、それとも少し高いけれども、再生可能エネルギー由来の電力を使うのか」という選択を迫ります。

— どんな形で選択するのですか。

中西 私が欧州に駐在していたとき、ドイツ鉄道では「環境プラス」と称して、鉄道移動に要するエネルギーを100%再生可能エネルギーで賄うことを希望する乗客には、それに必要な分の費用を運賃に追加する仕組みを持っていました。

飛行機のルフトハンザにも「より持続可能な空の旅 グリーン運賃」という制度がありましたし、イタリアにいたときも同じような仕組みがあった。「地球環境を守る」というフワッとしたイメージで終わるのではなく、そのコストを見える化し、さらにすべての消費者に都度選択を迫ることによって、行動変容を促しているわけです。現在も継続しているかどうかは、会社によって異なるようですが。
しかし日本の消費者には、そうした選択を迫られる機会はまだ少ないように感じます。

— たとえ日本で導入されても、地球環境のためにより高い料金を払うという消費者は、多くはないと思われますが。

中西 かもしれませんね。このように先進国の日本でも行動変容には時間が必要です。ただマクロで見ると再エネ普及が一つの解になるであろう環境問題は、先進国に限った話ではない。かといってコスト負担が生じる前提で、よりよいエネルギー社会とか、クリーンな発電方法を選ぶという考え方では、途上国含めグローバルにコンセンサスを得ることは難しいでしょう。

世界にはクリーンエネルギーを選ぶどころか、そもそもエネルギー自体がないという地域も少なくありません。無電化地域の人口は10億人ともいわれています。私は中米のホンジュラスやミクロネシアのヤップ島で生活していたことがありますが、エネルギー供給が不安定な中での生活は本当に大変です。例えば、薪や牛糞を燃やして生活している人たちや、これから工業化を目指す国に対しコスト増前提でのクリーンエネルギーは非現実的な選択肢です。

— 余裕のある先進国の発想ということでしょうか。

中西 エネルギー問題は、安全保障や環境や貧困などを含む、複雑な多項方程式です。再エネ導入は一つの解ではありますが、万能解ではない。国連のSDGsにはエネルギーをはじめ17の目標が挙げられ、それらは根本部分ではつながっており、包括的に解決すべき問題だと私は考えます。その中で、こと再生可能エネルギーだけ切り出してみても意味をなさない。エネルギーは生活の根底に関わるもので、エネルギーのみ理想を追求することは、現実には難しいのではないでしょうか。

〈註釈〉
*NAS電池の「NAS」は、日本ガイシ株式会社の登録商標。

   

   

NR-Power Lab株式会社