新たな顧客体験を生む オンラインとオフラインの融合

2019年12月25日 11:34 Vol.70
   
益子 宗
楽天(株)楽天技術研究所 未来店舗デザイン研究室室長/ 筑波大学芸術系教授
Soh Masuko
筑波大学在学中にIPA未踏ソフトウェア創造事業開発代表者、日本学術振興会特別研究員として、エンタテインメントコンピューティングやCGの研究に従事。2008年筑波大学大学院システム情報工学研究科にて博士(工学)を取得。 同年、楽天(株)楽天技術研究所に入社。コンピュータビジョンやHCIの研究領域のマネージメントを経験。現在、楽天技術研究所未来店舗デザイン研究室室長としてIoTやAI技術のサービス応用や、領域横断的な産官学連携を推進。 19年より筑波大学芸術系教授(兼任)。実世界とネット空間が融合した未来社会での、新しい買い物体験に関わる価値創造に向け、研究を行っている。

はじめに

近年、少子高齢化や人口減少にともなう、労働者人口の減少に対する解決策の一つとして、キャッシュレス化が声高に叫ばれている。諸外国と比較すれば我が国のキャッシュレス決済比率は低い値にとどまっており、その割合は18.4%だ。経済産業省のキャッシュレス・ビジョンによると、2027年までにキャッシュレス決済比率を4割程度とすることを目指すなど、キャッシュレス化が国策としても進み始めている。

キャッシュレスの推進は、現金取り扱いの時間短縮や外国人観光客の取り込みはもちろん、データ化された購買情報のマーケティングへの活用も期待されている。特に注目されているのは、リアルとインターネット上の行動データや、居住地などを含めたユーザー属性データが複合的に組み合わさり、潜在顧客に精度高くリーチするデータドリブン・マーケティングだ。消費者にとっても、支払い履歴から家計全体が容易に把握できる、ポイント還元、現金を持たないことで荷物が軽く、盗難のリスクも低減できるなどのメリットが多数ある。

近年のキャッシュレス化は、従来のデビットカード、電子マネー、クレジットカードといったプラスティック・カードを使った手段だけではない。手数料無料などの追い風も受け、スマホを用いたQRコード決済が新しい決済手段として注目を集めている。QRコード決済は、2つの方法に大別される。消費者がQRコードを提示するストアスキャンと、店舗がQRコードを提示するユーザースキャンだ。ここで重要なのは、いずれも、これまでのような事業者が用意した決済端末だけではなく、インターネットに接続された個人のスマホを、リアルの場における決済行為に介入させる点である。これにより、いつでも、どこでも、個人にひも付いた高機能な携帯端末上で動作したアプリがインターネットへのタッチポイントとなり、オンラインとオフラインの融合を加速させることが可能となる。この流れが意味するのは、インターネットがリアルを包括するということである。言い換えれば、リアル世界のインターネット化の流れ、リアル店舗のEC化と表現できる。キャッシュレス化は、単に決済手段の現金がデジタルに代替されるのみならず、5GやIoTの普及も相まって物流や顧客体験そのものを変えてしまう、変革をもたらしているといえよう。

このような流れの中で、「人々の生活を一変させるようなイノベーションを創出できるか」が、キャッシュレス普及の鍵を握っている。キャッシュレスで効率化されることで生み出された新たな時間の使い方や、新たなコミュニケーションといった消費者への付加価値を創造することは、喫緊の課題である。特に、EC化率が年々伸びている小売業において、「これからはモノ売りではなくコト売りが重要」といった、マーケティング概念の変化も一般的に語られるようになった。キャッシュレスを起点として、オンラインの情報とリアルでの買い物をどのように融合させ消費者メリットを作り出し、顧客体験を高めることができるかが求められている。

本稿では、我々がこれまで行ってきた、オンラインとオフラインを活用した購買体験の研究や取り組みを紹介する。決して夢物語ではなく、現実化しつつあるさまざまな試みをお伝えすることで、近未来に広がる可能性をぜひ実感していただきたい。そして、キャッシュレス社会での新しい顧客体験を考えるとともに、広告・マーケティング研究者や業界関係者にとって、それぞれの課題やテーマを進める参考となれば幸いである。

 
 
 
 

キャッシュレス化による新しい顧客体験

キャッシュレス化により、個人間送金、利用履歴などを用いた信用スコアの算出、モバイル・バッテリーや自転車のシェアリング、タクシーの配車やバスなどの公共機関への普及など、新しいお金のやり取りや生活を便利にするサービスが次々と生み出されている。ここでは、その幾つかを紹介する。

ネットプロテクションズの「atone」は、ネット通販だけでなく実店舗でも、QRコードをストアスキャンさせることで、コンビニでの翌月後払いを可能にした。これは、クレジットカードを使わないカードレス決済サービスであるといえる。

無人野菜直売所「YACYBER STORE」の試みも画期的だ。ユーザーは店内の壁、全面にならんだ巨大なディスプレイ上のQRコードを読み込み、スマホ上に表示された購入ボタンを押せば、その場で買うことができる。携帯電話会社のキャリア決済やクレジットカード決済にて支払いが可能だ。

ネスレ日本は、アプリでQRコードを読み込むか、NFCチップを内蔵したタンブラーをかざすだけで決済が完了する、キャッシュレス決済に対応したコーヒーマシンを新たに開始予定である。

このように小売りにおいては、キャッシュレス化は単に決済手段の変革にとどまらない。現金を扱わないことで、店舗でのサービスのあり方を変えられることにもなる。店舗側で行っていたサービスから、一部の工程をセルフサービス化することで、金銭授受にかかる時間短縮をはじめ、従業員の負担軽減、回転率の向上、慢性的な人員不足の軽減なども期待できる。

株式会社Showcase Gigの店舗向けモバイルオーダーサービス「SelfU」も非常に興味深い。これは、席のQRコードをユーザーのスマホで読み込むことで、メニューを表示させ、そこからゆっくりと注文できるテーブルQR注文サービスである。個人のモバイルでオーダーすることで、レジに並ぶことなく、事前に注文できる仕組みとなっている。

マクドナルドの「モバイルオーダー」は、席に着いたまま自分のスマホで商品を選び、注文・支払いができ、商品を受け取れるアプリである。テーブルデリバリーを選択すれば、商品を受け取りにカウンターまで出向く必要もない。このサービスは今後さまざまな飲食店での応用も期待されている。

2019年にビックカメラが大阪に開いた新店舗では、商品にひも付いたQRコードをスマホで読み取ると通販サイトにつながる。これによりユーザーは、類似商品を閲覧できたり、ネット上のクチコミを比較しながら検討できる。その場ですぐに商品が必要な利用者を除けば、実店舗をショールームとして利用し、実商品を確認しながら注文し、自宅に配送することも可能である。

さらに、「Amazon Go」に代表される、レジレスのウォークスルー型の決済体験も注目されている。クラスメソッド(株)が運営する実験店「Developers.IO CAFE」では、来店前にモバイルから商品を事前にオーダーすることができたり、店内の商品を手に取るだけで決済が完了する仕組みを実現した。これらの試みにより、混雑解消や客単価アップ、廃棄ロス低減にもつながっている。「百鮮GO无人超市」の無人スーパーでは、施錠されている商品ケースをスマホアプリで開錠し、商品を取り出すと自動的に決済されるという取り組みを実施中だ。スーパーを無人化できるということは大きな意味を持つといえよう。

このような新しい購買体験が支えられている背景には、さまざまに起きている技術革新がある。「Putmenu」のテーブルオーダー方式では、店内に設置されたビーコン(TAGCASTBeacon)をアプリが検知し、自動的にその店舗のメニューが表示される。利用者がアプリ上でメニューを確定し、テーブルにある専用の表面認証ビーコン(PaperBeacon)の上にスマホを置くことで、テーブルが特定でき、注文が可能だ。楽天が2018年に買収した米カーブサイドは、位置情報技術を活用したモバイルコマースプラットフォームであり、利用者の位置情報から店舗への到着時刻を予測する。これにより到着時間に合わせて商品を準備、提供することが可能になるのだ。

ただし、スマホを活用した決済は、スマホのバッテリー残量が0%の際に機能しなくなる、というデメリットを持つ。そのため、QRコードを使わずに、スマホに依存しない顔認証技術による決済手段も導入が検討されている。2017年に中国杭州のケンタッキーフライドチキンで実用化されている「Smile toPay」は、アリババグループの「ALIPAY」アカウントに登録された顔情報を利用して、スマホなしで決済ができる。中国で展開するセブン-イレブンでは、顔認証決済レジを店舗に導入し、会計カウンターでタブレット端末に自分の顔を映すだけで決済が済む。

このように、キャッシュレス化によりお金の流れが変わり、物販・物流における変革が、新しい顧客体験を生み出し始めている。次項から、キャッシュレス社会での新しい顧客体験の思考実験として、我々が実際にこれまで行ってきた研究や取り組みを紹介したい。

 
 
 
 

オンライン化するリアル店舗

私たちの購買体験において、「他の消費者たちがその商品を、どう評価しているのか知りたい」というニーズが確かに存在している。ソーシャルプルーフ(社会的証明)やソーシャルバリデーション(社会的検証)はオンライン・オフラインにかかわらず、必須要素の一つといえよう。しかし実店舗では、商品を実際に見たり触れたりできるが、商品に対するクチコミなどを参考に商品を選定することが難しい。そのため、消費者が実店舗で商品選択に迷った際には、スマホなどの携帯端末からネット情報にアクセスし、商品情報やクチコミを参照することが一般的になりつつある。

このような実店舗での購買活動を支援するため、我々は他者の購買活動情報へ効果的にアクセスする手段を提案し、実証実験を行ってきた。ここでは、3つの試みを紹介する。

1つ目が、性別や年齢といったユーザーの属性によって色分けされたヒト型アイコンを使い購買活動を可視化する「ARHITOKE」である(1)。これは、AR技術を用いてリアルからオンラインへ、シームレスにアクセスできるインタフェースだ。商品値札に付けられたマーカーをスマホを通じて認識し、該当する商品のオンライン上での購買数やクチコミ、ソーシャルメディア上の評価や感想を自動的に取得する。そして、AR技術を使いヒト型アイコンを、実際の商品上に行列をなすように重畳表示させる。これにより、商品がどのような属性の人に人気があるかを直感的に提示することが可能となる。

例えば、ピンク色のアイコンが多数表示された商品は女性に人気であり、青色は男性に人気があることが直感的にわかる。よって、商品の人気度やレビューを購入の判断材料にすることが容易となる。なお、AR-HITOKE は2015年の「CEATEC

JAPAN」にて、CEATEC AWARDソーシャル・イノベーション部門準グランプリを受賞した。

2つ目は、さらに前述のシステムを発展させ、催事やイベントに応用した事例である(2)。対象の催事は、2013年に阪神梅田本店と髙島屋大阪店という南北に約4km離れた2会場で同時期に開催された「楽天うまいもの大会」だ。本催事では毎回、数十軒の楽天市場出店店舗が、一堂に会して商品を販売している。

しかし今まで、来場者は商品に関わるデータや、販売場所、どのような人に人気があるのか、といった情報を知ることが難しかった。そこで本システムでは、来場者が催事会場のマップをカメラで読み取ることで、各店舗の人気度をはじめとした各種情報を知ることを可能にした。定期的に各店舗のPOSからフィードされた実際の売り上げデータを集計し、ヒト型アイコンの行列の長さを調整している。それぞれの催事会場の会場マップにカメラを向けることで、顧客は遠隔の会場の人気具合をも、リアルタイムに閲覧できる。これによりロケーションを超えた、新しい顧客体験、動線が実現された。現在は、インストア・マーケティングといった店舗分析技術も成熟しつつあり、より詳細な、実店舗での顧客動態を計測し、反映させることも期待できる。

3つ目が、東京六本木で行われたJ-WAVEと筑波大学が主催する「INNOVATION WORLD FESTA 2019」で筑波大学と楽天技術研究所が共同で展示した「レビューくん」である。「レビューくん」に内蔵されている、バーコードリーダーに商品をかざせば、該当商品のクチコミが読み上げられ、さらに関連情報を中央のディスプレイに表示可能だ。2体の「レビューくん」はそれぞれ、評価の高いクチコミと低いクチコミを担当し、偏った情報提供を防いでいる。

また、オンライン上のレビューコメントを自然言語処理技術によって自動的に解析することで、情報の質や鮮度が担保される。「洗濯したら縮みました」といった、一見評価の低いクチコミであっても、購入前の消費者にとっての有益情報として提供できているのだ。店員ではなく、かわいい容姿を持つ第三者(レビューくん)から間接的に伝達された情報は、直接的なレビューの提示に比べ受け入れやすく、信憑性や信頼感が増すことも期待できる。この現象は心理学における、ウィンザー効果として知られている。

   
阪神梅田本店の「楽天うまいもの大会」会場に設置されたシステム。それぞれの会場の賑わいを相互に知ることができる
   
髙島屋大阪店の「楽天うまいもの大会」会場に設置されたシステム。それぞれの会場の賑わいを相互に知ることができる
   
「AR-HITOKE」によって、スマホに重畳表示されたオンライン情報
   
2体の「レビューくん」。評価の高いレビューを読み上げる「グッドレ ビューくん」(左)、評価の低いレビューを読み上げる「バッドレビュ ーくん(」右)
 
 
 
 

オンライン化する商品陳列

近年、インターネットやスマートフォン、SNSの普及によりオムニチャネル、O2O、OMOといった新たな購買環境が注目されている。こういった消費者行動の変化は商品をどのようにディスプレイし、企業やブランドの独自性や価値を表現するかといった、ビジュアルマーチャンダイジングの活動へも影響を及ぼしている。例えば、英大手スーパーのTESCOはあるキャンペーンを行った。駅ホームの壁全体を固有のQRコードを印刷した商品画像で埋め尽くし、QRコードをスキャンすることで、その場で商品をネットで注文可能としたのだ。また、GUを展開するファーストリテイリングは、ショールーミングストア「GUSTYLE STUDIO」を開設している。このストアは、メンズ・ウィメンズすべてのラインアップを取り揃えるものの、購入は専用アプリに限定し、オンラインストアで注文を受けるものだ。

この2つの事例はいずれも、リアル店舗での商品販売がないことが大きな特徴だ。店舗で大量の在庫を抱える必要がないことは大きなメリットといえよう。我々も実空間におけるリアルとネットをつなぐタッチポイントの一つとして、さまざまな試みを始めている。デジタルサイネージをはじめ、配達ボックスを利用した、商品を陳列するための商品ディスプレイとしての活用、パーソナライズされた顧客体験のメディアとして提供する試みなどである。

1つ目が、スマホなどの携帯端末から遠隔操作可能な商品情報配信用デジタルサイネージシステム「WallSHOP」である(3)。公共の大画面ディスプレイと個人の携帯端末を連動することで、サイネージを複数人で共有、プライベートな情報は個人のスマホ上で閲覧、操作が可能だ。サイネージには事業者が宣伝したい商品画像が表示されており、ユーザーは携帯端末からサイネージに接続し、自身に割り当てられたカーソルを操作して、関心を持った商品情報にアクセスできる。そして、気に入った商品があれば、EC経由でそのまま決済を完了できる。カメラなどを利用してサイネージ閲覧者の属性が取得できれば、パーソナライズされた商品陳列を自動的に行うことも可能だ。なお、本試みは2015年のCEATEC JAPANにて、米国メディアパネル・イノベーションアワードを受賞、楽天本社エントランス、2018年にはBEAMS新宿店にて実証実験として導入された。

2つ目が、駅などに設置する宅配ボックス「楽天BOX」とWallSHOPを連動させた新しい商品の陳列ディスプレイ手法である。この試みは、2015年8月に東京ビッグサイトで開催された、楽天市場最大のお買い物祭り「楽フェス」で実験的に公開した。楽天BOXの脇に設置されたデジタルサイネージに表示された商品は、スマホを使ってECサイトを経由し、その場で注文できる。さらに、楽天BOX内にあらかじめ入っている商品もデジタルサイネージ上に表示されており、欲しいと思ったらその場で購入し、メールに届いた暗証番号を使い該当するBOXを開錠することで、商品を取り出すことが可能である。

ボックスなどに商品を事前に入れておき、注文が入った際に消費者が自ら商品を取り出すため、物流・配送の手間を省くことができる。将来的には、商品の需要予測やユーザーの位置情報をもとに開錠時刻を高度に予測することで、スムーズな商品の流れの実現が期待されている。

3つ目が、「Eコマースと実世界の購買コンテクストを同期する商品販売ボックス」のプロトタイプである。この試みは、2017年の、インタラクティブシステムとソフトウェアに関するワークショップ「WISS」にて提案した(4)。まず、ハンドメイド作品を、委託販売などの用途で普及しているレンタルボックスに入れる。そして、商品が手に取られたことを察知するためのセンサ、商材の様子を撮影し画像認識するカメラ、およびタッチセンサ付きの値札ディスプレイを取り付け、インターネットに接続したものである。これによりWeb上のEコマースサービスとの間で、相互に購買に関するイベントを同期することを実現した。詳細としては、販売ボックスに搭載されたカメラやセンサによって得られた実世界のイベント情報により、対応するイベントがWebサービス上で発生する。またWebサービス上で発生したイベント情報により、値札ディスプレイ、スピーカおよびLED照明によって実世界の販売ボックスでイベントが発生する。

例えば、フリマサービスと連動することで、利用者が販売ボックスに商品を入れると、商品がAIによって解析される。そして自動的に生成された商品画像や商品テキスト情報をもとに、Web上のサービスに出品が完了する。さらに、その商品が閲覧されたり、お気に入りに追加されたりすると、販売ボックスのLEDライトが発光するのである。逆に、実店舗で販売ボックスの前で人が立ち止まったり、商品が触られたりすると、人感センサによりイベントが発生し、Web上のサービスに反映されるといったサービスを実現できる。

このように、一つの商品をオンラインとオフラインで同時に出品・陳列することで、販売機会および顧客体験の価値を拡大することが期待できる。

   
宅配ボックス「楽天BOX」と連動するデジタルサイネージ
   
「FUDGE Holiday Circus」で実施されたバーチャルスタイリングラボ
   
   
   
   
楽天の本社エントランスにて、楽天市場のリアルタイムランキングで人気商品が表示される「WallSHOP」。ユーザーはサイネージ上のカーソルを操作し、該当商品をEC経由で購入、決済可能
   
実装した販売ボックスのプロトタイプ。撮影用の画像認識用のカメラ(左上)、値札ディスプレイ(左下)を備える
 
 
 
 

オンライン化する接客コミュニケーション

前項までに述べたように、物流や決済システムの技術革新が続き、実店舗とECでの買い物における急速な融合が始まっている。我々は第三の買い物改革として接客に注目し、物流や決済の効率化により生まれたスキマ時間を活用した、新たなコミュニケーションのあり方を模索している。

特に、昨今の労働力不足が慢性化した社会において、高度な接客スキルや専門知識を持つ人材の存在価値をいかにして高めていくかは喫緊の課題であり、接客コミュニケーションをオンライン化することで、それらの社会課題の解決に取り組もうとしている。

まずは、「遠隔接客システム」を紹介する(5)。このシステムにより、遠隔地にいる店員が、インターネットにつながったデジタルサイネージ越しに、顧客に服のコーディネートを提案できる。顧客は、目の前に映し出される自分に重ねられた服を見ながら、プロのスタイリストに直接相談できる。そして完成したコーディネートは、発行されるQRコードを読み込むことで、ECサイトから購入できる。また、店員の声をボイスチェンジャーで加工し、店頭で感じるコミュニケーション上の心理的な障壁も軽減することに成功した。これは感性工学の知見からも理解できる。

2017年に品川シーズンテラスで行われた三栄書房主催の雑誌『FUDGE』の15周年イベント「FUDGE Holiday Circus」では、遠隔スタイリングシステムを活用したバーチャルスタイリングラボのブース展示を行った。この展示は(有)Zootieと筑波大学、楽天技術研究所が協力し実現した。なお、本試みは2018年のデジタルサイネージアワードのインタラクティブ部門を受賞した。本仕組みを店舗に導入すれば、接客するスタッフは店頭に立つ必要がなくなり、柔軟な働き方の実現が期待される。介護や育児・傷病などの都合で在宅の必要があるスタッフ、顧客の少ない地方都市など全国各地から、このシステムに接続し就業の機会を得ることができる。

接客スキルの育成や伝承は時間がかかるが、このシステムでは成長したスタッフを引き続き雇用できるため、高いサービスレベルを維持することが容易である。これらは経営側にも大きなメリットがあることはもちろん、政府が推進する働き方改革を後押しする技術としても活用が大きく期待されている。同時に顧客にとっても、従来店員から直接学んできた「服育(装いの文化的背景やTPOに合わせた着こなしに関する教育)」を受ける貴重な機会となる。

2018年には、会津若松の地域課題の解決に、会津大学とともに取り組んだ。その課題とは、商店街の衰退や都市部との地域格差により若者が服を買う場所および服育の文化に触れる機会が極めて少ないというものだ。

これを機に、野外や過疎地域でも同様の体験を可能とするため、電気自動車への本システム搭載を提案した。この試みは、日産自動車の協力を得て実現した。2019年には横浜と名古屋で開催された「人とくるまのテクノロジー展」で招待展示され、自動運転車の車内での新しい顧客体験や、新しいEVの活用方法としても注目されている。

2019年には、スタイリストの接客インターフェースにVRを採用、CGアバタ(VTuber)を介した接客コミュニケーションの実証実験を、東京・北参道にあるzootie styling labと神戸にあるzootie神戸栄町店をつなぎ行った(6)。VR空間にて3Dアバタに扮したショップ店員が実店舗に設置されたデジタルモニタ上に表示され、インターネットを介し、顧客の映像をVR空間内で見ながら、おすすめの衣服画像を顧客に重ねて音声対話するものだ。このシステムにより、インタラクティブな接客コミュニケーションが実現できた。両手に持ったVRコントローラと3Dアバタの動きが連動し、VR空間にリアル店舗と同じように配置された衣服画像を把持させることができる。さらには顧客に実店舗にある服の試着を促したり、リアルの試着と合わせたおすすめのバーチャルの衣服をあてがう操作も可能だ。このような普段の接客と非常に近い操作を転用できることは、VRを利用した大きなメリットである。

実店舗への普及という点では、VR機器操作や機材の価格という課題はあるものの、それを超えるようなメリットが多数あることが実感できた。自宅の一室など、身近な生活空間から接客できることをはじめ、在庫を持たずに限られたスペースを活用し、店舗のようなVR空間で働くことができる。また、複数のリアル店舗を展開している場合、この価値を最大化しやすい。本システムを複数店舗に導入すれば、閑散時などの空き時間を繁忙店舗での接客に利用することもできる。つまり、ワークロードを分散させるなど、限られた人的リソースを効率的に活用可能なのだ。今後は服飾以外の商材、高齢者を対象とする業界での実施も視野に入れ、活動する予定である。

   

   

   
   
日産の電気商用車e-NV200に搭載された遠隔スタイリングシステム
   
神戸(左)と北参道(右)をつないで行われた、VRを用いた遠隔接客の様子
 
 
 
 

おわりに

本稿では、キャッシュレスを起点にしたオンラインとオフラインの境界が溶け合う新たな潮流について言及し、我々の新しいコミュニケーションやショッピング体験の実現に向けた研究開発と取り組みについて紹介した。これらの変化は始まったばかりであり、今後ますます進んでゆくだろう。この潮流の中で、人々の生活を一変させるようなイノベーションを創出することこそが、キャッシュレス普及の鍵を握る。今後とも、キャッシュレス社会における新しいイノベーティブな顧客体験を生み出してゆけるような思考実験を続けていきたい。最後に、我々の取り組みを通じて、近未来に広がるさまざまな可能性について、実感していただくことができたなら、非常に光栄である。

〈参考文献〉
(1)加茂浩之,益子宗,岩淵志学,田中二郎:拡張現実感を用いて賑わいを可視化する購買支援システム, インタラクション2011, pp.165-168, 2011.
(2)Soh Masuko, Ryosuke Kuroki: AR-HITOKE: VisualizingPopularity of Brick and Mortar Shops to Support PurchaseDecisions, Augmented Human 2015, pp.185-186, 2015.
(3)Soh Masuko, Masafumi Muta, Keiji Shinzato, AdiyanMujibiya: WallSHOP: Multiuser Interaction with PublicDigital Signage using Mobile Devices for PersonalizedShopping, IUI 2015, pp.37-40, 2015.
(4)岩淵志学,益子宗, “Eコマースと実世界の購買コンテクストを同期する販売ボックス”, 第25回インタラクティブシステムとソフトウェアに関するワークショップ(WISS2017)予稿集, 2-A03, 2017.
(5)Masahumi Muta, Yuka Ishikawa, Toshimasa Yamanaka, SohMasuko: Oz’s Fitting Room: Fashion Coordination SupportSystem by Digital Signage and Human-driven VirtualAgent, In Proceedings of the 7th ACM InternationalSymposium on Pervasive Displays Article No. 32, 2018.
(6)秋山真範,牟田将史,落合裕美,藤井靖史,益子宗,“Vプロ: VR空間での接客を可能にする遠隔接客システム”,インタラクション2019,pp.945-947,2019.