Society 5.0におけるトラストの構築

2019年12月25日 11:34 Vol.70
   
竹村 敏彦
城西大学経済学部教授
Toshihiko Takemura
2006年大阪大学大学院博士課程修了、博士(応用経済学)。05年関西大学ポストドクトラルフェロー、08年関西大学助教、13年佐賀大学准教授を経て、19年より現職。専門は行動経済学、産業組織論、セキュリティエコノミクス、データサイエンスなど。主要な著書に『情報通信技術の経済分析』(多賀出版/2008年)。主な論文に「情報漏えいにつながる行動に関する実証分析(」共著/情報処理学会論文誌/2015年)、 「HumanAspectsofInformationSecurity: AnEmpiricalStudyofIntentionalversusActualBehavior」 (共著/InformationManagementandComputerSecurity/2013年)など。

はじめに

2016年1月に閣議決定された「第5期科学技術基本計画」(1)において、Society 5.0が提唱された。Society 5.0とは、フィジカル空間(現実空間)にあるIoTデバイス・センサーから収集される膨大なデータ(ビッグデータ)をサイバー空間(仮想空間)において人工知能(AI)による分析を通じて、(その分析結果を)情報や知識という形でフィジカル空間において活用することを社会的規模で発展的に繰り返していく仕組みであり、これまでにはできなかった新たな価値が産業や社会にもたらされることが期待されている。言い換えると、Society 5.0はサイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムにより実現される社会(デジタル社会の最終形態であるともいえる)のことであり、この社会では変革(イノベーション)を通じて、経済発展を維持しつつ一人一人のニーズに合わせる形で社会的課題を解決することが可能とされている。Society 5.0では、上述した仕組みをもって「人間中心の社会」(2)や「データ駆動型社会」(3)を実現することが目指されている。これらのキーワードが意味しているように、Society 5.0においてビッグデータやAIといった技術はあくまで手段であり、主役は人間である。つまり、Society 5.0として目指すべき社会像を考えていく際、技術と社会との関係を考えることと同時に、技術を介した個人と社会との関係についても考える必要がある。これらに関する研究も国内外で活発に行われるようになってきている。

本稿では、Society 5.0が目指す「人間中心の社会」と「データ駆動型社会」について、これらを実現させるために必要となる「トラスト(Trust)」を踏まえた論考を行う。また、これらのことを考える一例として、キャッシュレス決済を取り上げることにする。

 
 
 
 

Society 5.0

狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く新たな社会としてSociety 5.0が提唱された。現在の情報社会(Society 4.0)においても、すでにさまざまな方法を駆使して収集・蓄積されたデータを分析することで得られた結果が、企業であればマーケティングに、政府・自治体であれば政策立案(EBPM:Evidence Based Policy Making)に利用されている。また、企業や政府・自治体にとって最適な活動につなげていくために、その結果が再びデータとして収集され、フィードバックされ、分析に利用される。このように、データが起点となってあらゆる領域で知識や価値を生み出していくことができるのである。データ駆動型社会では、現在の情報社会で十分であるとはいえない知識・情報の共有や(学術分野のことだけでなく、産業界における)分野横断的な連携を最新の高度な技術でもって実現されることが期待されるとともに、これらが全ての大前提となっている。

情報社会ではインターネット上のWebデータ(Web閲覧履歴、Web購買履歴、画像・動画データ、SNSの個人関連データなど)が主役であり、これをうまく収集・蓄積し、分析を行った企業が競争優位に立ってきた。一方で、我々の生活する現実の社会であるフィジカル空間の中にはデジタル化されていない膨大な物的資産や、経験や勘といったある種のエピソードに頼って行われてきた膨大なアナログプロセスなどが存在するものの、これらのデジタル化されていないデータは広く利用されることがなかった。Society 5.0では、インターネット上のWebデータに加えて、これらのフィジカル空間に存在するさまざまなデータも、IoTデバイスを用いてこれまでとは桁違いの量が(ある意味、自動的に)収集・蓄積されることになる。これらの収集・蓄積されたさまざまなタイプのデータはビッグデータと呼ばれ、データ駆動型社会における仕組みを支える一つの技術的要素である(4)。

その他の、データ駆動型社会の仕組みを支える技術的要素としてAIがある。これまで収集・蓄積されたデータは、主として人間が分析を行い、その結果を社会にフィードバックすることで新たな価値が生み出されてきた。Society 5.0ではこれを人間の能力を超えたAIがビッグデータを分析し、その結果を人間・社会にフィードバックするものである(5)。また、データの量が増えれば、AIのアルゴリズムの精度も上がるとされており、さまざまなタイプのデータをマッシュアップ、分析、可視化することで、これまでにない新しい知見や価値が生み出されることも期待されている。なお、技術動向などについては情報処理推進機構(2018)などを参照されたい。

上述したように、情報社会では個々の組織や個人が行ってきたデータ分析の結果から情報や知識が生み出され、それが社会や組織、個人の意思決定に利活用されてきた。データ駆動型社会は、これをより一層加速化し、データが社会全体を動かす力に変えていく価値ある源泉力となることを意味するとともに、人間が介在することなく、データによって人間がより良く暮らしやすい社会を創造していくという意味もある。Society 5.0で目指す「人間中心の社会」を考えていく場合、社会を構成する個人や組織の間では利害関係をはじめとするさまざまな社会的課題があり、それらを同時に解決に導いていくことは人間の能力だけでは限界がありAIに頼らざるを得ない状況にある。

 
 
 
 

トラスト

本稿では、トラストを取り上げているが、これまで情報システムなどに関する多くの研究では、壊れない、かつ、いつでも正しく使用できるといった信頼性(Reliability)についてフォーカスされることが多かった。信頼性もSociety 5.0においては重要なことであるが、それ以上に(社会システムにおける)トラスト(信頼)について、さらなる議論を行っていく必要がある。

ルーマン(1990)は、社会の複雑性について、人間は信頼によってそれを縮減させていると論じている。その中で、信頼とは、幾つかの可能性を検討せずに、事前に排除して、世界の可能的事態の数を減らすことであるとともに、社会の分業化を可能にしていると指摘している。また、山岸・吉開(2009)でも指摘しているように、信頼関係が保たれることで、相手を疑う時間やコストの節約、情報の伝達や共有、コミュニケーション・手続きの簡略化の実現につながる。すなわち、信頼の実現によって、Society 5.0で想定しているように、企業間の共創の加速化や、新たなサービスやビジネスの創出、我々の生活をより豊かなものにしてくれることなどが期待できる。

ボッツマン(2018)は、トラストの歴史的な発展段階について、顔が見える地域・村社会に存在していたような地域社会における「ローカルな信頼」、次に政府、金融機関、大企業、FacebookやGoogleなどの巨大プラットフォーマーに代表されるさまざまな契約や法律に基づく「制度への信頼」を経て、現在テクノロジーを通じて人間が人間を信頼する「分散化された信頼」(6)へと推移していると述べている。長きにわたって、我々の社会ではFace to Faceのコミュニケーションなどを通じて、信頼関係が築かれてきた。しかしながら、インターネットなどを介して、コミュニケーションをとる集団のサイズが大きくなるにつれて、必ずしも顔の見えない、また見知らぬ人間との信頼構築の形も変わりつつある。ボッツマン(2018)は、技術は信頼の輪を広げ、見知らぬ人間とのつながりと協調の可能性を持っていると同時に、人間同士の垣根を高め、閉鎖してしまうこともあると指摘している。多様な利害関係がある社会においてはトラストの構築が容易ではないことは想像できる一方で、技術が人間と人間とのコミュニケーションを支えることで、シェアリングサービスのように、レーティングされた評価履歴などによって、見知らぬ人間であっても信頼するといったことも往々にある。個人や企業、ビジネス、システムなどが複雑につながったことで、日本においても信頼研究がさまざまな研究分野で展開されている(山岸, 1998; 小山, 2018)。

 
 
 
 

Society 5.0実現における課題

ここまでの議論で、Society 5.0が我々の生活をより良いものに変えてくれることはわかったものの、これが実現するためには乗り越えなければいけない壁が複数ある。その中には、技術で乗り越えられるものもあれば、そうでないものもある。この技術だけでは必ずしも乗り越えられないもののほとんどが、人間に依拠するものである。ここではその幾つかを紹介したい。

・データの真正性

フィジカル空間で生成され、また収集されるデータには真正性(7)が求められる。もし収集・蓄積されたデータが改ざんされたものであれば、それを利用して得られた分析結果は真実を反映したものでない可能性が高い。しかしながら、フィジカル空間におけるあらゆるデータの真正性ならびに、インターネットのようなサイバー空間におけるフェイクニュースであるかどうかの真偽を検証することは、必ずしも容易ではない。また、これと同時にシステムトラブル、サイバー攻撃、企業の不祥事などによって、これらのデータを収集・蓄積する企業や、これらを安心安全に実施できるようにルールや制度を整備している国に対しての信頼が失墜することは、社会受容性の観点からも大きな問題となる。

・AIと倫理

これは、AIを利用する個人や企業が持つべき倫理意識のことだけを指すのではなく、AI自身の倫理、つまりAIの倫理的判断等に関するものである。例えば、監視カメラなどが集めたデータによって差別的な評価選別をAIが行ったり、信用スコアサービスにより、個人情報やプライバシーの侵害など社会不安を助長したりすることにもつながる。また、ビジネスリスクとして、被害者からの損害賠償請求やレピュテーションの毀損なども考えられる。

この問題に向けた動きは、国内外ともに進められているものの、まだ道半ばという状態である。

・AIに対するトラスト

ここで考えることは、AIに対する信頼性ではなく、AIに対するトラストである。これはAIに対する社会受容性とも関連し、AIの本格的な社会実装を実現する上で避けては通れない問題である。

上述したように、「技術は信頼の輪を広げる」とボッツマン(2018)では述べられているものの、その技術自身に対する信頼(テクノロジーの信頼)はどうであろうか。これまでの閉じたシステムや技術であれば、気に入らなければそれを利用しなければよいだけであるが、Society 5.0では形や種類は違えどもAIを利活用した社会システムが構築される。AIと倫理でも触れたように、AIにプライバシーとセキュリティや安全性、公平性の考え方が備わっていなければAIが信頼できる存在にはなり得ない。また、そのAIを利用する企業もAIの動作について説明責任を果たす必要性もある。

AIに対する社会受容性を高めていくためには、個人や企業のAIの理解も必要であるが、その前にAIに対する信頼を構築していく必要がある。これらについても国内外ともに研究が進められている。

・監視社会

収集・蓄積されたデータの分析を通じて、一人一人により良いサービスを提供していくことは、別の角度から見れば、そのサービスを提供される個人に関する情報もデータとなり、収集・蓄積されていることになる。言い換えると、きめ細かなサービスの提供を受けるためには(システムの中で)その個人のプライバシーや情報を提供しなければならない。情報社会において問題視されたのはこれらのデータ収集およびデータの紐づけによる監視社会という考え方である(ライアン、2011)。この点については、ビッグデータの収集・蓄積を行っている現存企業が独占したデータをビジネスにつなげて巨額の利益を独占的に得ていると同時に、それが政府とつながり、政府による監視社会になるといったことが指摘され、研究が国内外ともに進められている。ゆえに、Society 5.0においても必然的にこの点についてもすでに危惧されている。

 
 
 
 

Society 5.0における経済学的変化

日立東大ラボ(2018)では、社会に行動変容をもたらした過去のイノベーション事例から見えてくるものとして「アンバンドル化」を指摘している。アンバンドル(分離)とは、一括して提供されていた商品やサービスを、解体あるいは細分化することを意味する。

経済学的に見れば、アンバンドル化は費用構造や産業構造、需要構造を大きく変えることになる。まず、費用構造に関して、デジタルサービスの提供基盤の構築に固定費用がかかるものの、サービスを複製するのにかかる追加的なコスト(限界費用)はほぼゼロに近いといった特徴を有する。次に、産業構造に関しては、デジタルプラットフォームの登場により、一体(バンドル)と考えられていたサービスが、時間・空間・組織から分離されるようになった。つまり、サービス提供の市場は、固定費がかからず限界費用がほぼゼロなので、少量多品種生産が可能になり、個別化されたサービスを提供できる。他方で、プラットフォームを提供する事業者はアンバンドルされた多種多様なサービスをプラットフォーム上に乗せることで規模と範囲の経済性を発揮させ、固定費の回収を進められる。最後に、需要構造に関しては、ネットワーク効果が発揮され、自由な市場競争において独占化が進むことになり、独占化されたプラットフォームはさまざまなサービス提供事業者が経済活動を行う基盤を与えながら、一つのエコシステムを形成することになる。

これらのことから、サービスの多様化が進むことは良いこととして、理想的なデジタルプラットフォームのあるべき姿について考えていく必要がある。

 
 
 
 

日本におけるキャッシュレス決済の行方

これまで、今後到来するSociety 5.0の概観について見てきた。これらを踏まえて、最後に、Society 5.0やデータ駆動型社会と関連し、直近の課題である日本におけるキャッシュレス決済(クレジットカードやICカード、QRコードによる決済)の行方について考えていく。なお、紙幣や硬貨などの現金がデジタルの現金である「デジタル通貨」に置き換えられる現象については日立東大ラボ(2018)などを参照されたい(8)。

2017年6月に「未来投資戦略2017-Society 5.0の実現に向けた改革-」(9)が閣議決定され、そこでKPI(KeyPerformance Indicator)として「今後10年後(2027年6月まで)に、キャッシュレス決済比率を倍増し、4割程度とすることを目指す」ことが設定され、そのために講ずるべき具体的施策などが示された。2014年に閣議決定された「日本再興戦略改訂2014─未来への挑戦─」(10)にキャッシュレス決済の普及による決済の利便性・効率性の向上が明記されてから3年間で、キャッシュレス社会の実現に向けたさまざまな活動や環境整備といった政府の動きは、スピーディなものであったといえる。この動きには、少子高齢化や人口減少にともなう労働者人口減少を背景に、実店舗等の無人化・省力化、不透明な現金資産の見える化、流動性向上と、不透明な現金流通の抑止による税収向上につながるとともに、支払いデータの利活用による消費の利便性向上や活性化など、国力強化につながるさまざまなメリットが期待されている。これは、これまで見てきたSociety5.0に通じることである。これらのメリットが期待されるのであれば、すでに日本において広く普及しているはずである。しかしながら、2017年時点でキャッシュレス決済比率は21.3%にとどまり、諸外国と比較してその水準が十分高いとは言い難いものとなっている。また、2027年にキャッシュレス決済比率を4割にするためには、毎年2.3%ずつ上昇させていかなければならず(年平均成長率は約7.18%)、その壁はかなり高いものであることは言うまでもない。これまで日本においてキャッシュレス化を牽引してきたのはクレジットカードによる決済であったが、それだけで目標とするキャッシュレス決済比率を達成することは容易ではなく、電子マネーやQRコードなどによる決済手段の市場拡大が必要となる(11)。ここで、電子マネーやQRコードなどによる決済が我々の生活に急速に浸透していくことが可能であるかといった疑問が生じる。決済手段という利便性だけを考えた場合、この答えはYESである。しかしながら、紙幣や硬貨は、誰が所有して、どこで何を買ったかまではわからないという高い匿名性を有している。これに対して、クレジットカードや電子マネー、QRコードなどによる決済手段を利用すれば、どこで何を買ったかを追跡することができ、これらの情報(支払いデータ)を利活用することは消費の利便性向上や活性化などにつながるが、それと同時に個人情報・プライバシーの問題に直面してしまう。

キャッシュレス決済行動ではないものの、[図表1]はIoTサービスの利用意図とプライバシー、利便性等の関係を表すモデルである(Ando, et al., 2016)。図に示したモデルは、IoT利用意図に直接的に影響を与える要因として、プライバシーリスクの認知、セキュリティリスクの認知、IoTの利便性があり、プライバシーリスクとセキュリティリスクは相互に影響し合うといった特徴を有している。また、これらのリスクはIoTの利便性にも影響を与える(つまり、これらのリスクは直接的のみならず、間接的にもIoT利用意図に影響を与えていることになる)。なお、図中にある(+)は正の影響を与えること、(-)は負の影響を与えることを意味している。

Ando, et al. (2016)は、「防犯サービス」と「予防医療サービス」の2つのサービスを想定して回答を求めるアンケート調査を実施し、その収集された回答データを用いて構造方程式モデリング(SEM: Structural Equation Modeling)と呼ばれる手法でもって分析を行った結果、提供されるサービスの内容によって、3つの要素間の関係が異なることを明らかにしている(12)。いずれのIoTサービスにおいてもプライバシーリスクの認知とセキュリティリスクの認知の間には関係が認められたものの、プライバシーリスクの認知と利便性の間には関係性が認められなかった。これは、キャッシュレス決済行動においても同様のことが言えるのではないかと思われる。[図表2]は、竹村他(2018)で検証が行われているQRコード決済サービス利用意図に関する技術受容モデル(TAM: Technology AcceptanceModel)を表している(13)。なお、図中にある(+)は正の影響を与えること、(-)は負の影響を与えることを意味している。

竹村他(2018)では、アンケート調査を実施し、その収集された回答データを用いて構造方程式モデリングで分析を行っている。その結果、このTAMの妥当性が明らかになった。また、QRコード決済サービスの利用が日ごろの支払いなどの利便性を向上させると信じるならば、それに対する態度を超えて利用意図に影響を与えうることを明らかにしている。また、習慣や規範からの影響を表す(外部)要因である「社会的影響」がTAMを構成する要因に影響を与えていることから、今後QRコード決済サービスの普及によって、個人の利用意図を高められることが予想されるとの示唆を与えている。さらに、利用意図に影響を与える要因の影響度合いが地域別・年齢層別によって異なることも明らかにしている。

これらの分析から、日本においてキャッシュレス決済が普及するためには、周りの人間の利用を確認することで、自らもそのサービスを利用しようという考えにつながることがわかる。その意味において、消費税率が引き上げされた2019年10月から翌年6月までの9カ月間にわたり、政府が時限的に導入したキャッシュレス決済の「ポイント還元制度」(キャッシュレス・消費者還元事業)はキャッシュレス決済を促す大きなインセンティブとなったことは疑う余地はないであろう。竹村(2019)によれば、クレジットカードによる決済とQRコードによる決済では、[図表2]の構造が異なることが指摘されており、今後より深化させた調査研究が国内外で展開されていくことが期待される。

   
   
 
 
 
 

おわりに

本稿では、Society 5.0が目指す「人間中心の社会」と「データ駆動型社会」について、これらを実現させるために必要となる「トラスト」を踏まえた論考を行った。Society 5.0実現における課題に対してさまざまなトラストを構築し、社会受容性を高める必要があることがわかった。Society 5.0に関するさまざまな分野の研究は今後加速度的に進んでいくであろう。また、その際、分野融合・分野横断的な展開が必要であることは言うまでもないだろう。

〈注〉
(1) 内閣府「科学技術基本計画」(https://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/index5.html)
(2) 内閣府「Society 5.0 」(https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/index.html)によれば、先端技術をあらゆる産業や社会生活に取り入れ、イノベーションから新たな価値が創造されることにより、誰もが快適で活力に満ちた質の高い生活を送ることのできる社会のことを人間中心の社会と呼んでいる。
(3) 日本経済再生本部「未来投資戦略2018-『Society 5.0』『データ駆動型社会』への変革-」(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/kettei.html)
(4) ビッグデータの特徴は、1) 膨大なデータの量(Volume)に加えて、2)従来からデータベースに格納・処理されていた(形のある)構造化されたデータだけでなく、テキスト、音声、画像といった非構造化されたデータなどさまざまな種類のデータ(Variety)、3) データが変化する頻度が多いというデータの発生頻度・更新頻度(Velocity)にある。これらの頭文字をとって「ビッグデータの3V」と呼ばれている。
(5) 近年「シンギュラリティ(Singularity)」という言葉が徐々に浸透しつつある。シンギュラリティ(技術的特異点)とは、人工知能が加速度的に発達し、人間の知性を超えることによって、人間の生活に大きな変化が起こるという概念を指す。また、2045年にはシンギュラリティに達するといわれている(「2045年問題」と呼ばれている)。
(6) 「分散化された信頼」は、制度や権威への一方的に向かう信頼ではなく、技術やプラットフォームを通して、多くの人の中で水平に分散される信頼である。
(7) ここでいうデータの真正性とは、生成されたデータに対して、虚偽入力、書き換え、消去などが防止されており、データの内容がもともとの状態のまま変えられていないことを意味する。
(8) デジタル通貨は、少なくとも原理的には、誰が所有して、どこで使われたかを追跡可能であるが、多くの場合、匿名性が損なわれるため、個人情報・プライバシーの問題が付きまとうことになる。
(9) 日本経済再生本部「未来投資戦略2017-Society 5.0の実現に向けた改革-」(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/kettei.html)
(10)日本経済再生本部「日本再興戦略改訂2014-未来への挑戦-」(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/kettei.html)
(11)キャッシュレス決済の普及を阻害する要因について、社会情勢、実店舗等、消費者、支払いサービス事業者の視点から簡単にまとめているものとして経済産業省「キャッシュレス・ビジョン」(https://www.meti.go.jp/press/2018/04/20180411001/20180411001-1.pdf)があるので参照されたい。
(12)予防医療サービスの場合、プライバシーリスク認知、セキュリティリスク認知のいずれもIoTサービスの利便性には影響を与えない。一方で、防犯サービスの場合、セキュリティリスクのみIoTサービスの利便性に影響を与えている。また、プライバシーリスクとセキュリティリスクは相互に影響を与えていることが確認されている。
(13)TAMとはDavis, et al. (1989)により提唱された(ある特定の)システムを利用する人間の行動をモデル化したものであり、人々がシステムや新たなサービスの利用を促すためにどのような要因を刺激すればよいかを議論するために広く用いられるものである。TAMでは、人々がサービスの利用に至る要因として「知覚された使いやすさ(Perceived Ease of Use)」「知覚された有用性(Perceived Usefulness)」「利用への態度(Attitude towardUsing)」「利用への行動意図(Behavioral Intention)」が挙げられている。本研究における分析モデルでは、これらの要因に加えて「社会的影響(Social Influence)」の要因が採用されている。

〈参考文献〉
(1) Ando, R., Shima, S., Takemura, T. (2016) Analysis ofPrivacy and Security Affecting the Intention of Use inPersonal Data Collection in an IoT Environment, IEICETRANS. INF. & SYST., Vol.E99-D, No.8, 1974-1981
(2) Davis, F.D., Bagozzi, R., Warshaw, P.R. (1989) UserAcceptance of Computer Technology: A Comparison ofTwo Theoretical Models, Management Science, Vol.35,No.8, 982-1003
(3) 小山虎 (2018)『信頼を考える~リヴァイアサンから人工知能まで』勁草書房
(4) 情報処理推進機構 (2018)『AI白書2019~企業を変えるAI 世界と日本の選択』KADOKAWA
(5) 竹村敏彦 (2019)「日本における消費者のキャッシュレス化に関する実証研究」『ゆうちょ資産研究』第26巻, forthcoming
(6) 竹村敏彦・神津多可思・武田浩一・末廣徹 (2018)「地域別・年齢層別に見たFinTechサービス普及に関する分析-QRコード決済サービスを一例として-」CRES Working Paper Series, Vol.FY2018-01
(7) 日立東大ラボ (2018)『Society 5.0~人間中心の超スマート社会』日本経済新聞出版社
(8) レイチェル・ボッツマン (2018)『TRUST~世界最先端の企業はいかに〈信頼〉を攻略したか』日経BP社
(9) 山岸俊男 (1998)『信頼の構造~こころと社会の進化ゲーム』東京大学出版会
(10) 山岸俊男・吉開範章 (2009)『ネット評判社会』NTT出版
(11) デイヴィッド・ライアン (2011)『監視スタディーズ~「見ること」「見られること」の社会理論』岩波書店
(12) ニクラス・ルーマン (1990)『信頼~社会的な複雑性の縮減メカニズム』勁草書房