日本の発酵食品が有する世界的な文化価値

2020年12月25日 15:48 Vol.74
   
北垣 浩志
佐賀大学教育研究院自然科学域農学系教授
Hiroshi Kitagaki
東京大学卒業、同大学院修了の後、米国サウスカロライナ医科大学、 内閣府・日本学術会議・連携会員、文部科学省・ 学術調査官等を経て2015年より現職。この間、 科学技術分野の文部科学大臣表彰、先端技術大賞・特別賞などを受賞。 現在、発酵と酵素の機能食品研究会の理事として、 発酵食品が健康に及ぼす影響を研究している。

精神文化としての発酵

日本の発酵食品の文化価値は禅宗や儒教、武士道、神道が築いてきた精神性と切り離して考えることはできない。

禅宗は6世紀の初め、南インドから中国に来た菩提達磨により打ち立てられた仏教の一形態。坐禅と呼ぶ禅定の修行を通して、全ての人が例外なく自分自身の内面に本来備えている仏性を再発見することを目指すものである。

儒教は紀元前500年頃の中国の孔子の教えに起源を持つ哲学の一種であり五常(仁、義、礼、智、信)を重視する。

神道は元々は祖霊崇拝的な民族宗教であったが、鎌倉時代から江戸時代にかけて、儒教の影響を受けて人間形成的な側面を持つようになった。

武士道は武士という社会階層で共有されていた文化であり、仁義や忠孝などを重視する。特に戦乱のなくなった江戸時代に禅宗や儒教、神道の影響を受けて武士の規範として形成され、享保元年(1716年)頃には佐賀藩藩士の山本常朝によって『葉隠』が著され、体系化された。

そのいずれもが修行の一環として発酵食品を含む食文化を有している。世界にも多くの食文化があるが、日本の食文化の最大の特徴は、行政官として機能した武士や宗教を担う僧侶という世襲制の中間階級が形成され、節制的な食文化を確立し、鎌倉時代から江戸時代にわたって永続させたところだろう。

そこでの修行は、食事やその作法を含めたものであった。武士の修行の場として禅宗の寺が多く使われたが、日本で禅宗を拓いた道元が書いた『典座教訓』には「典座」という修行僧の食事を司る要職が記載されている。このことからも、修行の中でいかに食が重視されていたかを知ることができる。

仏教の影響で殺生の禁止から肉食は忌避された。

禅宗の修行で食べる精進料理の献立の中のけんちん汁には味噌を使うし、醤油や漬物は必ず付いている。酢のものに使うお酢も発酵食品である。このように精進料理には多くの発酵食品がある。こうした発酵食品は、動物の命を犠牲にせずに植物性の素材だけ用いて、できるだけおいしく、栄養価も高くするという方針の下で開発・維持されてきたものである。

すなわち発酵食品は禅宗や儒教、神道、武士道の、自らを律し、平和を希求する精神性とともにある食文化であるといえる。このような節制的な文化は、人類史の中でも鎌倉時代から江戸時代の日本に特徴的なものである。

以上をまとめると、日本の発酵食品の文化は僧侶や武士たちという中間階級が、鎌倉時代、室町時代、江戸時代にわたって日本で育み発展させた禅宗や儒教、武士道、神道などの精神文化とともにある。このような長期に及び、一定の社会階層が節制的な食文化を維持発展させた例は人類史の中でも類い稀なものであり、日本が世界に誇るべき歴史遺産であるといえる。

 
 
 
 

発酵食品の成立の歴史

人類の食の原始形態は狩猟採集である。

しかし動物がいつ獲れるかはわからない。またどんぐりなどがいつ採集できるかはわからない。食糧の獲得はずっと不安定であり、飢え死にする人が人類史の中ではほとんどだった。

やがて野生植物のうち栽培可能なものを選び出して栽培し、安定した食糧を獲得する知恵を発揮する者が現れた。これは農業として、文明の礎となった。農業が始まると食糧の獲得は安定するようになった。しかし穀物の多くは秋が収穫期で、冬、春、夏には食べ物が採れなかったので、その間の食糧を確保するために食べ物を保存する必要があった。

しかし冷蔵庫が発明されたのはわずか約200年前である。そのため、それ以前には食糧の保存方法の一つとして発酵が使われた。もしくは食品の保存の過程でたまたま発酵が起こり、それがおいしいことを見つけて技術として確立した場合もあっただろう。

農業が大規模に確立するとそれと前後して文明が成立したと考えられる。

文明が成立すると王族や貴族といった世襲制の社会階層が生まれ、こうした社会階層は余剰食糧を蓄積することができたので、それを使って嗜好品もしくは権威の象徴の一つとして発酵食品を製造したと考えられている。

事実、中国初期の王朝である殷でも大規模に酒が製造されていた記載があるし、古代メソポタミアの『ギルガメシュ叙事詩』や古代エジプトの『死者の書』にもパンやビールの記載がある。

日本では縄文時代には肉食をしていたようだが、弥生時代に入り中国大陸から伝わった稲作が普及すると、米を中心にした食事をするようになる。645年に大化の改新が興り、仏教が国教になると肉食が忌避されるようになり、植物中心の食事が僧侶・貴族を中心に普及していく。701年に制定された大宝律令にも造酒司の官職や未醤(味噌の原型)が記載されており、発酵食品の製造が朝廷で組織的に行われていたことを示している。

奈良時代、律令制の下で兵部省が成立し武官が正式な官職となった。その後、近衛府となり、10世紀以降、平安京の治安を護り、天皇を守護する者たちが武士として認められるようになる。

鎌倉時代に幕府が鎌倉へと移り、武士が事実上の行政を行うようになると、武士は中間層の社会階級を形成するようになる。武士の教養として禅宗が重視されたことから、心身を鍛える修行の一環で食べられていた精進料理やその中に含まれる発酵食品は、武士の食べ物になったといえるだろう。

また政権が仏教、神道を保護育成したことに伴い、寺社の食事にも発酵食品が取り入れられていく。菩提酛、諸白造りなど現在の日本酒の製造方法の基盤の多くは、鎌倉時代から室町時代に寺社で開発されたものである。

江戸時代になり、戦乱がなくなって市場経済が発達すると、発酵食品も一般庶民の食になっていく。発酵食品の製造も平安時代は朝廷で、その後も室町時代の前半までは寺社で行われていたが、室町時代中盤以降は民間の企業が製造を行うようになっていく[図表1]。

明治時代に西洋の食品が入ってきて、西洋的な価値観を重視し、日本の伝統的な食文化を否定的にみる風潮が広まったことにより、伝統的な発酵食品の消費は全般的に減ってきている。

日本に西洋食が入ってきたのは明治維新後で、まだ150年の歴史しかないが、1300年以上の時間をかけて日本の伝統食文化は形成された。この年月は日本がこれだけの長い期間、独自の文化を花開かせてきた証しでもある。我々は日本文化の激変の世代の真っ最中にいるため、その変化に気づいていない。この世代で失ってしまうにはあまりにも惜しい、日本が世界に誇るべき、次の世代以降にも伝えるべき遺産であるといえる。

   
   
[図表1]日本における発酵食品の歴史
   
 
 
 
 

西洋と東洋の発酵食品の違い

世界には多くの発酵食品があるが、ヨーロッパ文化圏と東アジア文化圏に独自のものが目立ち、他地域の発酵食品はその影響を受けて生成されたものが多い。したがって西洋と東洋の発酵食品の違いがわかれば、世界の発酵食品の多様性はある程度理解したことになると大まかにはいえると考えている。

西洋の発酵食品の最大の特徴は、でんぷんの糖化に麦芽(麦の発芽したもの)を使うことである。パンやビールなどがこれに当たる。3300〜3100年前に書かれた、前述の『ギルガメシュ叙事詩』にもビールやパンが記載されており、古代メソポタミア文明、古代エジプト文明からヨーロッパ諸国に波及して、長く受け継がれて発展してきたものと思われる。

一方、東洋の発酵食品の最大の特徴はカビでつくった麹をでんぷんの糖化に使うことである。やはり3000年以上前の中国の殷の高宗が臣下の傅説を酒や醴(甘酒)を造るのに欠かせない麴蘖(酒を造るための麹)のようだと評したとの記載があり、その後の6世紀前半の『斉民要術』でも麹を使った発酵食品の製造方法の記載があることから、麹は東アジア文化圏で古くから受け継がれて発展してきたことがわかる。日本の場合は麹の製造に使われるのはほぼAspergillus oryzae またはA.luchuensisである。これらは1444年には文安の麹騒動が記載されていることから、およそ600年以上は一子相伝の技術として受け継がれてきたものである。中国ではMonascus属のカビを使った紅麹が漢の時代から使われてきた。

このように西洋でも東洋でも発酵食品は古くから受け継がれ、独自の発展を遂げており、近隣地域に多様な影響を及ぼしている。

   
日本の麹は、穀類を一度蒸煮したのち、カビの一種である麹菌を蒸米に生育させた粒状のもの。麹の内外に多くの種類の酵素が生成され、醸造をはじめとするさまざまな食品に用いられている
 
 
 
 

和食の成立の歴史

弥生時代の成立は稲作の普及とともにあったと考えられる。

その後、大和朝廷が成立し、木簡に書かれた文字から、各地から税として漬物や海産物、果物などが献上されたことがわかっている。飛鳥時代、奈良時代には神社などで神と共に食べる料理として神饌料理が成立した。これは現在も大嘗祭などの食事にその名残が見られる。

平安時代には中国の唐の影響で、貴族の間で大皿で食べる大饗料理(有職料理)が広がった。しかし仏教の伝来とともに肉食が忌避され、特に僧侶の間では穀物中心の食べ物になっていった。貴族も同様に肉食を忌避していたとは思われるが、完全に肉を食べていなかったわけではなかったようである。

この時期の調味料は塩、醤(醤油と思われるが穀物を使っていたかは不明)、未醤(味噌に変化したと思われる)、酒、糖、甘葛煎、胡麻油、蘇(チーズ)、酪(ヨーグルトあるいはバター)などであったと考えられるが、庶民は手にすることはできず、貴族層や寺社で使われていたようだ。

仏教の影響で肉食が忌避されたことに伴い、穀物食では本来、肉に含まれていたミネラルが不足したことから、塩の製造が普及するようになった。6~7世紀頃には、干した海草に海水を加え、かん水(濃い塩水)を採るようになり、それを土器に入れて煮詰めて塩を作るようになった。8世紀に入ると、海草の代わりに塩分が付着した砂を利用してかん水を採る方法「塩地」になっていき、9世紀には効率的に塩を得るため「塩浜」が形成されていく(たばこと塩の博物館ウェブサイト)。

このようにして塩の製造が増えて塩が普及していくと、食べ物を塩に漬けて保存することが多くなり、塩を含む発酵食品が日本各地で普及、発達していく。醤油、味噌に加えて、漬物、魚醤などが全国各地で開発されていくようになった。

12〜13世紀、鎌倉時代に入ると禅宗が日本に伝わり武士の間で広まった。禅宗で食べる食事として精進料理が定着した。室町時代に入り茶道とともに懐石料理が、膳に乗せた本格的な料理として本膳料理が成立した。左:京都の黄檗禅宗「瑞芝山閑臥庵(がんがあん)」。京普茶料理という油を巧みに使う精進料理が有名。右:京都の「東林院」では、住職から学べる精進料理教室も開催されている

江戸時代には本膳料理、懐石料理、上方料理などが発展していった。

明治時代になって武士階級が消滅し、廃仏毀釈により仏教や神道が日々の生活に密着したものから冠婚葬祭に限られるようになったのに伴い、伝統的な発酵食品は少なくなり、洋食が普及。和食と洋食の両方が食卓に上るようになり、現在に至っている[図表2]。

近年の研究で日本食は健康によく、特に1970年代の日本食が老化を防止するのによいということがわかってきている(Yamamoto K. et al., 2015)。

   
京都の黄檗禅宗「瑞芝山閑臥庵(がんがあん)」。京普茶料理という油を巧みに使う精進料理が有名。
   
京都の「東林院」では、住職から学べる精進料理教室も開催されている
   
   
[図表2]日本の和食の歴史的な変遷
   
 
 
 
 

発酵食品の健康機能性の研究の歴史

発酵食品は病気を治すために造られたものなのであろうか?発酵食品は元々は保存のためとか、嗜好の観点から開発されたものであっただろう。決して健康に良いからという理由で開発されたものではないと考える。

しかし、健康に悪かったら、自分の子どもや孫に受け継ごうとは思わず、途中で消えるのではないだろうか?体の調子が悪くなるようなものを、我々の先祖は子どもや孫に食べさせようと思っただろうか?

私自身は、発酵食品はむしろ健康に良いもの、少なくとも体に悪さをしないものとして観察し、確認してそれを我々の先祖は受け継いできたものだと考えている。

人類は昔から、発酵食品が健康に良いことをその経験から認知してきた。

旧約聖書の中でモーゼは「発酵乳は最高唯一神であるエホバが、民衆に与えた食べものである」と語っている。古代ローマ皇帝に仕えた医師ガレノス(129〜199年頃)はヨーグルトが腸に良いことを記載していた。仏教の『涅槃経』(418年)には、「牛より乳を出し、乳より酪を出し、酪より生酥を出し、生酥より熟酥を出し、熟酥より醍醐を出す。醍醐は最上なり。もし服する者あらば衆病皆除く。あらゆる諸楽ことごとくその中に入るがごとく仏もまたかくのごとし」と、牛乳から造るヨーグルトやチーズが健康に良いことが記載されている。日本最古の医書である『医心方』(984年)には、酪、蘇、醍醐の効用として、全身の衰弱を治し、便秘を和らげ、皮膚を艶やかにすると記されている。貝原益軒(1630〜1714年)が書いた『養生訓』には、「味噌、性和にして腸胃を補なふ」と味噌が胃腸に良いことを記載している。味噌汁が庶民の味として盛んに飲まれていた江戸時代の代表的な食の解説書である『本朝食鑑』(1697年)の「味噌」の項に、次のように書かれている。「腹中をくつろげ、血を活かし、百薬の毒を排出する。胃に入って、消化を助け、元気を運び血の巡りを良くする。痛みを鎮めて、良く食欲をひきだしてくれる。嘔吐をおさえ、腹下しを止める。また髪を黒くし、皮膚を潤す」

ヨーグルトが健康科学の対象になったのは1908年にノーベル賞を受賞したメチニコフの時代である。腸内腐敗が老化の原因であり、ヨーグルトに含まれる乳酸菌を摂取することで腸内を弱酸性にし、腸内の腐敗を防ぐことで老化を防止することができるとした。

2000年前後には細菌の部品に反応する受容体が発見され(Beutler B. 2004)、自然免疫という新たな免疫があることが明らかになる。これにより、食べた乳酸菌が腸管で免疫を高めることがわかった。数日間かかって活性化する抗体免疫ではなく、触れてすぐに受容体(TLR)を介して活性化する免疫細胞が発見された(=自然免疫)。これによって腸内細菌学と免疫学が融合し、乳酸菌を摂取することで免疫を高めるという新たなパラダイムと市場が創生された[図表3]。

しかし、過去200年、どんな食品が健康に良いか?という質問に答えてきたのは、栄養学という学問である。20世紀の前半に栄養学が確立するまでは、餓死したり栄養が偏って病気になる人が実に多かった。そのような人々を救うため、およそ2世紀前に栄養学という学問が興り、約200年にわたる研究の蓄積により、総カロリーが大切なこと、タンパク質、脂質、糖質のバランスが大事なこと、これらの3大栄養素だけではなく、ビタミンも大事なことなど、栄養学の基礎的な知見が明らかにされ多くの人の命を救ってきた。栄養学の知見は栄養不足や偏りで亡くなったり病気になった人たち、それを防ごうと努力してきた医師や研究者、貴重な実験動物たちの犠牲の上に積み上げられてきたものである。発酵食品を健康維持に生かそうとするのはよいが、あくまでもこれまで積み上げられてきた栄養学の知見の上に発酵食品の健康は語られるべきものである。

一方、発酵学はパスツール以来150年間、生化学や微生物学、分子生物学の知見を取り入れて発展してきたが、これまで栄養学や免疫学をはじめとした健康科学、医学の知見の取り込みは充分であったとはいえない。

したがって発酵食品が健康に良いのか、良いとすればどのようなメカニズムが働くのかという質問は、現在急速に発展しつつある分野ではあるが、あくまでもこれまで2世紀にわたって発展してきた栄養学や関連の健康科学、医学などの知見を乗り越えるものではない。これまでの学問が打ち立ててきた、タンパク質、脂質、炭水化物のバランスやトータルカロリー、ビタミンなどの基礎的な知見はまず守って、その上で発酵食品を取り入れるべきである。

では発酵食品はどのように健康に良いのであろうか。まず発酵食品は微生物で造るものであることから、微生物を含むことが特徴である。発酵食品の多くは植物性の素材で造るので、植物性の素材を食べる微生物が多く、動物である人に病原性を示すものは少ない。

したがって人に摂取されても、腸管で病原性を示さずに適度に免疫を刺激してくれる、ありがたい存在であるといえるだろう。近年の研究で、微生物の部品自体も免疫を活性化することが明らかになった。すなわち、微生物の部品、例えば乳酸菌のLPS、二重鎖RNA、酵母のβ-グルカンは免疫を活性化することがわかっている。このため、我々が食べ物を口にした後、胃を通過して到達する小腸には免疫細胞が多数待ち構えており、発酵食品を食べると、小腸で微生物の部品が免疫細胞を活性化してくれる。さらにこれらの微生物は腸管で病原性を示さず、いいことだらけだといえる。

微生物は自分が植物や動物から栄養分を摂取するため酵素を出して分解する。しかしこの酵素はヒトが小腸で出す酵素とは異なる性質を持ち、このことからできた物質は人の腸管にはないものになる。この中には健康機能性を発揮するものがある。例えば米や麦のでんぷんからできるオリゴ糖、麹の酵素で米のタンパク質からできるアンギオテンシン変換酵素阻害ペプチドなどがこれにあたる。

また発酵食品に含まれる酵素自体にもビフィズス菌を増やし、腸内細菌叢を改善する効果が発見されており(Yang Y. etal. 2015)、発酵食品を食べる意義について、酵素の補給という点が追加されたといえる。歴史上、いったん否定されたかに見えた「酵素を食べるのが健康に良い」という概念が見直されつつあるのだ。

近年、大豆食品の中でも、特に発酵性大豆食品が循環器疾患による死亡のリスクを下げるという研究が発表された(Katagiri R. et al. 2020)。また納豆などに多く含まれているポリアミンも免疫細胞の異常メチル化を抑えてLFA-1を減らし、慢性炎症を防ぐことが判明(Soda K. 2018)している。エルゴチオネインも一部の発酵食品に含まれ、抗酸化性を持っていることがわかっている。

さらに、腸内の善玉菌を増やす作用のある物質が、発酵微生物には含まれていることも明らかになってきた。多くの発酵食品に含まれるオリゴ糖は善玉菌を増やすプレバイオティクスとして機能するし、日本の発酵食品の、麹由来グリコシルセラミドも腸内細菌の善玉菌であるBlautia coccoidesを増やしたり(Hamajima H. et al., 2016)肝臓コレステロールを減少させる(Hamajima H. et al., 2019)。腸内細菌の改善は生活習慣病の改善につながるし、Blautia coccoidesは摂食すると不安を改善する効果や大腸の制御性T細胞を集積し、免疫を抑制する効果も示唆されている。

こうした善玉菌が増えると、腸内を酸性にして悪玉菌の繁殖を防ぐとともに、腸内細菌自体が食物繊維から短鎖脂肪酸などを生産して小腸パイエル板の免疫細胞に作用し、感染バリア機能を持つIgAの分泌を促すことがわかりつつある。

   
[図表3] 乳酸菌研究の歴史
 
 
 
 

発酵学の独自の発展

世界で3000年以上、日本においても1300年以上の時間をかけて発展してきた発酵文化・発酵学であるが、その中には多くの知恵が含まれており、19世紀後半からさまざまな科学と異分野融合することで独自の発展を遂げるようになった。

こうした成功例には多くのものがあるが、例えば1928年にイギリスのフレミング博士は、カマンベールチーズの製造にも使われる青カビの仲間から、実験の失敗から着想を得て、細菌を殺す「抗生物質」を発見した。これは、カビや細菌は人類を攻撃するが、カビにとっても細菌は敵であることから、カビは細菌を攻撃する武器を持っているためである。この成果により、人類は一旦病原菌に感染した後でも、治療する手段を史上初めて手に入れ、感染症による死者数は世界中で激減した。

日本には醤油という世界に誇る調味料があるが、グルタミン酸ナトリウムという旨味を発揮する調味料を、1956年に木下祝郎先生、鵜高重三先生が発酵技術で生み出した研究も発酵学の発展形であるといえる。

北里大学の大村智先生は、発展途上国で多い寄生虫によって引き起こされる河川盲目症(オンコセルカ症)の特効薬であるイベルメクチンを土壌微生物から分離して1981年に開発し、ノーベル賞を受賞されている。

コレステロール値を下げ心筋梗塞を防ぐ薬剤としてスタチンが1987年には東京農工大学の遠藤章先生により開発され、世界で普及しているが、これも中国の発酵食品である紅麹に含まれるモナコリンが原料になっている[図表4]。

このように発酵文化、発酵学から派生・発展した研究は、世界中に、人類全体に貢献しているのである。その中には日本人が成し遂げた研究が多いことは、あまり一般には知られておらず、もっと世界に対して誇ってもよいことだと思われる。これからも発酵文化、発酵学の古来の英知を生かして、新たな学問が発生していくと考えられる。

   
   
[図表4]近世の発酵発の研究
 
 
 
 

おわりに

日本の発酵食品の健康機能性については、まだまだわかっていないことも多い。しかし確実にいえるのは、日本の発酵食品を食べる瞬間、我々は鎌倉時代、室町時代、江戸時代と800年続いた寺社の僧侶たちや禅宗の寺で修行する武士たちと同じ瞬間を味わっているということだ。世界に日本の発酵文化を伝えるとは、日本でこれらの期間、独自に発展してきた禅宗、儒教、武士道や神道の文化を伝えることでもある。

〈参考文献〉
たばこと塩の博物館 https://www.tabashio.jp/collection/salt/index.html(Accessed 20201023.)
Yamamoto K, E S, Hatakeyama Y, Sakamoto Y, Honma T, Jibu Y,Kawakami Y, Tsuduki T. 2015. The Japanese diet from 1975delays senescence and prolongs life span in SAMP8 mice.Nutrition 32(1), 122-8.
Beutler B. 2004. Inferences, questions and possibilities in Tolllike receptor signalling. Nature 430, 257–263.
Yang Y, Iwamoto A, Kumrungsee T, Okazaki Y, Kuroda M,Yamaguchi S, Kato N. 2017. Consumption of an acidprotease derived from Aspergillus oryzae causesbifidogenic effect in rats. Nutr. Res. 44, 60-66.
Katagiri R, Sawada N, Goto A, Yamaji T, Iwasaki M, Noda M, IsoH, Tsugane S; Japan Public Health Center-basedProspective Study Group. 2020. Association of soy andfermented soy product intake with total and cause specificmortality: prospective cohort study B. M. J. 368, m34.
Soda K. 2018. Polyamine metabolism and gene methylation inconjunction with one-carbon metabolism. Int. J. Mol. Sci.19, 3106.
Hamajima H, Matsunaga H, Fujikawa A, Sato T, Mitsutake S,Yanagita T, Nagao K, Nakayama J, Kitagaki H. 2016.Japanese traditional dietary fungus koji Aspergillus oryzaefunctions as a prebiotic for Blautia coccoides throughglycosylceramide: Japanese dietary fungus koji is a newprebiotic. Springerplus. 5(1), 1321.
Hamajima H, Tanaka M, Miyagawa M, Sakamoto M, NakamuraT, Yanagita T, Nishimukai M, Mitsutake S, Nakayama J,Nagao K, Kitagaki H. 2019. Koji glycosylceramidecommonly contained in Japanese traditional fermentedfoods alters cholesterol metabolism in obese mice. Biosci.Biotechnol Biochem. 83(8), 1514-1522.