昆虫食から考える未来の食ビジョン

2020年12月25日 15:48 Vol.74
   
篠原 祐太
レストラン「ANTCICADA」代表
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1994年、地球生まれ。慶應義塾大学卒業。昆虫食歴22年。 幼少期から自然を愛し、あらゆる野生を味わう。 「ラーメン凪」やミシュラン一つ星「四谷うえ村」で修業し、 食材としての虫の可能性を探究。昆虫料理創作から、出張料理、 ワークショップ、授業、執筆と幅広く手掛ける。狩猟免許や森林ガイド資格も保持。

経験者も未経験者も、最近気になっている珍しい食の一つは昆虫食ではないだろうか。目下、この昆虫食業界の寵児は1994年生まれの篠原祐太氏。いまで言うZ世代である。地球飢餓対策、効率的省力的なタンパク質、サステナビリティなどの視点から未来食として語られる機会も増えている。しかし篠原さんと仲間たちは、それらとはまた違う想いで未来の昆虫食に取り組んでいる。その胸の内を伺った。

昆虫食に魅せられた理由 

― まずは、いろいろな機会に聞かれていると思いますが、昆虫を最初に食べたのはいつ頃で、どのようなきっかけからでしょうか。

篠原 いつからかはわからないのですが、身の回りのものが、これは食べられるとか食べられないとか、いわゆる一般常識が植え付けられる前に、たまたま昆虫を食べたのだと思います。その原体験が“美味しい”だった。だから食べるようになったのでしょう。よく皆さんに「何か特別なきっかけがあったのでは」と聞かれるのですが、残念ながらありません。特殊な環境に育ったんだろうと想像される方も多いようですが、育ったのは東京都内の普通のサラリーマン家庭。ただ、昆虫を食べる以前に昆虫が大好きでした。男の子は車が好きだったり、野球が好きだったりってあるじゃないですか。僕の場合は、昆虫でした。それだけです。今のお子さんたちだって、予備情報なしに昆虫を食べる機会があったら、好きになるケースは多いと思いますよ。

― 同年代の友達には昆虫を食べることを勧めたりはしなかったですか。

篠原 幼稚園に入った頃にはもう一般常識を理解していまして、虫というのはどうやら世間的には怖かったり、嫌なものなのだと気づきました。教室に虫が出ると皆、騒いで怖がる。そんな様子を見ながら、ここで「虫は美味しいよ」なんて言ったら仲間はずれになるなと。そういう社会性はあったんです。だから、昆虫食という嗜好は、あくまで個人的な秘めた行為と決めていました。

― それが、何がきっかけで解き放たれたのでしょう。

篠原 入学した大学には多種多様なサークルがあって、ここなら大丈夫かもと思いました。もう一つは、2013年に国連食糧農業機関(FAO)が昆虫食を未来食だと推奨したのが大きかったです。肉・魚よりタンパク質含有量が高く栄養分も豊富であるという概要を示しました。これにとても勇気をもらいました。世界的に見ればアジア・南米・アフリカで、20億人もの昆虫食人口があります。もう隠す必要もないなと。それで勇気を持って昆虫食の趣味をカミングアウトして、SNSで昆虫の記事をシェアしたりしているうちに、昆虫を採りたいとか、食べたいという人が出てきた。

ある時、仲間で山に行ってセミを採って炒めて食べると、みんな喜んでくれて。これがきっかけとなって、せっかく虫を食べてもらうなら、一番美味しいと思う虫を一番いい状態で食べさせてあげたい。そう強く思うようになったのです。料理もいろいろ試してコオロギの素揚げやタガメのチョコレートブラウニーなどを作ってSNSにアップしていたら、調理してみたいという人からも連絡をもらったり。ちなみにオスのタガメは繁殖期になるとフェロモンを出すのですが、これがフルーティでとても良い香りなんです。お酒につけても美味しいし、チョコレートなどとも合うのでデザートにも向いています。

噂が広がり、昆虫食が好きな人や好奇心の強い人が自然に集まってくるようになりました。

 
 
 
 

イベントで始めたコオロギラーメンが大人気に

― 篠原さんは、大学時代からすでに「地球少年」という名前で活動し、昆虫食専門家としてメディアにも紹介され始めていました。当時はどういう夢を描かれていたのですか。将来的に昆虫食を仕事として意識されていましたか。

篠原 仕事というより、とにかく昆虫のイメージを変えたい気持ちが強かったです。本当に大好きなので、大好きなものが憶測だけでネガティブにいわれたり、偏見で忌み嫌われてしまうのが悲しかった。食材として他の動植物と同じ場所に並べたい。そのためにやりたかったのがコオロギラーメンでした。ラーメンは誰もが好きな国民食なのでトライしてくれる人も多いと思ったのです。やってみようか、と言ってくださったのが「ラーメン凪」さんで、2015年のことでした。凪さんは人気店で誤解を受けるリスクもあるのに、一緒に美味しいものを作ろうと協力してくださった。今でもとても感謝しています。イベントでコオロギラーメンを提供すると爆発的な人気になり、たくさん取材を受けるようになりました。

おかげで当時と比べると、少しずつですが、昆虫食へのイメージは変わってきてると思います。僕が昆虫食をカミングアウトして活動を始めた当初は、世の中の大多数の人が“昆虫なんて”という雰囲気で、イベントができる環境ではありませんでした。その後、コオロギラーメンのイベントは、慶應義塾大学の学食、日比谷音楽堂でのイベント、フーデックス・ジャパンでも人気を博し、フィンランドやエストニアからの招聘もありました。海外はさらに昆虫食への抵抗感は低くなっていると感じました。

 
 
 
 

レストランを作った意味

― 2018年にフーデックス・ジャパンの新規企画ゾーン、SDGsコーナーで篠原さんたちの活動を拝見しました。そのとき、コオロギラーメンを頂き、タガメから抽出した香りも嗅がせてもらいました。そして「今度これでジンを作ります」と聞き、非常に面白いと思ったのです。

篠原 コオロギラーメンをきっかけに手伝ってくれる仲間が増え、その中でビジネスとして一緒にやっていきたい仲間との出会いがありました。

フーデックス・ジャパンでタガメの香りをプレゼンテーションしていた山口歩夢は、当時、東京農業大学醸造科学科の学生で、今は大切な事業パートナーです。彼の醸造の知識と技術のおかげで、発酵というアプローチからも昆虫の可能性が広がりました。山口とは出会ったその日からコオロギで醤油を作る話や、タガメでジンを作る話で盛り上がりました。今、コオロギラーメンに使っている醤油は彼の発明で、蒸したコオロギに麹菌を生やしてもろみにしています。おそらく世界唯一ではないかと思います。そして山口より1年ほど前に出会ったのが関根賢人。彼は同じ慶應義塾大学出身で法学部を卒業してメガバンクに就職しますが、すぐに東京の一つ星フランス料理店に転職しました。僕と同じく、小さな頃から偏見なくいろんなものを食べていて、大学時代は“実は美味しい食材”“見過ごされている食材”を料理して振る舞う活動をしていました。その頃からいつかレストランをやりたいと考えていたので、考え方の近い関根と組むことにしたんです。

   
世界初、タイワンタガメのオスを蒸留して製造。タガメのフルーティな香りとジンが好相性。岐阜県「アルケミエ辰巳蒸留所」と共同開発
   
大豆を用いず、コオロギを発酵させた調味料。コオロギの香りと麹菌・酵母が生み出す旨味が味わえる。愛知県「桝塚味噌」と共同開発
   
丁寧に焙煎したフタホシコオロギとモルトを麦汁に加え、醸造した黒ビール。もっちりした泡が特徴。岩手県「遠野醸造」と共同開発

― それが、レストラン「ANTCICADA」のオープンにつながるんですね。ただ固定の場所を持つのはリスクでもあると思います。なぜイベントでなく、レストランでなければならなかったのですか。

篠原 レストランというよりは、“食体験を継続的に提案する場”が必要でした。ラーメンイベントは話題にはなっても、その場限りです。それに、僕らの目的は昆虫食だけではない。広い意味で自然との関わりへの理解を深め、体験するきっかけを作りたい。昆虫と同じように見過ごされている食材、可能性のある食材を実際に説明して、お客さんと対話しながら食べていただくことが重要です。なぜなら自然への理解で一番の説得力は食だと思うから。自分の体の一部になるということは個人的体験で、食べた人自身のパーソナルな説得力です。頭での理解とは違います。

― 「ANTCICADA」は、オープン前からクラウドファンディングでも話題でした。大勢の人たちにサポートされたのは、それまでの活動の知名度も大きかったと思います。

篠原 レストランは2020年6月4日、虫の日にオープンしました。この日のオープンは譲れなかった。開業したいという構想から約3年。本来4月開業予定だったのですがコロナ禍に。クラウドファンディング(2019年11月20日〜2020年1月8日に実施。目標額300万円に対して2倍を超える689万円を集めた)での支援金はもちろん嬉しかったけど、目的は共感者を増やすことでした。だからクラウドファンディングのお返しも、支援者と継続的な関係を築けるものを工夫しました。例えば「16490円いい虫食おうコース」。決して安いコースではありませんが、これを選んでくれた方々は支援者というより、一緒にやっていく仲間という認識です。今も「ANTS」というLINEグループを作って、新商品の試飲試食は真っ先にしてもらいます。コオロギビール(2020年6月発売)も最初に飲んでもらって、味の感想や何と合わせたら美味しそうかといった意見交換の場を設けました。実際、瓶ビールのアイデアは、LINEのメンバーの意見を実現したもの。現在メンバーは95人です。

   
2種のコオロギ出汁のほか、醤油・油・麺にもコオロギを使用。大人気のコオロギラーメン。
   
コースメニューでは昆虫以外の食材も扱う。こちらは鹿肉のグリル。レストラン「ANTCICADA」https://antcicada.com/

― その方たちは、どんなプロフィールの方が多いですか。どんなきっかけで、そのクラウドファンディングを知ったのでしょうか。

篠原 年齢層、職業はバラバラで、30代の独身の方から家族で参加される方まで。やや男性が多いでしょうか。メディアで見た人、食の新しいことを調べたら行き着いた人、昆虫食に興味があった人、共通するのは新しいものへのモチベーションが高いことですね。ANTSメンバーでは定期的に集まる会もやっています。こうしたコアな仲間の存在が、僕らのような活動を広げるにはとても大事です。自分たちだけのマンパワーには限界がありますし、自己発信より他者のクチコミは説得力が感じられ、継続性も高くなる。彼らとはタガメジン製造時の下処理も一緒にやったりして、新しいものを生み出していく仲間のような存在です。

― レストランには昆虫食への許容度もさまざまな方がやって来ると思います。コミュニケーションやプレゼンテーションの仕方で意識していること、気をつけていることはありますか。

篠原 意識しているのは、食材としての魅力や可能性を伝えるということです。昆虫食はタンパク質を効率よく摂取できるとか、資源的にも省スペースで生育できるとか、機能面で語られることが多い。こういう視点は必要に迫られて食べるという消極的な考えがベースです。僕らは情緒的に、美味しいから食べたいと思わせたい。料理人メンバーとして加わった白鳥翔大は、幼少期から自力で捕まえた魚を調理して食べることを好んでいて、生き物や自然が大好きでした。二つ星レストランの「レフェルベソンス」で7年修業、その後デンマークで新北欧料理も体感している。僕らとは価値観がぴったりでした。彼が加わったことで、より洗練された料理として昆虫をはじめ、多様な食材の料理としての可能性が広がったと思います。現在レストランは週3日の営業で、金・土はコース料理、日曜日は終日コオロギラーメンを提供しています。おかげさまでレストランの予約も満席が続き、コオロギラーメンもたくさんの人に味わっていただいています。ラーメンは通販でも販売してリピーターの多い人気商品に成長しました。僕らの中ではコオロギラーメンは誰でも参加できる昆虫食の入門編、コース料理は地球という自然を味わっていただく総合体験と考えています。ドリンクも体験の一部で、アルコールとノンアルコールのコースがあるのですが、全て山口が監修したユニークなドリンクを提供しています。レストランは対面式カウンターで、そもそもコース料理では、昆虫の姿のまま出すような料理は極力作りません。見た目でマイナスになるのを避けるためです。でも、緩急はつける。今出しているセミの幼虫の唐揚げ(セミが木に止まっているようなプレゼンテーションで提供)のような皿も差し込みます。苦手な人もいるのは承知で、許容度を見ながら接客しています。

― レストラン以外では、どんな活動をされているのですか?

篠原 一つはファン向けの活動。夏はセミ採りに毎週行きました。「子どもが虫好きだけれど、思うように採れない」と、家族で参加いただくケースも多いです。虫採りを通じての食育は大事な活動です。また、食材は自ら探しに行くことがほとんど。食材探しに時間をかけています。今、調達中心に動いてくれているのが豊永裕美。産地には全員で行くことも多い。例えば、害虫とされるスズメバチも食材の一つです。スズメバチ駆除は自治体にとって課題ですが、問題が大きくなったのは、森が開拓されてスズメバチと人間の居住地域が近づいたから。駆除の依頼は増え、収入になる。その場合、殺虫剤を使うのが一番早いのですが、強い薬品なので他の生態系にも影響します。煙で燻してハチを外に出す伝統的な駆除方法であれば、巣の中のハチ、幼虫たちは生きられます。スズメバチの幼虫はクリーミーで、とても美味しい。ただ、燻煙方式は時間もかかって儲からない。環境に良いからというだけではやる人は増えません。一方、普通の駆除が2万円に対して、生け捕りにして巣の中の幼虫や蛹を売ると合計3万円の売り上げになる、となれば燻煙でやる人々は増える。そのような活動を地元のスズメバチハンターさんと組んでやっています。こういったロールモデルを作り、他の自治体にも波及させ、これまで害獣・害虫だったものが新たな経済価値を持つ活動は増やしていきたいですね。ほかに取り組んでいるのは、蚕、イナゴ、カミキリムシの幼虫など。蚕の糞は、山口が発酵させてコンブ茶も作っていますが、美味ですよ。今後はレストラン経営を柱にしながら、外部の商品開発やイベント、食育、自治体のコンサルなど、活動を徐々に広げていく予定です。

   
昆虫を捕って食べるワークショップ。食育や自然体験の機会としても昆虫食に手応えを感じている。
   
虫を筆頭に、扱う食材は自力でも調達する。定休日を中心に全国各地に足を運び、捕っては食べて新規開拓に励む。文字どおり“食は冒険だ”
 
 
 
 

大切なのは、いろいろなレイヤーで昆虫食に関わる人が増えること

― 昆虫食に関する環境が、活動開始された頃より随分変わったとおっしゃっていました。これからもっと広げていくには、何が必要だと思われますか。

篠原 僕らができることはほんの一部なので、フィールドの違う人たちがさまざまな形で関わっていくのが大事だと思います。例えば、2020年5月に発売になった無印良品の「コオロギせんべい」は、大きな話題になったし売れました。こういった大手企業の取り組みも僕らは歓迎です。昆虫食へのハードルがマスで下がるわけですから。この2〜3年の業界の変化は大きいし、いろいろなプレーヤーが1、2年という短期間に現れているので、この動きはもっと広がると思います。そして国や学術系の動きも活発になってきました。例えば内閣府はムーンショットといって、2050年までに人間が目指していく社会像を呈示しています。ここでも持続可能な資源、宇宙で生産可能な資源が挙がっていて、昆虫も対象になるでしょう。

― 産官学の動きに篠原さん、ANTCICADAのメンバーが具体的に関わっていることはありますか?

篠原 今、一番大量に使っている食材のコオロギは、徳島大学のベンチャー企業(株)グリラスや、太陽グリーンエナジー(株)で生産されています。コオロギは雑食性でなんでも食べるので、餌でどう味が変わるかをもっと調べたい。「こんな餌で育ててほしい」とリクエストを出しています。国や大学、企業が関わって供給が安定すれば、僕らも安く使える。コオロギはラーメンでたくさん使います。また、安全評価の類いの研究もありがたい。例えばアレルギーテストとか。僕らのような川下のプレーヤーは、何を調べてほしいか、どんなデータがあったら役立つかを伝えることができます。

ANTCICADAは“食は作業ではない、冒険だ”をキャッチフレーズに掲げていて、目指すところは地球上の生物全てがフラットに理解される社会です。そのためには、新しい食材の可能性をお客さんと共に探っていくこと、さまざまな食材の可能性を見せることが、結果的に昆虫食のハードルも下げると思っています。確固とした食文化として定着するまでやっていくつもりです。