“銭湯”という街中のケアインフラ

平松 佑介

小杉湯三代目、株式会社小杉湯代表取締役

2026年9月26日 11:00 Vol.97
   
平松 佑介
小杉湯三代目、株式会社小杉湯代表取締役
Yusuke Hiramatsu
1980年東京都生まれ。昭和8年創業、国の登録有形文化財に登録された東京・高円寺の老舗銭湯「小杉湯」の三代目。2020年3月に「小杉湯となり」、2024年4月に東急プラザ原宿「ハラカド」に2店舗目となる「小杉湯原宿」を開業。モットーは「きれいで、清潔で、気持ちのいいお風呂」を沸かすこと。

都内屈指の人気銭湯。2024年には「小杉湯原宿」をオープンした。山積みのタスクを下ろし、肩書きを脱ぎ捨てて、広い浴槽で手足を伸ばせば、身も心も軽やかに。現代の私たちになぜ銭湯が必要なのか。心身をケアする場所のつくり方とは。小杉湯三代目の平松佑介氏に伺った。
Text: Yumiko Kataoka Photo: Masahiro Heguri




昭和8年創業、 高円寺で3代続く銭湯・小杉湯

— 昼間の小杉湯は、真っ白なお風呂場に自然光が差し込んで、タイルも目地もピカピカで、本当に清々しいですね。

平松 祖父の代から、小杉湯では「きれいで、清潔で、気持ちのいいお風呂」を沸かすことを大切にしてきました。今は、この言葉を株式会社小杉湯の社訓の第一に置いています。お客さまに「家にお風呂があるのに、なぜ小杉湯に来てくださるのですか」と聞くと、皆さん「きれいだから」「清潔だから」と口をそろえて言ってくださいます。

2016年から小杉湯で働き始めて10年。いろいろな挑戦をしてきましたが、銭湯を日々運営する上で何よりも大切なのは、「きれいで、清潔で、気持ちのいいお風呂」を沸かすことなのだと痛感しています。だからこそ、毎日の営業は掃除から始まります。平日も土日祝日も、毎朝4、5人のチームで掃除を行います。平日は朝7時から掃除を始めます。土日祝日は朝8時の開店に向けて、朝5時から隅々まで掃除し、開店準備を整えます。営業が始まってからも、きれいで清潔な場所を保つために清掃を続け、定休日の木曜日には大掃除を行っています。

掃除、整理、整頓、片付け、準備、設備の手入れ。そうした当たり前の行動を、当たり前に、毎日積み重ねた先に、気持ちのいいお風呂があると考えています。家族も従業員も、小杉湯のお風呂が好きで、毎日のように入ります。そこも小杉湯のいいところです。日頃から自分たちでお風呂に入っているからこそ細かな汚れにも目が行きますし、自分の手で掃除したお風呂に浸かるのは、最高にうれしい時間です。それが、さらにお風呂をきれいにしようという、いい循環につながっています。

— 自分が気持ちよく過ごすためのケアが、場所をきれいに保つのは健康的な循環ですね。小杉湯は、大変長い歴史をお持ちと伺っています。

平松 創業は1933(昭和8)年です。この建物もそのとき建てられたもので、増改築を重ねながら、90年以上、この場所で銭湯を続けてきました。お風呂はあつ湯、ジェット湯、祖父の代からの名物ミルク風呂、水風呂の4つ。サウナはありません。あつ湯と、地下水掛け流しの水風呂を行ったり来たりする「温冷交互浴」を楽しむ方も多いです。

小杉湯ができた年は、関東大震災から10年後に当たります。震災後、高円寺周辺には都心や下町から多くの人が移り住み、人口が増えていきました。杉並区が誕生したのは、その前年の1932年です。もともと小山さんという方が始めた銭湯で、「小山」と「杉並」から一文字ずつ取って「小杉湯」という名前になったと伝わっています。

1953年に祖父が小杉湯を買い取り、そこから平松家が受け継いできました。新潟から上京した祖父は、最初は渋谷で飲食店を営み、お金をためて、安定した事業として銭湯を経営しようと考えたそうです。

東京の銭湯は、1945年の東京大空襲によって約400軒まで減少しましたが、戦後再び増え、1968年には2,687軒でピークを迎えました。これは、現在東京都内にあるセブン-イレブンと同じくらいの数です。その後、家庭風呂の普及などを背景に銭湯は減少していき、2025年現在で417軒になっています。

父の茂が二代目を継いだのが1981年です。僕は2016年から小杉湯で働き始め、2017年に株式会社小杉湯を設立し、2019年から代表取締役を務めています。弟の弘史も、現在は小杉湯の店長として一緒に働いています。

   
小杉湯(東京都杉並区高円寺北3-32-17)。1933(昭和8)年創業。多様な中央線カルチャーと、古き良き歴史が混在する高円寺の憩いの場として、老若男女問わず愛される老舗銭湯
   
白いタイルを基調に構成された明るく清潔感のある浴室。朝から昼にかけては高い天井の窓から光が燦燦と入り込む




銭湯は本当に、これからの社会に必要なのか?

— 平松さんはこの場所で生まれ育ったのですね。子どもの頃は、小杉湯をどう見ていましたか。

平松 その頃から、銭湯は既に斜陽産業でした。学校の友達からは「銭湯って大変だよね」とか、バブル期には「銭湯を壊してマンションにしたら一生遊んで暮らせるね」とか言われました。でも、両親はいつも楽しそうに働いていたし、小杉湯は昔から、東京でも人気のある銭湯で、父の代になってさらにお客さまが増えていた。子どもながらに、地域から愛されていることを、生活の中で感じていました。自分が日々見ている風景と、社会や周囲の評価とにいい意味でギャップがあって、銭湯が本当にこれからの社会に必要なのかを、当時から今まで問い続けてきました。

— 継ぐことを意識されたのはいつ頃ですか。

平松 小さい頃から、近所のおじいちゃんに「三代目、しっかりしろよ」などと刷り込まれていたので、その気持ちはずっとありました。これを僕で終わらせるわけにはいかないと思ったのは、大学生の頃ですね。

両親がまだ若かったので、30歳くらいまでは社会に出て挑戦しようと考えて、卒業後は北欧の輸入住宅を扱う住宅メーカーに入りました。短期間で成長できるとしたら営業がいいだろう、売るなら大きいものがいいなと思ったのです。銭湯という不動産を抱えているので、不動産や住宅事業の勉強もできるし、北欧の住思想にも共感していました。

— 4年目で営業成績全国トップになったとか。タイムリミットのおかげで、瞬発力を発揮されたのですね。

平松 そうかもしれません。実際に継いでみたら全然違ったのですが、当時は、銭湯は家族経営で休みも少なく、社会から切り離されてしまうのではないかという危機感がありました。だから、限られた時間の中で、できるだけ自分の世界を広げておきたいと思って夢中で働いていました。

BtoBの仕事も経験しておきたくて、30歳を前に転職活動をしました。その中で出会った友人と、人材採用や育成に関するベンチャーの創業に参画したのが、東日本大震災のあった2011年です。そこから5年間働き、2016年に小杉湯へ戻りました。

— 三代目として戻ってきた小杉湯は、どんな場所でしたか。

平松 小杉湯で働くようになって改めて感じたのは、祖父も父も、「気持ちのいいお風呂」という一番大切な部分を守りながら、そのためにいろいろな挑戦をしてきたということです。例えば、小杉湯名物の「ミルク風呂」は、より気持ちのいいお風呂をつくり、女性を含めて多くの方に喜んでもらいたいと、祖父が始めたものです。全国を探し、大手化粧品会社にたどり着き、化粧品の乳化技術を使って、現在まで小杉湯のために製造してもらっています。浴槽は41度ほどで、子どもからお年寄りまで楽しんでいただいています。 銭湯が減っていく時代に二代目を継いだ父も、回転効率を上げることより、気持ちよく過ごしてもらえる場所をつくることを大切にしてきました。改装して水風呂をつくり、待合室を広げて壁をギャラリーにし、生薬や漢方、ハーブなどの日替わり湯を取り入れたのも父です。脱衣所でヨガやピラティスの講座を開いたり、浴室でライブや落語、演劇を開催したりと、小杉湯という場所をいろいろな人に開いてきました。祖父も父も、小杉湯の大切なものを守るために、新しい挑戦を続けてきました。その姿勢は、僕も受け継いでいます。

僕自身は、小杉湯を「続けたい」というより、やめるという選択肢を持っていません。50年先、100年先もこの場所で小杉湯を守り続ける。そのために、今日もきれいに、清潔にして、気持ちのいいお風呂を沸かす。それを明日も、その次の日も、毎日積み重ねていく。10年前より今のほうがきれいだと、自信を持っていえます。

   
初代から親しまれてきた小杉湯名物のミルク風呂。2020年11月26日(いい風呂の日)には家庭用入浴剤が発売された




地域住民の日常生活において保健衛生上必要なもの

—「明日も、その次の日も毎日続ける」とは、相手が場所でも人でも共通する、ケアの基本的な営みに見えますね。一見地味ですが、本質的で尊いことだと思います。

平松 確かに、そういう意味では「ケア」という言葉で捉えることもできるのかもしれません。僕自身、銭湯はこれからの社会でも本当に必要なのか、ずっと考えてきました。その問いに向き合うために、公衆浴場に関する法律や条例、行政施策を改めて読み込みました。

そこで確認できたのが、東京都の条例ではいわゆる銭湯に当たる普通公衆浴場を、地域住民の日常生活において「保健衛生上必要な施設として利用されるもの」と位置付けているということです。家にお風呂がない時代には、地域の中に銭湯があり、入浴できる機会を確保すること自体が大切でした。家庭にお風呂が普及した今、同じように「数」で必要性に応える時代ではありません。それでも、地域住民の日常生活において保健衛生上必要な施設であり続けるために、僕らは銭湯の「質」で応えていかなければならないと考えています。

街の本屋さんや喫茶店、単館系の映画館など、誰かの日常を支えてきた場所が、気付けば少しずつなくなっています。「守り続ける」という思いだけでは、未来につないでいくのは難しい。僕自身、この10年でそれを痛感してきました。だからこそ、何を変えずに守り、何を時代に合わせて変えていくのかを考え続ける必要があります。

その中で、改めて言語化したのが、理念と社訓です。

理念は、「銭湯は人を幸せにする。」です。これは、「私たちは、なぜこの仕事をするのか」という問いに対する、自分たちの答えです。未来に向けて掲げた理想というより、90年以上小杉湯を続けてきた中で、自分たちが実感してきたことです。
そして、その理念を実現するために、日々の仕事で何を大切にするのか。そこで定めたのが、次の3つの社訓です。

(1)きれいで、清潔で、気持ちのいいお風呂を沸かす。
(2)そのために、気持ちのいい場所にする。
(3)それを支える、気持ちのいい会社をつくる。

銭湯が地域の日常に必要な施設であるという位置付けは変わらない。でも、時代が変われば、その位置付けへの応え方は変わっていく。だからこそ、理念と社訓を軸に、それぞれの立場で日々の仕事に落とし込みながら、銭湯としての質を追求し続けていきたいと思っています。

—「気持ちがいい」という、主観的で言語化しづらい核を守るため、取り巻く部分を丁寧に言語化されているのですね。小杉湯は実際、どんな人が利用しているのでしょう。

平松 平日は14時から深夜1時30分まで、土日祝は朝8時から開いていて、平日は1日500〜600人、土日は1000〜1100人くらいの方が来てくださっています。アンケート調査によると、子どもから80代まで幅広い年齢層が利用していて、一番多いのは20代〜30代。この世代が全体の約40%を占めています。

— 東京都内の公衆浴場の利用者数は1日平均180人なので(東京都生活文化局、2025年)、これはものすごい数字ですね。若者の多さにも驚きます。

平松 若い人が多いのは、高円寺という街と小杉湯の特徴だと思います。同時に、利用はかなり日常に根差したスタイルが中心です。週に1回以上通う方が全体の40%以上いて、徒歩圏内の居住者が最も多く、自転車で来られる半径2km圏内まで広げると約60%になります。地域の方々が、日常生活の中で小杉湯を利用してくださっていることがわかります。その一方で、「初めて小杉湯に来た」という方も多く、特に若い世代にその傾向があります。銭湯に入った経験があっても、知らない街の、知らない銭湯に入ってみるのは、少し勇気がいることだと思います。小杉湯をきっかけに銭湯を好きになって、今度は別の銭湯にも足を運んでもらえたらうれしい。地域の日常を支えることと同時に、銭湯をまだよく知らない人にとっての入り口になることも、小杉湯が担える役割の一つだと思っています。

   
お風呂あがりに漫画や絵本を読みながらくつろぐことができる待合室。壁には月替わりで高円寺や銭湯に共鳴する作品が展示され、ローカルギャラリーとしても機能している




日常の動線上にケアを置く

—「地域住民の日常生活において保健衛生上必要」と言いますが、地域住民も多数で多様なのですね。「保健衛生」とは、具体的にどういうことなのでしょうか。

平松 「保健衛生」は、株式会社小杉湯では、疾病の予防や衛生の向上など、地域住民の健康の保持・増進に関わることとして捉えています。その上で参考にしているのが、厚生労働省の「健康日本21(第三次)」です。ここでは、健康づくりの基本的な方向の一つとして「社会環境の質の向上」を掲げ、その中に「自然に健康になれる環境づくり」や、より緩やかな関係性も含めたつながりを持つことができる環境整備が示されています。「健康日本21(第三次)」が、銭湯そのものを「自然に健康になれる環境」と位置付けているわけではありません。ただ、小杉湯の日々の運営をこの考え方に照らしてみると、重なる部分があると感じています。

僕らは、まず銭湯としての質を日々追求する。それを求めてお客さまが通い続けてくれる。そうすることで、銭湯が地域の日常を支える環境となり、その環境が地域住民の健康の保持・増進に関わり得る。僕らが考えている流れは、そういうものです。小杉湯の場合でいえば、街の中に「きれいで、清潔で、気持ちのいい」お風呂があって、赤ちゃんからお年寄りまで幅広い世代の方が通ってくださる。歩いて通う方もいれば、番台であいさつを交わしたり、言葉を交わさなくても顔を合わせたりすることもあります。
もちろん、これら一つひとつを直接「健康効果」と結び付けたいわけではありません。ただ、こうしたことが日常の中で無理なく積み重なる環境は、国が示す「自然に健康になれる環境づくり」や「緩やかな関係性も含んだつながり」という方向と、重なるところがあると考えています。

「社会的処方」や「プライマリ・ケア」という考え方とも、以前から接点があります。社会的処方は、医療だけでなく、地域の活動や人とのつながりなど、非医療的な地域の支援につなぐ考え方です。プライマリ・ケアは、身近な地域で最初の相談窓口となり、継続的・包括的に、人を中心に診ていく医療のあり方です。

それぞれを研究・実践されている先生方から、小杉湯のような場所をそうした文脈から捉えられるのではないかという見方をいただき、8、9年前から情報交換をしたり、学会やイベントでお話ししたりしてきました。僕が共通していると感じるのは、日常の動線上にケアがあるということです。

小杉湯の社員には、大学院で公衆衛生学を学んだ元訪問看護師もいます。彼女は「番台から地域と医療をつなげたい」と話しています。小杉湯に関わるきっかけも、地域の医療者と一緒に行った救急救命の研修でした。銭湯では、万一の体調変化や転倒などに備える必要がありますから、AEDや救急救命の研修も大切にしています。

ただ、何度もいうようですが、社会の中で銭湯が果たせるケアの可能性は大きくても、小杉湯の目的はケアを提供することではありません。

一番大切なのは、きれいで、清潔で、気持ちのいいお風呂を沸かすことです。それができなければ、お客さまは通い続けてくれない。お客さまが通い続けてくれるからこそ、銭湯が地域の日常を支える環境になり、そこから健康やつながり、ケアと捉えられる価値も生まれ得る。

この因果を逆転させてはいけない。そこは、ずっと大切にしたいと思っています。

   

— プロモーションとして始めたイベントが自己目的化して本業を圧迫するなど、手段と目的を取り違えてしまう状況は、よく見かけます。

平松 そうなんです。人を集めることから始めると、それ自体が目的になってしまい、単発で終わりやすい。僕らは、人を集めることが目的なのではなく、日々の運営の結果として人が集まるのだと考えています。僕らもまだまだできていないことはたくさんありますが、小さな会社なりに、一つひとつの仕事が何のためにあるのかを整理しています。

例えば、銭湯の現場では、接客そのものを目的にしないことを大切にしています。質を追求することと、接客の量を増やすことは違います。お客さまは、僕らに会うためではなく、お風呂に入りに来てくださる。だから大切なのは、僕らとお客さまとの関係を深めることではなく、「お風呂」と「人」との気持ちのいい関係性を築くことです。その間をつないでくれるのが、気持ちのいいあいさつです。「ありがとうございます」だけではなく、「おはようございます」「こんにちは」「いってらっしゃい」「おやすみなさい」といった、家の中で交わすようなあいさつを大切にしています。

その上で、必要以上に接客を重ねないようにしています。土日には1日1000人を超える方が来ることもあります。そこで特定の常連さんだけとの関係を濃くしていくと、初めて来た人や、静かにお風呂に入りたい人にとって、入りづらい場所になってしまうかもしれません。誰でも同じようにお風呂に入れる、日常の場所でありたいと思っています。

社員もアルバイトも、人に喜んでもらうことが好きなので、つい会話や接客を重ねたくなることもあります。でも、それをやりすぎれば、働く側が疲れてしまう。50年、100年という時間軸で考えるなら、働く人が無理なく毎日続けられることも大切です。だから僕は、「お風呂」と「人」との気持ちのいい関係性をつないでくれるのが、あいさつなのだと思っています。「おやすみなさい」の一言に支えられた、救われたという声をいただくこともあります。2020年の国勢調査をもとにした東京都の資料では、一般世帯の50.2%が単独世帯です。

小杉湯にも、一人で来られる方は多くいます。商品やサービスを購入しただけの関係なら、「おやすみなさい」という言葉は、それほど心に残らないかもしれません。でも、肩書きや役割をいったん脱いで、一人の人としてお風呂に入った帰りにかけられる「おやすみなさい」は、少し違って響くのかもしれませんね。

— 誰もを受け入れ、特定の人を排除しない姿勢を小杉湯のあちこちで感じます。注意書きも、「◯◯しないでください」という禁止ではなく、そっと提案するような語り口が印象的です。

平松 注意書きや商品ポップ、そして商品そのものも、場所と人との気持ちのいい関係性を築くためのコミュニケーションの一環です。誰が見ても嫌ではない表現になっているか、小杉湯にかかわるメンバー皆で考えています。




街に広がる、緩やかなつながりと銭湯のある暮らし

— 2020年には隣接地に「小杉湯となり」ができて、小杉湯は「銭湯から広がるまちづくり」の拠点としてもよく知られるようになりました。

平松 かつてこの隣には、祖父が遺してくれた風呂なしアパートがありました。小杉湯を継いだ頃に出会った、小杉湯常連の建築家・加藤優一がこれを「銭湯付きアパート」と捉え直し、解体前の1年間、10人のクリエイターが生活しながら活動する「銭湯ぐらしプロジェクト」を行いました。

ここでの知見をもとに、銭湯のある暮らしを体験できる場所として誕生したのが「小杉湯となり」です。建築費用を出したのは株式会社小杉湯ですが、加藤が代表を務める「株式会社銭湯ぐらし」が家賃を払って運営をしてくれていて、当初は1階を飲食店、2階をコワーキングスペース、3階を長期滞在スペースとしていました。コロナ禍を経て現在は、会員制のシェアスペースを軸に、会員さん以外も利用できるドロップイン、土日のカフェなどを運営しています。

小杉湯では、顔は知っているけれど名前は知らないつながりが多いのに対して、こちらでは、もう少し近い関係の中で、ご飯を一緒につくって食べたり、仕事や活動が生まれたりしています。

この数年では、銭湯付きアパート「湯パートやまざき」など、街で暮らしをシェアする新たな拠点も生まれています。

   
2020年3月にオープンした「小杉湯となり」。現在は「銭湯のある暮らし」をコンセプトに、会員制のシェアスペースを軸として、会員以外も利用できるドロップインや土日のカフェなどを運営している

— さらに2024年には、原宿の東急プラザに「小杉湯原宿」をオープンしました。消費文化の真ん中に銭湯を開いて2年、どう感じていますか。

平松 2店舗目を出すことなど想像もしていなかったので、「原宿に銭湯をつくりませんか」と声をかけていただいたときは驚きました。でも、開業から2年が経った今、商業地である原宿にも、暮らす人、働く人、通い続ける人たちの日常があることを実感しています。そして、小杉湯原宿も少しずつ、そうした人たちの日常を支える場所になりつつあると感じています。

現在は、関根江里子が代表を務める株式会社ゆあそびに事業を譲渡し、株式会社ゆあそびが小杉湯原宿の運営を担ってくれています。




街を支え、街に支えられている

— 今後挑戦したいことや、次世代に遺したいことがあれば教えてください。

平松 50年先、100年先もこの場所で小杉湯を守り続けるために、2020年には建物を国の登録有形文化財に登録していただきました。

ただ、「守り続ける」と言っても、自分たちだけで小杉湯を守ることはできません。

大きな課題の一つが、災害への備えです。建物の耐震化を進めると同時に、火災への備えも必要だと考えています。小杉湯のある高円寺北3丁目は、東京都の地域危険度調査でも、火災危険度、総合危険度ともに高い地域に位置付けられています。細い路地も多く、災害時にどう人と建物を守るのかは、小杉湯だけではなく、地域全体で考えていかなければならないことだと思っています。

この10年、高円寺で働く中で実感してきたのは、地域は、そこに暮らす人たちの積み重ねによって支えられているということです。町会や商店会など、高円寺という地域を長く支えてきた方々もいれば、銭湯文化をつないできた浴場組合の方々もいる。僕自身も庚申通り商店街、町会、消防団に参加していますが、そこに行くたびに、地域とのつながりや防災の大切さを感じます。

どの会も次の担い手が少なくなっているので、周りの人に声をかけたり、「お神輿を担ぎませんか」という案内を「小杉湯となり」に貼ったりもしています。街の中に顔見知りが増えていくことも、地域を次の世代につないでいく上で大切なことだと思っています。

   
脱衣所にある「お悩み掲示板」。お客さま同士のアナログな交流の場となっており、悩みを書いたふせんを貼ると、それを読んだ別の人からアドバイスが次々と寄せられる

— 街並みや街の営みも、長い時間軸の中でケアし合っていくものかもしれませんね。

平松 そうですね。建物を守ることと同時に、株式会社小杉湯としては、災害時に人の安全を守り、その後できるだけ早く銭湯の運営を再開できる準備をしておく必要があります。

営業時間が長いので、お客さまがいるときに被災する可能性もあります。そのときに、まずお客さまや従業員の安全をどう確保するのか。そして、災害が落ち着いた後に、もう一度お風呂を沸かし、地域の日常を取り戻すために何が必要なのか。一つひとつ具体的に考え、準備していきたいと思っています。

石巻出身で、東日本大震災のときに高校生だった社員から、災害時のお風呂の大切さを聞いています。水道などのインフラが止まる中、その社員の家族は、自分たちも被災しながら、所有していた山の沢水をドラム缶に入れてお風呂を沸かし、地域の人たちに入ってもらったそうです。

体を洗い、お風呂に入ることで、少しほっとできることがある。平時だけではなく、有事にも銭湯が地域の日常を支えられるように、しっかりと備えていかなければいけません。

— 今日のお話を通し、平松さんが場所のケア、人のケア、100年単位の建物や施設、街のケアと、さまざまなケア実践に携わっておられることがわかりました。最後にご自身が「ケアされている」と感じるのはどんなときか、教えていただけますか。

平松 やはり一番は、小杉湯という存在そのものにケアされていると感じます。僕は小杉湯を守り続けようとしていますが、考えてみると、僕自身のほうがずっと小杉湯に支えられてきました。

この場所があって、この建物があって、銭湯として毎日お風呂が沸いている。小杉湯は僕の仕事であると同時に、生活や人生の一部でもあります。それが昔からここにあって、自分より前の世代から受け継がれ、自分の後にも続いていく。

だから、小杉湯は僕のものというより、自分よりもずっと長い時間を生きている、一つの存在のように感じることがあります。少し大げさにいえば、神様のような存在なのかもしれません。

そんな小杉湯が今日もここにある。そのこと自体に、僕は日々支えられているし、本当にありがたいことだと思っています。

   
小杉湯では、地下90mからくみ上げた井戸水を、お風呂やシャワーなどに使用している。お風呂上がりに飲むこともできる
   
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