はじめに
2025年に開催された大阪・関西万博(正式名称は2025年日本国際博覧会、以下、大阪・関西万博)は、多くの来場者を惹きつけ、社会的にも大きな関心と熱狂を生み出し、惜しまれつつも閉幕となった 1)。閉幕後も、ミャクミャクをはじめとする万博関連グッズが人気を維持し、各国の商品が販売されるイベントが開催されており、2026年3月の時点でも関西を中心に盛り上がっている。開幕前には、X(旧ツイッター)において、運営面や安全面での懸念面などで批判的な投稿が多かったものの、開幕後には「大屋根リングから見る夕日がきれい」「未来への希望を感じられる」といったポジティブな投稿が増えていった。その結果、最終的な収益は280億円といわれていたが、その後の販売なども含めて、最大370億円の黒字となる見通しである 2)。このような短期間の大規模なイベントは「メガイベント」と呼ばれており、オリンピック、FIFAワールドカップなど、世界規模で注目され、開催都市や国に著しい経済的・社会的影響(都市開発、観光振興、イメージ向上など)をもたらす。
ではなぜ、このようなメガイベントが人々の関心を集め、強い盛り上がりを生み出すのだろうか。この点をきっちりと検討しておく必要がある。大阪・関西万博の特徴は、単一の観光目的地とは異なり、多様な国のパビリオンを訪問して、その国の文化や技術進歩に関する展示やイベントを体験することで、新しい知識や考え方、価値観を育むことができる。飲食レストランが併設されているパビリオンも多く、現地の料理やビール、ワインといった食文化にも触れることができるため、より強い印象や感動をもたらしてくれる。さらに、現地から来日したスタッフによる親切な誘導や案内など、体験のサポートをしてもらうことで人的な交流も生まれる。こういったパビリオン、飲食、物販が限られた場所に集約されていることで活気も高まる。まるで観光(旅行)に行ってきたと思わせるような印象や感動をもたらしてくれる場所であった。大阪・関西万博の主催者が2025年5月に行った調査では、「また行きたい」と回答した来場者が約84%(「行きたい」62.4%+「やや行きたい」21.6%)と報告されており、再訪意向の高さがうかがえた 3)。
しかしながら、万博そのものを対象とした学術研究は必ずしも十分に蓄積されているとはいえない。既存研究の多くは、経済波及効果や都市開発といったマクロ的視点、あるいは個別事例の記述、パビリオンの訪問意図や万博の開催が国のイメージにどう影響するのかといった研究にとどまっており、来場者の体験や心理的帰結に焦点を当てた研究はかなり限定的である。そこで、今回の大阪・関西万博がなぜこれほどまで盛り上がったのかの理由を構造的に把握するために、関連領域である、観光研究、サービス研究の知見を借りながら、分析を進めていく。
観光研究の文脈では、これまで観光地における体験が満足やロイヤルティ、再訪意図に与える影響が検討されてきた(Chen & Tsai, 2007)。特に近年、消費後に記憶として残る体験の重要性に着目した「忘れられない観光体験」(メモラブル・ツーリズム・エクスペリエンス)の概念が提唱されており(Kim et al.,2012 ; Kim,2018)、満足や行動意図に加えて、より広範な心理的成果との関連が議論されている。
一方、サービス研究においては、顧客体験や価値共創の重要性が指摘されており(Vargo & Lusch, 2008)、特に、サービス経験の分野においても、イベントを通じて得た知見や発見は、個人の幸福感に正の知見を与える影響が注目されている(Anderson et al.,2013)。これらの点を踏まえると、来場者の大阪・関西万博での体験は、満足度や再訪問意図といった従来の目的変数にとどまらず、幸福感を向上させる可能性が考えられる。
上記を踏まえ、本研究では観光研究とサービス研究の視点を統合し、大阪・関西万博での体験が、満足度や再訪問意図、クチコミなどの成果変数を経て、幸福感を高める構造を検討する。
仮説設定
今回のモデルに採用したメモラブル・ツーリズム・エクスペリエンス(以下、MTE)は、7つの要素で構成されている。「新たな体験ができることにワクワクした」といった「快楽主義」(Hedonism)、「一生に一度の体験だった」といった新鮮さ(Novelty)、「現地の人々に良い印象を持った」といった「現地の文化」(Local culture)、「解放感があった」などの「リフレッシュ」(Refreshment)、「有意義な体験だった」といった「意義深さ」(Meaningfulness)、「行きたかった場所を訪れることができた」といった「関与」(Involvement)、「探求心が深まった」といった「知識」(Knowledge)である。
このMTEをモデルの起点としながら、これまでの観光研究の知見とサービス研究の(特にJCSI:Japanese Customer Satisfaction Index 4)の)知見を通じて、[図表1]のようなモデルを設計した(詳細な先行研究レビューと仮説導出は、リンク先の発表スライド資料を参照のこと)。
調査概要
吉田秀雄記念事業財団が実施している消費者調査に調査項目を追加して実施した。時期は大阪・関西万博が閉幕する2025年10月10日(金)~10月16日(木)に実施した。首都圏と近畿圏(東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、京都、兵庫、滋賀、奈良、和歌山)に住む、マイボイスが保有する財団専用のモニター(満15歳~64歳の男女)を対象にWebアンケート調査を実施した。回収数は5395人であり、そのうちの1142人が大阪・関西万博を訪問していた。この1142人を分析対象とした。なお、エリア別で見ると、関東エリアでは3割ほどが、関西エリアでは約4割がリピーター(2回以上のConsumer Survey訪問)であった。
分析結果
1.仮説モデルの検証
MTEの7つの要素の測定尺度を[図表2]に示す。それぞれの収束妥当性・弁別妥当性を確認した後、先ほどの仮説に沿った構造方程式モデルで分析した。分析の結果、MTEの7つの要素はいずれも満足度に影響していたが、特に「快楽主義」「意義深さ」「知識」が強く影響することが明らかになった。「快楽主義」とは新たな体験が楽しい、ワクワクするといった感情である。「意義深さ」は、有意義な体験だったり、貴重な体験だったと感じたりすることである。「知識」とは探求心や知識が深まったと感じることである。この結果から、大阪・関西万博で世界の文化や未来技術に触れたことで、単なる見学ではなく、自身の学びや新しい発見につながり、 それが来場者の記憶に強く残っていたことがうかがえる。
次に、満足度はクチコミと再訪問意向の両方に強い影響を与えており、クチコミは再訪問意向を高めていた。つまり、上記のような「忘れられない体験」をした来場者ほど、満足度が高まり、自身の体験を家族や友人に伝える傾向にあり、満足を感じるほど、再び万博を訪れたいと感じていることがわかった。これはJCSIの分析結果とも一致する(小野・小川・森川 2021)。
特に興味深い結果は、(満足度から幸福感への直接的な影響は確認されなかったものの)、満足度からクチコミを経由した場合に幸福感が高まることを示した点である。これは、忘れられない体験の満足度が高いほど、その経験を他者と共有することで自分の幸福感が高まるということである。つまり、本研究の最大の貢献は、「人は良い体験をしただけでは十分ではなく、その体験を他者に語り、共有することで、幸福感が高まる」という点である。これは近年の心理学研究とも一致する結果である。
つまり、今回の大阪・関西万博が成功した要因は、来場者が、その記憶に残るような素敵な体験を、他者と共有しながら、その会話の中で再び良い思い出に浸る機会を生み出したことで、他の人を万博に誘い込み、来場した本人も幸福感を増幅させたことである。巻き込まれた方々も、おそらく来場して同様の体験を他者と共有したことで幸福になっている。その拡散が多くの来場者を虜にし、大きなインパクトへとつながったと考えられる。
なお、SNSやニュースなどを通じた事前の情報探索(エンゲージメント行動)についても興味深い結果が得られた。エンゲージメント行動はMTEに負の影響を与えていた。これは、事前に情報を集めすぎることで、パビリオンやイベントの驚きや新鮮さが薄れ、感動体験が弱まる可能性を示唆している。一方で、万博に関する情報収集や交流活動の行為そのものは、幸福感の向上に寄与していた。
2.満足度を高めるサービス・クオリティ
次に、どのようなサービス・クオリティが満足度を高めていたのかについて分析を行った。具体的には、満足度の測定に用いた3項目の平均値を目的変数におき、従属変数には、Deng et al.(2015)が上海万博で測定していたイベント・イメージを用い、ステップワイズ法による重回帰分析を実施した。満足度に影響していたサービス・クオリティをわかりやすく示すために、標準化係数のウェイトを円グラフにして示す。
最も影響していた要素は、「美的魅力がある」(標準化係数0.228,ウェイト19%)である。次いで、「様々な世界の文化を体験することができる」(0.141,13%)、(0.093,8%)の順番で影響している。一方で、スタッフが不愛想であること、ソーシャルメディアを通じた大阪・関西万博の情報へのアクセスに関しては、不満(マイナス)であった。
全体的に、パビリオンをはじめ、さまざまな展示の仕方が美的魅力にあふれ、工夫された展示がなされていたこと、多様な世界の文化を体験できたこと、さらには、食やイベント、パフォーマンスが豊富に用意されていたことなどが、満足度に大きく影響している様子であった。
[図表4]の円グラフで示すように、多くの要素が満足度に影響していることから、大阪・関西万博のようなメガイベントは、多様なサービス・クオリティの要素が重なり合ってイベントの満足度を支えていることがわかる。
まとめと考察
本研究を通じて明らかにした点を述べる。
第1に、観光研究であるメモラブル・ツーリズム・エクスペリエンス(MTE)の概念は大阪・関西万博の体験の説明に活用できることを示した点にある。従来の観光体験研究の枠組みを応用したことで、大阪・関西万博が観光研究の1つとして位置付けられることに貢献したと考える。さらにサービス研究も構造の土台として設定したことから、サービス研究分野にも貢献するだろう。
第2に、MTEの概念を大阪・関西万博に応用し、主観的幸福度との関連まで示した点である。こういったメガイベントの一般的な成功要因とは、来場者数や収益面での経済効果にとどまることが多い。今回のように心理的な要因を明らかにしたことが本研究の貢献である。特に、満足度から幸福度への影響において、クチコミが重要な媒介的役割を果たすことから、こういったメガイベントにおいては、社会的な(ポジティブな)共有が、より重要な役割を果たす可能性を示唆している。なお、本稿では紹介しきれなかった詳細なレビューや分析プロセスを含め、論文として刊行する予定である。少しお待ちいただきたい。
〈謝辞〉
本研究の実施にあたり、吉田秀雄記念事業財団の消費者調査データを利用させていただきました。またその調査プロジェクトの設計段階において、慶應義塾大学の清水聰先生、早稲田大学の石井裕明先生より多大なるご助言を賜りました。ここに記して、深く感謝の意を表します。
注釈
1) 「万博のX投稿、ネガティブが半減 来場者の感想がマイナス面を払拭」
朝日新聞、2025年10月11日掲載(https://www.asahi.com/articles/ASTB822NHTB8OXIE05KM.html:2026年3月18日アクセス)
2) 「万博収支、最大370億円の黒字見通し 入場券に加え「ミャクミャク」グッズ売り上げ好調」
読売新聞,2025年12月25日(https://www.yomiuri.co.jp/expo2025/20251225-GYT1T00112/:2026年3月18日アクセス)
3)“2025 Expo Osaka: 80% of Visitors Want to Go 2nd Time, SaysSurvey; Foreign Tourists Make Up 13% of Visitors”, The Yomiuri
Shimbun, May 13, 2025(https://japannews.yomiuri.co.jp/society/general-news/20250513-254139/:2026年3月23日アクセス)
4) サービス産業生産性協議会が毎年実施している日本最大級の顧客満足度調査およびその評価指標である
〈主な参考文献(詳細な文献は、二次元コードのスライド資料に記載)〉
小野譲司・小川孔輔・森川秀樹(2021)『サービスエクセレンス:CSI診断による顧客経験[CX]の可視化』生産性出版。
Anderson, L., Ostrom, A. L., Corus, C., Fisk, R. P., Gallan, A. S., Giraldo, M., Mende, M., Mulder, M., Rayburn, S. W., Rosenbaum, M. S., Shirahada, K., & Williams, J. D. (2013). Transformative service
research: An agenda for the future. Journal of Business Research, 66(8), 1203–1210.
Chen, C.F., & Tsai, D.(2007). How destination image and evaluative factors affect behavioral intentions. Tourism Management, 28(4), 1115–1122.
Kim, J. H., Ritchie, J. B., & McCormick, B. (2012). Development of a scale to measure memorable tourism experiences. Journal of Travel research, 51(1), 12-25.
Kim, J. H. (2018). The impact of memorable tourism experiences on loyalty behaviors: The mediating effects of destination image and satisfaction. Journal of travel research, 57(7), 856-870.
Vargo, S. L., & Lusch, R. F.(2008). Service-dominant logic: Continuing the evolution. Journal of the Academy of Marketing Science, 36(1), 1–10.










