デジタル時代のファン深化

菅野 佐織

駒澤大学経営学部市場戦略学科教授

山本 晶

慶應義塾大学商学部教授

福田 怜生

亜細亜大学経営学部経営学科准教授

鈴木 智子

一橋ビジネススクール国際企業戦略専攻教授

2025年12月26日 11:00 Vol.94
   
菅野 佐織
駒澤大学経営学部市場戦略学科教授
Saori Kanno
学習院大学大学院経営学研究科博士後期課程満期退学。千葉商科大学商経学部専任講師等を経て2015年より現職。University of California, Berkeley 客員研究員(2015〜2017年)。専門は消費者行動論。近著に『デジタル時代のブランド戦略』田中洋編著、分担執筆、有斐閣)、『サステナブル・マーケティング』(上田隆穂・菅野佐織・兼子良久・福田怜生編著、有斐閣)。日本消費者行動研究学会理事、日本マーケティング学会理事を務める。
   
山本 晶
慶應義塾大学商学部教授
Hikaru Yamamoto
1996年慶應義塾大学法学部政治学科卒業。外資系広告代理店勤務を経て、2001年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。2004年同大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学大学院、成蹊大学、慶應義塾大学大学院経営管理研究科を経て2023年より現職。マーケティングおよび消費者行動の領域において、主に消費者間相互作用の研究に従事。著書に『キーパーソン・マーケティング:なぜ、あの人のクチコミは影響力があるのか』(東洋経済新報社)など。
   
福田 怜生
亜細亜大学経営学部経営学科准教授
Reo Fukuda
2013年学習院大学大学院経営学研究科修士課程修了。2023年同博士後期課程修了。博士(経営学)。学習院大学、明治学院大学、日本大学などでの非常勤講師を経て現職。マーケティングおよび消費者行動の領域において、特に物語広告、バーチャルリアリティ、メタバースにおける消費者体験の研究に従事。著書に『消費者の心理をさぐる』(分担執筆、誠信書房)。
   
鈴木 智子
一橋ビジネススクール 国際企業戦略専攻教授
Satoko Suzuki
日本ロレアル、ボストン コンサルティング グループに勤務した後、一橋大学大学院国際企業戦略研究科修士(MBA)、同博士後期課程(DBA)を修了し、博士(経営学)を取得。京都大学大学院経営管理研究部特定准教授を経て、現職。経済産業省「グローバルサービス創出研究会」「おもてなし経営企業選」「物価高における流通業のあり方検討会」等委員、またローソン、スタンレー電気、エムスリーの社外取締役を歴任。日本消費者行動研究学会理事、日本マーケティング学会理事を務める。




はじめに

デジタル時代のマーケティング・コミュニケーションは大きな転換期を迎えている。情報が洪水のように押し寄せる時代において、ブランドからの一方的なメッセージはもはや消費者の心に響かなくなっている。多くのブランドは、認知や想起を目的にテレビCMやSNS広告を展開し、話題化によって消費者の注意を引こうとする。しかし、広告投下によって一時的に注目を集められたとしても、その盛り上がりが一瞬で終わってしまい、実際の売上やロイヤルティの向上につながらないといった課題を抱えるブランドは少なくない。

デジタル時代においては、短期的な売上を追い求めるマーケティング思考から、顧客との長期的な関係性を築く「ファン深化」の思想への転換が求められている。デジタル時代のマーケティング戦略の成否は、デジタル・テクノロジーの力を使いながら、「ファン」という応援団とともに価値を共創していけるかにかかっているといえるだろう。

ブランドはいかにして顧客との関係性を深化させ、ファンとして持続的な関わりを形成できるのだろうか。本稿では、この問いを出発点とし、デジタル時代におけるファンの深化について検討していく(1)




ファンとは何者か?

ファンとは、特定の企業やブランドに対して、きわめて強い愛着や共感を抱き、「応援したい」という熱量を持つ存在である。

そもそも「ファン(fan)」は「狂信者」を意味する“fanatic”の略であり、その語源はラテン語“fanaticus”にある。“fanaticus”は「過度に熱狂した」、「狂った、激怒した」を意味し、もとは極端に宗教的な信徒を指していた。19世紀末、スポーツや芸術分野において、他者から不適切とみなされるほど「過度に熱狂的な」人々を指す言葉として「fan」を用いるようになったといわれている。

「ファンとは何者か?」という問いへの答えは、ファン研究の歴史の中で大きく変遷している。これまでファン研究は、文学、社会学、心理学、文化人類学、マーケティングなど幅広い分野でなされてきた。先述のように、初期のファン研究では、ファンはしばしば社会から逸脱した、過度に熱狂的で、メディアによって一方的に操作される受動的な存在として否定的に捉えられていた。

この見方を変えたのが、1990年代のカルチュラル・スタディーズの隆盛である。その中心人物の一人であるJenkins(1992)は、ファンは単にメディア・コンテンツを受動的に享受するのではなく、その意味を再解釈し、取り込み、二次創作などのファン活動を通じて新たな意味や文化を創造する「文化的生産者」であると論じた。彼は、共通の関心や嗜好を共有するファンダムは、メディアに対抗する参加型のユートピアを築き、自由に意見を共有する社会集団であるとして、ファン・コミュニティの潜在力を示唆した。

デジタル時代において「ファンとは何者か?」という問いの答えは、より多様化している。SNSやアプリなどのデジタル・プラットフォームの登場により、ファン活動は時間的・空間的制約を超えて拡張し、リアルタイムかつグローバルに接続された現象へと進化した。彼らはSNSを通じて、自らの意思で商品の魅力を発信し、他者に熱心に勧め、集合的な力でヒットを生み出す一方で、企業やブランドの行動に対して改善や提案を求めることも可能となった。彼らの真摯な意見やフィードバックは、商品開発やサービス改善のための貴重な資源となっている。デジタル時代のファンは、文化の生産者、情報の強力な拡散者であると同時に、ブランドを共に育てるパートナーとして、ブランドの意思決定や方向性に大きな影響を及ぼす存在となっている。




ファンの深化とは

一口に「ファン」といっても、その熱量や質には幅がある。ブランドに対して単なる興味関心を示す層から、ブランドを人生の一部として深く傾倒する“熱狂的ファン”まで、その姿は多様である。本稿では、ファンの深化をブランドと顧客との共創関係の発展として捉え、その過程を5段階のモデルとして提示する。このモデルは、ブランドへの「興味関心」が「好き」へと変化し、最終的には共創関係へと至るプロセスを示している[図表1]

   

第1段階は「観察者(observer)」である。顧客はクチコミやメディア、SNS、イベントなどを通じてブランドの存在を認知し、関心を持ち始める。これは関係性の出発点に位置する。次に、ブランドへの関心を深めた顧客は「フォロワー(follower)」となる。SNSでブランドのアカウントをフォローしたり、メールマガジンへ登録したり、コンテンツを視聴するなど、能動的に情報を受け取ろうとする姿勢が見られる。第3段階は「推奨者(endorser)」である。これは、ブランドへの支持を表明し始める段階であり、「いいね」やコンテンツのシェアといった、比較的気軽に行える簡単なアクションを通じてブランドを他者に推奨する。さらにエンゲージメントが深まると「支持者(advocate)」へと移行する。彼らは単なる推奨にとどまらず、SNSなどで自発的に肯定的なコメントを発信したり、ブランドの魅力を伝えたりしようとする。また他のファンと繋がったり、ブランドを擁護したりするなど、より明確な意思をもってブランドを支持する。最終段階の「パートナー(partner)」は、情報拡散や他者への積極的な推奨のみならず、二次創作などの文化的創造、他のファンへの支援などを通じてブランドの成長に貢献する。また、ブランドと目的を共有し、その改善と成長のためのサポートやアイデアの提案を行い、積極的に協力し合う「共創者」となる。ユーザーがブランドの成長と意思決定に関わるような、深い関係性を築いている状態である。

なお、ファンの深化のプロセスは、必ずしも直線的に進行するわけではない。ファンは一方向に段階を登る存在ではなく、上下し得る動的かつ可変的な存在である。よって、ファンとの関係は一度築けば完結するものではなく、継続的な価値提供と相互作用を通じて強化される必要がある。また、ファンの深化は購買行動のみで測定することは困難である。ファンの貢献は、情報拡散やクチコミによる推奨、二次創作などの文化的創造、他のファンへの援助、さらにはブランドの成長や改善のためのフィードバックなど、多岐にわたる。したがって、購買行動以外の多様な貢献を評価する視点は、ファンの深化を理解する上で不可欠である。そして、ブランドと顧客が最終的に目指すべきゴールを「パートナー」として位置づけることは、顧客を単なる収益源としてではなく、ブランド価値を共に創造する「共創関係」として捉える重要性を示している。




熱狂的ファンは「諸刃の剣」

こうした段階的な深化のプロセスは、ブランドに強力な支持者を生み出すが、その熱量が高まるほど、ファンの心理は繊細かつ不安定にもなりやすい。従来のマーケティング研究では、ブランドとの感情的な絆が強い顧客、すなわち熱狂的なファンは、最も価値ある存在とみなされてきた。彼らは売上に貢献するのみならず、自発的な推奨やブランド擁護の行動を積極的にとることが示されている。

しかし近年の研究は、この強固な関係性に潜むリスクを明らかにしている。感情的な絆が強いファンほど、ブランドが期待や価値観に反する行動をとった際に「裏切られた」という感覚を強く抱きやすい。また、熱狂的なファンを単なる収入源として搾取的に扱うことは、信頼を失う大きな要因となる。彼らの深い愛情は一転して激しい怒りや失望へと変わり、苦情や攻撃的な言動、さらには信頼や愛着の喪失やブランドヘイト(ブランド嫌悪)といったネガティブな反応を引き起こす可能性がある。これは「愛が憎しみに変わる現象」とも呼ばれている(Tolunay & Veloutsou, 2025)。したがって、ブランドは熱狂的ファンのもたらす光と影を理解しておかなければならない。熱狂的ファンは、ブランドの強力な支持者であると同時に、その期待や深い愛情を裏切れば、最も手厳しい批評家となりうる「諸刃の剣」といえる。

とはいえ、熱狂的なファンの存在が強いブランドを築く上で不可欠であることに変わりはない。むしろ、彼らが発する不満や批判の声は、ブランドにとって改善や進化のための重要な資源となる。高い期待ゆえに示される厳しい意見に真摯に耳を傾け、誠実に応える姿勢は、ブランドの信頼性や真正性(オーセンティシティ)を高める契機となる。ファンダムのマネジメントとは、このようなリスクを前提にしつつも、ファンの声を成長の糧として取り込み、信頼関係をいかに繊細かつ誠実に築き上げるかを問う、高度なコミュニケーション戦略にほかならない。




ファンと繋がる~ブランド・プラットフォーム~

ファンダムのマネジメントはきわめて繊細で難易度が高い。だからこそ、ブランドとファンが安心して交流し、関係を深められる“場”の設計が不可欠となる。実際、SNSでブランドをフォローしても、新製品やイベントに関する一方的な広告やプロモーションが送られてくるだけで、広告疲労や飽和感につながることもしばしばである。さらに、SNS上ではブランドに対する誹謗や中傷も絶えず、ファンが安心して交流できる環境とは言いがたい。こうした状況では、ファンの期待や関心に十分応えることができず、関係の深化にもつながりにくい。そこで近年注目されているのが、ブランドと顧客の関係性を安心かつ持続的に深める拠点として機能する「ブランド・プラットフォーム」である。

ブランド・プラットフォームとは、企業やブランドが主導して設計・運営するデジタル・プラットフォームであり、Eコマースの促進、コミュニティの構築、情報提供、学習促進などのさまざまな目的を持つ(2)。アプリはブランド・プラットフォームの代表的な形態であるが、それに限定されるものではない。ブランド・プラットフォームとは、Webサイトなども含め、顧客との関係を深めるためのデジタル上の「拠点」を指す、より広い概念である[図表2]。

   




ブランド・プラットフォームのタイプ

ブランド・プラットフォームにはいくつかのタイプがある((Wichmann et al., 2022; 山本・菅野 ,2025)。ここではブランド・プラットフォームを3つのタイプに分け、その特徴と戦略的意義について検討する[図表3]。

   

①ブランド集約型

このタイプには、「Amazon」「楽天市場」「ZOZOTOWN」など、複数ブランドの商品を横断的に扱うECプラットフォームが該当する(その多くはリテールブランドである)。消費者はプラットフォーム上で複数ブランドを比較・発見・購入できる一方で、ブランド・エンゲージメントが必ずしも形成されるわけではない。むしろプラットフォームブランドに対するロイヤルティが醸成されている場合もある。ブランド集約型は、利便性の最大化を通じてユーザーを囲い込みつつも、個別ブランドとの関係構築には限界がある

②ハイブリッド型

ハイブリッド型は、「Weverse」(詳細は後述)や「Makuake」のように、競合するブランドが共存しながら、ユーザーとの価値共創を実現するブランド・プラットフォームである。これらのプラットフォームは、双方向的なコミュニケーション、コミュニティへの参加などの価値共創を通じた関係性の構築、すなわち、ファン深化を目的としている。複数ブランドが共存することによって、多様なユーザー層を巻き込みながら、ブランド横断的なネットワーク効果や応援消費を創出している点が大きな特徴である。

③ブランド・フラッグシップ型

ブランド・フラッグシップ型は、自社ブランドが所有、運営するプラットフォームであり、2つのタイプがある。1つは、Eコマースを中心価値としたプラットフォームである。例えば、Nikeは用途によって4つのアプリを提供しているが、その中の「Nike.com」は、ECチャネルとして製品の販売を行うアプリであり、「SNKRS」は限定品や人気スニーカーの販売・情報提供に特化したアプリである。ブランド・フラッグシップ型のもう1つは、ユーザーとの価値共創を通じたファン深化を目的としたプラットフォームである。同じくNikeの「Nike Run Club」「Nike Training Club」は、ランニングやトレーニングといった体験の支援によって、ユーザー同士のコミュニティや自己成長を支援することで、ファン深化を促進している。




マルチスタン時代におけるハイブリッド型の可能性

「ハイブリッド型」と「ブランド・フラッグシップ型」は、ファン深化を目的としたプラットフォームであるが、「ブランド・フラッグシップ型」はオウンドメディアとして、ブランド自身が情報の管理・発信を主体的に行える点で優位性が高い。特にブランド力が強く、すでに熱量の高いファン層を有するブランドにとっては、ファンとのエンゲージメントを深化させる有効なタッチポイントとなる(3)。

一方で、ブランド力が相対的に弱く、ファン基盤が未成熟なブランド、あるいは製品関与が低いカテゴリーに属するブランドにとっては、「ブランド・フラッグシップ型」を構築しても消費者の関心を引きつけることが難しく、戦略としての実効性に限界がある。日本では、SNSやLINEからの「友だち登録」を起点としたオウンドメディア誘導が一般的になっているが、その多くは一方向的な情報提供にとどまり、ブランド想起には貢献するものの、関係性の深化にはつながりにくい。加えて、新規ブランドにとっては、ブランド認知の獲得そのものが課題となる。

さらに現代の消費者は、日々溢れる広告に対して広告疲労を感じやすくなっている。加えて、消費者はかつてないほど多くのブランド情報に容易にアクセスできるようになったことで、単一ブランドに忠誠を誓うのではなく、状況や気分に応じて複数のブランドを回遊的に利用する傾向が強まっている(久保田2025)。その象徴が、特にエンターテインメント領域で指摘されている「マルチスタン(Multistan)化」である(4)。マルチスタンとは、特定の1つの対象に限定せず、複数のアーティストやブランドを並行して、それぞれに熱量をもって応援するファンを指す。

このような状況において、「ハイブリッド型」のプラットフォームは、現代の消費者が求める「モノより経験」「緩やかな関係性」「新しいブランドとの偶発的出会い」を実現できる点で、関係性の深化を促す有効な仕組みといえる。消費者の選択の自由を尊重しつつ段階的に関係性を深めるこのアプローチは、排他的な囲い込みを前提とする旧来型モデルとは異なり、より柔軟かつ持続的なファンマネジメントを可能にする。とりわけファン基盤が未成熟なブランドにとって、ハイブリッド型プラットフォームへの参画は、認知の向上や関係性の構築を可能とする有力な戦略オプションといえる。




ハイブリッド型プラットフォームの事例:Weverse

推し活をしている方であればご存じかもしれないが、グローバルなファンダム・プラットフォーム「Weverse」は、アーティストとファンの関係性を深化させるブランド・プラットフォームの先進事例である(5)。Weverseは、世界的なアーティストであるBTSを育てたBig Hit Entertainmentを前身とするエンターテインメント企業HYBEのプラットフォームビジネスをリードするWeverse Companyが運営している。2025年時点で世界245の国と地域に展開、15言語のリアルタイム翻訳に対応、累計ダウンロード数は1億5,500万を突破し、MAUは1,200万人を超えるなど、国際的に圧倒的な存在感を示している。

Weverseの特徴は以下の4点に集約できる。第1に、デジタル技術を活用したファン体験の創出である。インタラクティブなライブ配信や同時翻訳機能、さらにはファン同士がプレイリストを共有し、同じ音楽を聴きながら交流できる機能など、オンライン上の多様な体験を提供している。さらに、コンサート会場では事前に注文した商品の受け取りやブースの順番待ち機能といった仕組みを導入し、行列や待ち時間といったファンが直面しがちなストレスを解消することで、リアルな場での体験をより楽しめるようなサービスを充実させている。これらの機能は、ファンからの投稿コメントやアーティストからの声をヒアリングしながら改善を続けている。第2は、ファンとアーティストが安心して交流できる環境の整備である。SNSにおける誹謗中傷やプライバシーの侵害などの課題に対し、AIを活用したフィルタリングなどの対策を行うことで、安心できる交流空間をマネジメントしている。第3は、情報集約による利便性の提供とスーパーファンの育成である。SNSなどに分散していた情報を一元化し、ワンストップで推し活を可能にすることで、ファンの熱量を高めている。第4に、競合他社を受け入れるセミオープン設計である。これは、Weverseが、特定の事務所に偏らないプラットフォームとしての独立性を重要視しているためだ。WeverseにはHYBEが擁するアーティストのみならず、競合他社のアーティストも参加しており、業界横断的なファンダム・ハブとして機能している。2025年9月にインタビューを行ったWeverse Japanのムン・ジス代表によると、Weverseユーザーの40%以上が2つ以上のアーティスト・コミュニティを登録しており、このマルチスタンの割合は増加傾向にあるという。

Weverseの事例は、ブランド・プラットフォームが単なる情報発信やEコマースのチャネルではなく、ファン深化のための体験価値を共創するインタラクティブな基盤へと進化していることを示している。特筆すべきは、競合ブランドをも取り込むセミオープン設計である。これは、マルチスタン時代の消費者行動に適応した新しいプラットフォームのあり方を体現している。このようなハイブリッド型プラットフォームは、エンターテインメント業界に限らず、ファッション、美容、食品、観光などの領域においても、応用可能性を持つ。

ファンの深化は、多くの企業にとって依然として大きな課題である。ブランドが溢れる時代において、消費者の目に留まり、関心を喚起し、唯一無二の関係を築けるブランドは一握りにすぎない。移り気な消費者との関係構築は容易ではなく、何もしなければ去ってしまい、追いかけすぎれば逃げていく。程よい距離感を保ちながら関係を深めることは、いまだ模索の段階にある。しかし、ハイブリッド型プラットフォームは、ブランド体験を軸に消費者と気軽に、緩やかに、そして長期的に繋がり続けられる場として、今後ますます重要な役割を果たすと考えられる。




ファン深化を促すリアルとデジタルの循環

デジタル技術の発展とモバイルメディアの普及により、ブランドと消費者の関係性は、かつてないほど日常的かつ継続的な接点を持つことが可能となった。ブランドはデジタルチャネルを通じて、パーソナライズされた情報提供や価値提案を行うようになり、多くの顧客接点がオンライン上で完結するようになっている。だが、情報が溢れるデジタル環境において、消費者はあらためて「心を動かされるリアルなブランド体験」に価値を見出している。前出のムン・ジス代表によると、コロナ禍以降、ファンの購買行動はオンライン・コンテンツから、ツアー公演などのリアルな場へとシフトしているという。リアルな場での体験は、顧客がブランドの世界観を再確認し、自己との関連性を深める重要なタッチポイントである。したがって、デジタル時代においてはリアルとデジタルを循環的に連携させるブランド体験の設計が求められる。

Weverseは、この循環型ブランド体験の代表的事例でもある。日常的にはライブ配信などのデジタル体験を提供する一方で、ライブイベント、ファンミーティング、ポップアップイベントといった五感や感情に訴えるリアルな体験を組み合わせ、顧客エンゲージメントを高めている。また、日本においてはHYBEJAPANが、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンとコラボしたダンスイベントの開催や、映画館でのVRコンサートによるインタラクティブで没入感のあるライブ体験など、リアルとデジタルを融合したブランド体験を提供している。

このように、リアルとデジタルの接点を相互に循環させるブランド体験の設計は、デジタル時代におけるファン深化の鍵である。オンラインでは得られない対面でのコミュニケーションや直接的な接触は、リアルならではの独自価値を持つ。さらにリアルな場は、個人的な体験にとどまらず、ブランドと顧客、あるいは顧客同士を結びつける社会的な役割も果たす。

ブランドは、日常的なデジタル接点での情報発信と、リアルな場における五感的・感情的体験を戦略的に連動させることで、消費者との関係性をより深く、持続的かつユニークなものへと発展させることができる。デジタル時代であるからこそ、デジタル空間のみで顧客との深い関係性を築くことは困難である。楽しく、ワクワク感を伴い、人間的な温かみを感じさせるリアルな接点の構築は、ファン深化においてますます重要な戦略課題といえる。




〈参考文献〉
Jenkins, H. (1992). Textual poachers : television fans & participatory culture . New York: Routledge.
Tolunay, A. & Veloutsou, C. (2025). Don’t make me hate you, my love! Perceived brand betrayal and the love-becomes-hate phenomenon, Journal of Business Research, 187, 115060.
Wichmann, J. R. K., Wiegand, N., & Reinartz, W. J. (2022). The platformization of brands. Journal of Marketing, 86(1), 109–131.
久保田進彦(2025)『リキッド消費とは何か』新潮新書.
山本晶・菅野佐織(2025)「顧客のファン深化に向けたブランド・プラットフォーム戦略―Weverseの事例から―」『マーケティングジャーナル』,45(1),64-72.

〈注釈〉
(1)本稿は、吉田秀雄記念事業財団委託研究プロジェクト「デジタル時代におけるブランドの課題に関する探索的研究」の報告書(同財団アドミュージアム東京ライブラリー内でのみ公開)を元に新たに書き起こしたものである。
(2)ブランド・プラットフォーム戦略については、山本・菅野(2025)を参照のこと。
(3)ブランド・フラッグシップ型でD2C(Direct-to-Consumer:消費者直接販売)戦略を急速に進めたNikeは、余剰在庫と収益目標の未達成に直面し、卸売りに回帰している。小売りと共同でロイヤルティープログラム提携をするなど、マルチスタンなZ世代の顧客データ獲得を進めている(「米NIKEがD2Cシフト見直し卸販売×ネットサービスへ」日本経済新聞電子版2024年3月8日、https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC041YU0U4A300C2000000/)。
(4)マルチスタンについては、本号掲載の記事「デジタル時代のブランド・リレーションシップ:「ゆるく長くつながる」」でも述べている。
(5)Weverseの詳細については、山本・菅野(2025)を参照のこと。

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