体感化・可視化から始まる、「わたしたち」のウェルビーイング

渡邊 淳司

NTT株式会社コミュニケーション科学基礎研究所上席特別研究員

2026年6月26日 11:00 Vol.96
   
渡邊 淳司
NTT株式会社コミュニケーション科学基礎研究所上席特別研究員
Junji Watanabe
2005年、東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了。博士(情報理工学)。専門はウェルビーイングを創成する身体性に基づくコミュニケーション技術・方法論。2015年『情報を生み出す触覚の知性』にて毎日出版文化賞(自然科学部門)受賞。共同監訳『ウェルビーイングの設計論』(2017年)、共著『ウェルビーイングのつくりかた』(2023年)、共著『ウェルビーイング・コンピテンシー』(2025年)など多数。NTT研究所発 触感コンテンツ+ウェルビーイング専門誌「ふるえ」編集長。

テクノロジーの進化は私たちのコミュニケーションを便利にした一方で、画面の向こう側の相手に対する「生身の存在感」を希薄にしがちでもある。NTT株式会社コミュニケーション科学基礎研究所の渡邊淳司氏は、他者の生命を体感する研究において、「触覚」を伴うツールを入口とし、実践を重ねてきた。見えない価値観を可視化して「わたしたち」のウェルビーイングを共創する仕組みづくりや、ウェルビーイングを捉える独自の視点などについて、その根底にある思いと未来への展望を伺った。text: Masashi Kubota photo: Masahiro Heguri

研究の原点─テクノロジーがもたらす生命の実感

— 渡邊さんは、NTTで、人間の「触覚」や身体的な「つながり」からウェルビーイングの研究・実践を行っていらっしゃいます。どのような歩みを経て現在に至られたのでしょうか。

渡邊 私は大学院時代、バーチャルリアリティ(VR)を研究するラボに所属していたのですが、研究に取り組む中で一つの問いが生まれました。それは、VRのようなテクノロジーを介した体験において、どのように画面の向こうにいる相手に対して「命ある大切な存在」だという感覚を得ることができるのか、ということです。2005年に東京大学大学院の博士課程を修了した後は、NTTに客員として籍を置きつつ、JST(国立研究開発法人 科学技術振興機構)などからの助成をいただきながら、身体的感覚に関する研究をするようになりました。7年ほどそうした分野の基礎研究を続け、NTTに入社しました。

もう一つ、その頃感じていたこととして、当時の日本のテクノロジー研究が「エンタテインメントへの応用」に偏りすぎているのではないか、ということです。人を驚かせ、楽しい体験をつくる技術は、それ自体は悪いものではないのですが、自分の中では「技術は何のためにあるのか」という根本的な疑問が残りました。単なる面白さの提供にとどまらず、「テクノロジーと社会課題の解決をどう結び付けていくか」ということに向き合わなければならないと強く感じるようになったのです。

— 渡邊さんはウェルビーイングに関する画期的な書籍を監訳されています。

渡邊 『ウェルビーイングの設計論 ─人がよりよく生きるための情報技術(原題:POSITIVE COMPUTING)』(ビー・エヌ・エヌ)ですね。これは2014年に海外で原著が出版された本の翻訳です。原著は、ラファエル・A・カルヴォとドリアン・ピーターズが、人々のウェルビーイングを高めることを目的としたテクノロジーの設計・開発概念である「ポジティブ・コンピューティング」を提唱したものです。

この本を読んだときは「世界はもうこの方向に向かっているのか。日本の私たちは何をしているのだろうか」と強い衝撃を受けました。「絶対に日本に紹介しなくてはならない」という半ば個人的な使命感に駆られ、監訳を引き受けました。これが、現在の私の研究の主軸である「ウェルビーイング」へと明確につながる大きな転換点となりました。

— 映像や音声だけでなく、「触覚」に着目し続ける理由は何でしょうか。

渡邊 私が一貫して重視しているのは、「ウェルビーイングありき」ではなく、その前提として「人と人とがよりよい関わりをつくること」「コミュニケーション」が先にあるべきだ、というスタンスです。

コミュニケーションにおいて言葉は確かに大切なものですが、世の中には言語化できない大切なことも多い。自分にとってのウェルビーイングも、すべて言葉にできるものではなく、むしろ無意識に感じていることのほうが大部分かもしれません。そして、現代社会は、人の感情や場の雰囲気といった「見えないもの」を伝える手段が少ないように思います。触覚は、振動や温度などを感知し伝える感覚ですが、同時に心とも強くつながっています。触覚は「心へ触れるための入口」であり、その研究を通じて関わりから生まれる心のあり方を探求したり、情報の向こう側に「生身の存在感」を取り戻すことを考えたのです。

ただし身体性というと、瞑想をしたり自然の中に入ることで自分の内面を捉えたりすることをイメージするかもしれませんが、私自身はあまりそのような手法は得意ではありません。だからこそ、触覚技術を用いた遠隔とのコミュニケーション技術やカードといった「ツール(中間言語)」を使って、見えないものを感じ、可視化し、共有するアプローチをとっています。




自他の生命を体感し、世界の見方を変える

— 触覚を用いた実践的な取り組みとして、「心臓ピクニック」という非常にユニークなワークショップを長く続けられていますね。具体的にどのようなものか教えていただけますか。

渡邊 この白いボックスを手に取ってみてください(※ランチバッグから聴診器が接続された四角い箱(心臓ボックス)を取り出す)。電源を入れ、胸に聴診器を当てると、心臓ボックスが鼓動に同期して振動します。これに触れると、自分の鼓動を「触覚」として直接感じられるのです。緊張して心拍数が上がっていることや、走った後に速くなっていることも直接伝わります。

私はこの装置をピクニック用のランチバッグに入れて持ち運び、野外をはじめ、さまざまな場所で体験してもらう「心臓ピクニック」というワークショップを、2010年頃から行っています。名刺交換、言い換えるならば自分の名前という記号を交換する前に、お互いの鼓動を感じ合う「心臓交換」が行われるのです。

   
「心臓ピクニック」を通じて、自分やお互いの鼓動を手の上で体験する様子。このように、自分自身の心臓、もしくは目の前にいる人とそれぞれ1つの心臓を持つことで、“生命”として存在しているという事実を実感することができる
©「触覚でつなぐウェルビーイング 渡邊淳司 研究」WEBサイト
   
「心臓ピクニック」を手に、自分の鼓動を体感する渡邊さん

— ワークショップはどのような手順で進むのでしょうか。

渡邊 まず自分の鼓動を感じてもらい、次にほかの参加者とお互いの鼓動を感じ合う体験をします。それから屋外で歩いたり走ったりして、自分の心臓の鼓動の変化を味わいます。さらに自分の鼓動を記録・再生し、聴診器を外して、心臓ボックスを自分の手や頭などさまざまな部位に置いて鼓動を感じます。心臓は命の象徴です。目の前の人の胸から伸びるコードがつながれたボックスに触れ、相手の鼓動を感じることで、「現実には触れることのできない、他人の大切なものに触れてしまった」という不思議な感覚が生まれます。あえてこのボックスをリアルな心臓の形や、記号的なハートマークの形にしなかったのは、四角い無機質なボックスであることで、命を考える「よりしろ」にしたかったからです。

最後に参加者全員で電源を抜き、体験をグループで振り返ります。まったく異なる人たちで同じ体験を共有し、自分の中にある「どのように表現してよいかわからないもの」を一緒に言葉にしていく。それぞれ固有の体験を、ほかの人と一緒につくっていく大切な時間です。

— この体験を通じて、参加者にはどのような変化が起きるのでしょうか。

渡邊 例えば、ワークショップの後、街を歩いていると「誰もが心臓を持っているんだ」「すれ違ったこの人の心臓は、今どんな鼓動を打っているだろう」と、自然に他者の生命を想像するようになることがあります。他者へのまなざしに変化が訪れるのです。単なる触覚装置のデモではなく、人が生きているという事実を体感し、受け入れるためのプロセスなのです。

私はウェルビーイングについて考えるには、まずその基盤となる「人」の存在を尊重することが不可欠だと考えています。「心臓ピクニック」は、いわばその準備運動。現代は無数の言葉が行き交っていますが、言葉の意味を「自分事」として理解するためには、言葉の指し示すものを自分の生々しい体験と結び付けることが欠かせません。これは「記号接地(シンボル・グラウンディング)」と呼ばれます。「生命とは何か?」という根源的な問いに対し、鼓動を触覚で感じるという体験を通じて記号接地を促すのが、このワークショップなのです。




「ウェルビーイング」の定義と、副詞としての捉え方

— 意味を自分事にするというお話が出ましたが、渡邊さんご自身は「ウェルビーイング」という捉えどころのない概念をどのように捉えていますか。

渡邊 ウェルビーイング(Well-being)とは、「well=よい」と「being=状態、あり方」が組み合わされた言葉で、誰もが持つ、その人らしくいきいきと生きるあり方や、心地よくいられる状態を示す概念です。ただ、WHO(世界保健機関)の文書で、「誰もが合意できるかたちでの厳密な定義はまだなされていない」と述べられているように、どんな状態を“よい”とするかは、それぞれの人の価値観や経験、社会やコミュニティの文化などに依存します。ですから、ウェルビーイングという概念自体はユニバーサルでありながら、その具体的なあり方は人それぞれ固有のパーソナルなものとなります。

ウェルビーイングという言葉は、厳密に対応する日本語がありません。個人的には固定した日本語訳をつくらなかったことは、結果的に日本社会にとってよかったかもしれないとも思っています。健康、福祉、政策、産業、教育など、さまざまな分野で少しずつ異なる意味合いで使われつつも、「皆でそこに向かっていこう」と努力できる緩やかな目標になっているからです。「人権」や「景気」といった構成概念と同じで、「ひとまずそのようなものが存在すると仮定する」ことで、人々がそこに向かって考え、物事がよい方向に向かう力が生まれてきます。

— なるほど、あえて詳細に定義をしないことで包摂力が生まれているのですね。

渡邊 そうですね。ただ、私自身はウェルビーイングを「目指すべき最高の状態」「究極の目標」のように、外部から決められた特定の状態としては捉えないほうがいいとしています。「自分の外に理想のウェルビーイングがあり、そうなるために努力しなければならない」と考えると、いつでも最高の状態であり続けることが求められ、ウェルビーイング自体が非常に息苦しいものになってしまいます。

「ウェルビーイングな状態」という「形容詞」ではなく、「ウェルビーイングに○○する」という「副詞」として行為に結び付けると解釈の解像度が上がります。「ウェルビーイングに生きる」「ウェルビーイングに働く」「ウェルビーイングに寝る」、極端な例を挙げれば「ウェルビーイングにトイレに行く」こともできます。温水洗浄便座は、ウェルビーイングに排泄するためのテクノロジーということもできます。行為の質を記述するための副詞として捉えることで、自分たちの日常にどう実装していくかが見えやすくなります。

また、ウェルビーイングの実現においては、サービスなどを通して一人ひとりのウェルビーイングが向上するだけでなく、それぞれの人がウェルビーイングを自ら実現できる資質/能力を獲得していく必要があります。私たちは、このようなウェルビーイングを実現するために獲得すべき力を「ウェルビーイング・コンピテンシー」と呼び、一つの枠組みとして提案しています。

   

   




わたしたちのウェルビーイングカード、構造化された問いが引き出す対話

— そうしたウェルビーイングの実装は、教育現場でも進められていますね。

渡邊 はい。例えば、東京都品川区は「しながわウェルビーイング教育」として、3年計画で46校ある区立の小中学校すべてでウェルビーイングに関する教育が実践されることを目指しています。その学びの中では「わたしたちのウェルビーイングカード」というウェルビーイングについての対話を促進するカードが用いられています。

ウェルビーイングを実現する上では、自分の価値観を知ると同時に、ほかの人にとって何が大事なのかを想像することが求められます。しかし、いきなり「あなたにとって大切なことは何ですか?」とオープンな質問をしても、子どもはおろか大人であっても、すぐには言葉にできません。

そこで、主観的なウェルビーイングに重要な心理的要因が書かれたカードを用意して、そこから対話を始めるという仕掛けを用意しました。カードには、お金や健康といった誰にとっても重要なものは除いた、「熱中・没頭」「愛」「思いやり」「平和」など、ウェルビーイングに関連する価値観が記されています。カードは、ピンク色の「I(自分の気持ちや行動)」、オレンジ色の「WE(近しい人との関わり)」、青色の「SOCIETY(社会との関わり)」、緑色の「UNIVERSE(自然や世界など大きなものとのつながり)」の4つのカテゴリに分類されています。

— どのようにしてそのカードの言葉を選定したのでしょうか。

渡邊 学術的なやり方と、現場でのヒアリングの中間的なアプローチをとりました。最初は大学生約1,300人にアンケートを取り、それをもとにリストの草案を作成し、その後、中学校や高校、企業や福祉の現場などでのワークショップで意見を聞いてアップデートを重ねました。例えば「応援・推し」というカードは、心理学の学術用語としてはあまり使われませんが、中学生から「推しはないんですか?」という要望を何度も受け、リストに加えました。

「あらゆるものへの祈り」という言葉は、宗教関係の方との対話や、日常の「いただきます」という感謝の文脈から採用したものです。現場の声によって適宜変更しつつ、2024年のカードの出版を機にリストを固定しました。現在は大人用32種、中学生用26種、小学生用18種と、発達段階に合わせて使い分けています。

— 実際のワークショップでは、カードをどう使うのですか。

渡邊 例えば「4人1組の班で、班全員のウェルビーイングが満たされるような修学旅行の計画を立てる」というワークをします。いきなりプランを話し合うのではなく、まずはカードを使って、それぞれが「修学旅行で何を大事にしたいか」という価値観を出し合います。「親しい関係」を選ぶ子もいれば「挑戦」を選ぶ子もいます。

4人がカードを場に出すことで、各自が大切にしていることが物理的に可視化されます。その並んだカードを見ながら、この4つを満たす旅行はどのようなものかを考えるのです。価値観を可視化すると、議論することなく誰かの考えを無視することが難しくなります。「この価値観は満たされているのか」とチェックすることで、声の大きい人に流されたり、曖昧なまま結論が下されるのではなく、できるだけ多くの人の希望が取り入れられたプランが自然と練り上げられていきます。「アイデア出し」の前に、まず「価値観出し」をするプロセスが、協働のためには極めて重要なのです。

   
自分や周囲の人々が大切にしている「ウェルビーイング」の要因を見える化し、対話を通じて共有するためのカード型ツール
   
「教室におけるウェルビーイングの学び」実践動画(ダイジェス
ト版)。「わたしたちのウェルビーイングカード」を使った模擬授業の様子は、ここから視聴可能
   
しながわウェルビーイング教育のあゆみ

品川区のウェルビーイング教育の取り組みに関するレポート(渡邊さんは講師として伴走支援を行う)
   
品川区教育推進基本計画『品川区教育ビジョン』

— 先生方の反応はいかがですか。

渡邊 ウェルビーイングの学びを導入するにあたり、正直、最初は「言葉の意味がわからない」「どのような授業ができるのか」と戸惑う先生も多かったです。しかし、ウェルビーイングの学びというのは、「先生方がこれまで道徳や学活、総合などの授業で扱ってきた取り組みを、ウェルビーイングという視点から捉え直すこと」であるとお伝えすると、一定のご理解をいただけているように感じます。

そして、実際にカードを使ってみると、先生方からは「子どもたちが思ったよりずっと自発的に発言している」という声が出てきています。抽象的な問いには答えられなくても、カードという構造化された「選択肢」が手元にあれば、子どもたちは自らエピソードを語り始めるのです。また、同じ子でも、選ぶカードは日によって変わります。価値観は変わらなくても感情は日々変動するからです。だからこそ1回で終わらせず、毎週、毎月と継続していくことで、その子の変化や成長の軌跡が見えてくるのです。

自分のことを語るだけでなく、「先生のウェルビーイングを当てる」というワークも盛り上がります。「先生にとって大事なことは何だと思う?」というテーマを班ごとに考えてもらうと、誰もが知っている先生の大切なことを真剣に思い出し想像するので、非常に白熱します。




共感し合えなくても協働できればよい

— 多様な価値観を持つ人々が集まる社会において、私たちは他者とどう関わっていけばいいのでしょうか。相手の価値観をすべて受け入れるのは難しい局面もあります。

渡邊 そこは重要なポイントです。相手が大切にしていることに心からは賛同できない、共感できないということもあると思います。だとしても、その特性を理解し、一緒に行動することはできると思います。

先ほどの修学旅行の例でも、旅で自分が大事にしたいことと班のメンバーが大事にしたいことは、必ずしも同じではありません。しかし、1つの場所でも幾つかの価値観を同時に満たすことができるものです。であれば、その場所へ行く理由はお互いに共感することができなくても、そこへ行くという行動はともに行うことができるはずです。価値観が合わないから排除するのではなく、一段高い視点から、個人それぞれの衝動を包摂し協働できる全体ビジョンをどう組み立てられるのか。個人を尊重しながら、チームとして協働する。このようなイメージを誰もが持つことができれば、「わたしたち」のウェルビーイングの実現に近づくのだと思います。

— それは、欧米型のウェルビーイングとは異なるアプローチなのでしょうか。

渡邊 社会において個人が複数集まれば、当然ながら、ウェルビーイングに関する「競争」が生まれます。この時、欧米の考え方は、どのように「わたし」という個人を充足させることができるのかということが、中心的なテーマでした。一方、日本をはじめ東アジアには、「わたし」ではなく「わたしたち」という個の集合的な総体のウェルビーイングを高めていこうとする価値観が根底にあります。「競争」ではなく「共創」であり、「わたし」ではなく「わたしたち」がともにつくり合う。未来が予測できない現代社会においては、このような包摂的な協働のモデルこそが不可欠だと思います。

   




社会で自走するためのツールデザイン

— そうした理念を、ツールを通して教育現場や企業に導入していく際、渡邊さんがデザインや運用面で徹底されている工夫はありますか。

渡邊 最も意識しているのは、ツールの使い手の自律性を損ねないということです。「〇〇さん提唱」といったようにツール作成者を前に出しすぎたり、「××方式」のように特定の考え方を押し付けてしまうと、現場の先生は「他人の考え方を押し付けられている」とやらされ感を抱いたり、「間違えてはいけない」というプレッシャーを感じてしまいます。そもそも、ワークや授業の進め方に自律性を発揮する余地がないというのは、使い手のウェルビーイングが損なわれている状態です。

— あえて「余白」を残しているのですね。

渡邊 そうですね。大きな方向性を示しつつ一定の効果を保証はします。ただ、実践にあたっては「こうでなければならない」を排除し、現場の自由な発想や、ときには間違いも含めて許容できる余白のあるツールを目指しています。旅に例えるならば、「北海道へ車で行きましょう」というおよその場所とツールは示します。しかし、いつどの道を通るのか、誰がどうやって運転するのか、といった具体的な実現手段は委ねるのです。

最近は、私が小中学校に講師として伺うことが多くあるのですが、先生が思いもよらない形でカードをアレンジして使っていた、ということも散見されるようになりました。相手に強制しないで、現場が内発的に楽しみながら自走していく仕組みがデザインできるとよいなと思います。




ビジネス、情報環境、そして生態系へ─広がるウェルビーイングの視点

— 教育だけでなく企業向けの活動のほか、さらに領域を広げた研究も行われているそうですね。

渡邊 企業向けの研究開発としては、NTTと関連グループ会社の従業員約11万人に対する、働く価値観の調査結果が公開されています。働く場でお互いの価値観を知ることは、個人の充足だけでなく、職場のチームを持続させるために不可欠です。そして、チームのメンバー同士、お互いの異なる価値観を受け入れ行動することで、結果的にチームとしての効率性や持続性も向上すると考えられます。

東京大学とNTTは、2024年12月より、「サステナブルウェルビーイング社会連携講座」を開設し、自然物や人工物、さらにそれらを含む自然環境や情報環境の中で、ともによりよく生きるためのあり方を探求する共同研究を行っています。そこでは、森林や魚のウェルビーイングについても取り扱っています。

また、岩手医科大学との共同研究では、早産などでNICU(新生児集中治療室)に入院する赤ちゃんの映像に合わせて、心拍と同期する振動情報を、遠隔のご家族に伝える取り組みを行っています。NICUに赤ちゃんが入院すると、ご家族は触れ合う機会が制限され、愛着形成が困難になるほか、産後うつのリスクが上昇します。そこで、赤ちゃんとの画面越しの面会だけでなく、遠隔であっても、心拍の振動を感じてもらうことで親子のつながりを生み出しています。

ただし、こうしたサービスはマーケットが小さいことが多く、企業として中長期的にどのように経済的価値と結び付け、継続させていくかが今後の課題です。

   
岩手医科大学との共同研究でのデバイスのプロトタイプ。ウェブカメラで撮影した新生児の様子をディスプレイに映し、新生児の心拍のリズムに合わせて、鼓動を模した振動を提示。遠隔でも我が子に触れて心臓の鼓動を感じるような体験ができる
出所:NTTトピックス「触覚を伝える身体性オンライン面会でNICU環境の新生児と遠隔の親をつなぎ、親子の絆形成を支援する共同研究を開始」(2024年11月12日)より




茶道やプロレス観戦から得られる幸福

— 最後に、渡邊さんご自身が実践されていること、あるいはウェルビーイングを感じる瞬間について教えてください。

渡邊 稽古に通えておらず、まだまだ初心者の私が言うのもおこがましいですが、お茶のお点前は、ウェルビーイングを共創する場だと思います。亭主は、手順にしたがってお客さまにお菓子やお茶をふるまうのですが、お客さまにおいしくお茶を飲んでいただくためには、ちょうどお菓子を食べ終わるタイミングにお茶を出すことが望ましいとか、さらに、抹茶の量もお菓子の甘さや気温などによって調節できるとよい、ということがあります。しかし、お作法には決められた手順があるので、いきなり所作を変更することはできません。そこで、お茶を点てるときは、相手の心身の動きをよく見て自分の動きを調整する必要があります。この相手を慮る心の働きは、相手だけでなく、自身のウェルビーイングにも資するときだと思います。

もう一つ、私が「よい時間をすごした」と感じられるときがプロレスの試合を見ているときです。プロレスは、ただ相手を倒すことだけが目的ではなく、あえて相手の技を真っ向から受け止めることで、相手を輝かせるという側面があります。勝ち負けの「競争」を超えて、技を受け合いともに場を響かせる「共創」がそこにはあります。以前プロレスラーの方にインタビューしたことがあるのですが、その方は、「東京ドームの最後列の席の人にも届くように技をかけている」とおっしゃっていて、その共創の意識の広さに感銘を受けました。私にとって、これらの場の共創は、いわゆる日本的な「わたしたち」のウェルビーイングのあり方の一つかもしれないと感じています。

   
NTT研究所発 触感コンテンツ+ウェルビーイング専門誌『ふるえ』
それぞれのウェルビーイングと会社との関わり(Vol.61)

『ふるえ』は、渡邊さんが編集長を務める隔月刊の専門誌。触覚や身体性を起点としたコミュニケーションの拡張や、人と社会の心の豊かさをつなぐ最新の研究・実践を発信している
特集記事
PDFで見る
特集記事
PDFで見る
助成申込みをご検討の方へ